第〇〇九四話 かわいい声と芸の無いネーミング
「おう!」
五人の麻薬強化人間たちに、押され気味のヨセルハイとハナカゲから声が上がるが、ミリンは黙ったままだった。
(─ 大丈夫?)
かなりショッキングシーンの連続である。気が動転しているのだろう。しかしこの精神状態なら、めったに見ない鎧や剣が展示室のものとは気付かないはずだ。
念のためミリンの表層意識を覗いておく。どうやら幼いころから教え込まれた王国建国の勇者が魔族を倒すおとぎ話と、目の前の出来事が完全にオーバーラップしていた。
きっと、毎年おもちゃを売るために刷新される、テレビシリーズ放映のない世界だ。正義の味方代表といえば、その伝説の勇者だけなのだろう。
デブちんは死んだが、それで攻撃は終わらない。次の相手は五人の麻薬強化人間だ。たしかレオルド先生も、麻薬強化人間は司令が倒れても攻撃はやめない、と言っていたのを思い出した。
同時に、タオの助太刀に入った後耳元で聞こえた『ありがとうよ』の声が脳裏をかすめる。念のため、先ほどデブちんに試したように、思いっきり麻薬強化人間何人かの深読みを試すと ── ビンゴだ。わずかに保った自我に残る良心が、『こんなことを続けさせられるくらいなら死にたい』と叫んでいる。だが、肉体は自分の意思では、もうどうしようもできないらしい。
(─ あまりにもかわいそうだ。ボクがなんとかしてあげよう)
そうなれば刃のない剣ではダメだと、剣の結界を張り直す。結界の端を鋭利な形にすれば、ラゴンの人並み外れた力によって切れ味のよい刃物のできあがりだ。だが正義の味方が悪漢と戦うのに、後ろから無言で襲いかかるのはよろしくない。といっても半自動会話では、このデブちんと変わりのない片言になってしまって、怪しいことこの上ないと思えた。しゃべり方のおかしなやつという特徴で、ラゴンを特定されるのも困る。そこで、ラーゴ自身がラゴンの足元へ走り寄って自分の声をラゴンにつなぐ。
逃げられたミリンは、力なくラーゴの走る方向へ手を伸ばしているが、もう足も動かない。
「ボクが相手だ!」
やはり力んでも、自分の地声はかわいい。『ボク』ではないほうが良かったかも、と思うが、すでに遅かった。動きはマーガレッタの体術に任せて乱戦の中に割って入り、振り返ろうとした、二人の暗殺者の首をほぼ同時に落とす。麻薬強化人間といえども、面と向かわなければ簡単に殺せるものだ。先ほどと違って、今度は剣の切れ味に助けられた。
しかし、一人でも手こずらせてくれる麻薬強化人間だ。ヨセルハイたち二人を放置したまま、三体がこちらに集中して来るので、そう簡単にはいかないだろう。まだ完全には調整が終わっていないが、マーガレッタの体術をいよいよフルに発揮させる。
ヨセルハイたち二人はもはや共同でも、麻薬強化人間ひとりすら受け持つ力が無さそうだ。ただの人間の身にありながら、ここまで持たせた健闘に敬意を払おう。三人の動きは予想がつかず、それをすんでのところで交わしてくれる、マーガレッタの動きに助けられながら剣をぶつけ合った。徐々に戦闘の動きをラゴンが習得してくると、この軽さの剣は片手で揮うのが便利である。しかしマーガレッタが長年かけて完璧に鍛え上げた、肉体とのズレは少し残っているようだ。なかなかクリーンヒットが出ないのを心配してか、ヨセルハイが叫んできた。
「鎧戦士殿、そいつらは麻薬強化人間だ!」
固有名詞が『鎧戦士』で固定されるのはいただけないと、ラーゴは倒れているデブちんの陰に隠れて答える。だがひっきりなしの修羅場の中、まだこれという名前が考え付いたわけではなかった。
「知っている。ボクの名前は ── 王国勇者だ」
建国勇者、伝説の勇者、王国建国の ── などいろいろ考えたが、長すぎて落ち着くところはそんなもんだ。先ほど見たミリンの意識が、尾を引いた結果だったのだろう。正義の味方のいないこの世界で、言わば唯一の選択肢かも知れない。だが名乗っておいて、恥ずかしさが声に出たように感じる。しかもこんなことを言うと、ミリンがこの鎧を思い出さないかという不安もよぎったがもう遅い。
なおも次々と襲いかかる麻薬強化人間相手に、片手剣を交えながら調整していると、なぜか空いた手が手持ち無沙汰となってきた。
「王国勇者殿、これを!」
ちょうど戦っていた影鍬の女が、自分の獲物を投げてよこす。何を意味するのか? と空いた手で受け取りつつも思ったが、なるほど両手に武器のあるのはしっくりきた。マーガレッタの体が、それを欲していたようだ。外から見てもわかるとは、さすがに影鍬と感心する。
「ありがとう!」
体勢を整え、二刀の構えをとるとようやく、身についたマーガレッタ流儀がぴたっと来たのを感じた。ゴルフのときから食い違いに気付いていた、ズレの微調整がなんとか調ったのだ。
これでハズす気はしない。すべてマーガレッタの、体術呪文暗号に身をゆだねる。
次の一瞬、山刀は一体の頭から股までを縦一文字に分断。大剣はその隙を突こうと、後方より跳びかかってくる一体の土手っ腹を、振り返る様子も見せず刺し貫く。最後の一人はと見ると、デブちんの持っていた魔法銃を奪って発射するところだ。千里眼で、銃弾の予想飛翔線をたどると、よけるのは容易い。だが、その先にだれかいた。
今、現場に着いたマーガレッタだ。自分が身をかわしたら、ここへ飛び込んでくる彼女に当たってしまう。外から入ってくるマーガレッタが、弾に気づく可能性は低いと思ったラーゴは、ラゴンをよけさせない。あえて鎧の外に張った結界で弾き飛ばした。
麻薬強化人間は、長時間の ── といっても実際の戦闘だけなら数分だが ── 激しい戦闘で、麻薬が切れかかっているのだ。それでやや正常な判断ができるようになったのだろう。発砲を続けながら出口に向かって跳んで行ったが、銃弾も跳ね返す鎧の強度を見て、それ以上の抵抗はあきらめた。出口でマーガレッタと対峙し一刀両断。外も制圧されている。もう大丈夫だ。
「さよなら殿下!」 なにか言っておきたいと思ったが時間がない。グズグズしてたら、マーガレッタに問いつめられそうだ。「ボクはいつも見ている!」
そう言うのも精一杯に、天井の穴へ飛び上がり、そのまま屋根の上まで跳ね上がる。周囲は王国の兵隊だらけで、『なんだ、お前は!』とか言っているが、とにかく退散しよう。どうせ地上から追っては来れないだろうと、五つくらいの屋根を伝って、人影のない路地に降りると同時に姿を消す。
「逃がすか、怪しいやつ!」
建屋の中から、ラーゴはマーガレッタが叫ぶ声を聞いているがもう遅い。
「待って、マーガレッタ!」
「マーガレッタ隊長、その人はお味方です!」
あの後のマーガレッタのとぼけた顔は、忘れられない思い出である。そんなやりとりの最後、ミリンが駄目押しに繰り返した。
「『王国勇者』様です」
(─ もう名前の訂正はできないよねー)
武具は結界で終始カバーしておいたため、一滴の血もつけないで返せているし、殿下の防御はぎりぎり満足点だ。しかしこれから何かあったらその名前で出てくるのかと思うと、反省しきりのラーゴだった。




