第〇〇九三話 非道な暗殺者と石頭姫の火事場パワー
「このデバチーンさまに、手間かけさせやがる。じゃがおおかたは、予定通りぜの」
出てきた大男 ── デブちんだが、外国訛りのあまり頭の良さそうなやつではない。ここは多少読み間違えてもかまわないと、初めて意識の深読みを試みた。するとデブちんの思考が単純なようで、その素性などはすぐわかり、しかも自分は幹部一頭がいい部類と思っている。この組織がバカばかりか、それともこちらのデブちんが空気を読めないのだろう。
技術はないが、力は間違いなくありそうだ。またまた筋力を千里眼で計ると五・五。人間としてはお初にお目にかかる最大値であった。タオが襲われた一件で、『出力レベル』六のラゴンは結界を張った打撃匙で、自然石をたたき割っている。こいつの揮う棒であれば、結界を突き破ることはないだろう。
あわせて今回、王国にはマフィアの全権を持って入国しており、ここに投入したのが国内へ連れこんだ全員であるとわかった。ちなみに高原球技場で、襲って来た三体の麻薬強化人間を除いた数だ。
(─ こいつをなんとかすれば、おそらく収束させられる)
「あなたはだれ? なぜわたしを ── !」
そのときデブちんの意識に浮かび上がるのは、『おめえに港へ来てもらっちゃ面倒だ、抵抗するバカは死ね』というものだった。しかし港へ行くのは今日決まったミリンの気持ちであり、まだ決定事項ではない。
(─ いったいどこで、そしてこの短時間に、そんなネタを仕入れてこれた?)
だが、さすがにつけ焼き場の千里眼では、その因果関係 ── 情報の出処までを、読み取るのは工夫が必要だ。
しかもそこへ、呼び出したナオミが飛び込んできたものの、カマールのままでは能力が使えないと伝えてきたため、ナオミにかぶせるように情報隠蔽結界を張った。ナオミは幼児サイズに小さいので、それでほとんど目立つまい。
倒れた影鍬の女、できれば外の兵士も治療しておくよう指示しておく。
そこで『死ね』という限り、家屋に逃げ込む人数が不確定である以上、ここにいる敵がデブちん一人だけではないだろう。だが家屋全体を透視するが、どうやら他に生体反応は見あたらない。何人来てもこいつ一人で相手しようと思っていたのか、あるいはミリンにも手を出せるのだという、ただの脅しに過ぎないのか ── と二階まで範囲を広げてラーゴは固まった。
この家の住人だろうとみえる親子、さらに年寄りまでもが躯となって転がる姿が見えたのだ。その死骸は、ビーチのゲームで割られたスイカよろしく、朱に染まって潰されている。おそらくこのデブちんが持つ棍棒によって、幼い子供から力のない老婆の命までが奪われたようだ。
ということは、周りで爆発させられた家の住民も大きく変わらない運命だろう。
(─ こいつら、魔族より残忍非道だ)
タオの施設で襲ってきた命知らずや、ミリンを守る兵士なら、ある意味仕方がないとあきらめられるかも知れない。そんな覚悟もしているだろう。
だが何の関係もない、一般市民の命までも ──
このデブちんは本気だ。そしてその後ろにいる組織も狂っている。王国に入ってきた、いや、今から来るであろうやつらも含めて、すべて根絶やしにしない限り、ミリンの命はまさに風前の灯にも見えた。それはすなわち、ラーゴのセレブなペット生活の終わりを意味する。
前言撤回だ。こいつを『なんとかする』のはとりやめ、残忍な魔族らしく、全力を挙げて『始末する』。
「おめえは知らんでいいぜの」
ひと目のない路地裏で、ラゴンの着替えが終わっている。しかしすでにデブちんの凶器は、ミリンに向かって振り上げられつつあった。
(─ まずい。こいつの力の棍棒なら、自分の結界で防げるが ──)
だがラゴンがここへ飛び込むまでの、数秒をどうかして稼がなければならないのだ。でなければ一瞬後に、石頭の少女 ── ミリン ── がデブちんの棍棒を受け止める、有り得ない図ができあがってしまう。デブちんはいいが、ミリンにそれを自認させるわけにはいかない。
ミリンの目前には、ヒカゲが手放した山刀が一本ある。だが、恐怖で身をすくめ、片手で頭を抱えてしゃがみこむ少女に、それをとる勇気はない。そんなふうにあきらめかけたとき、耳の中で様子を透視していたクラサビが言う。
「ナナコを呼んで、そこにいるわ」
「ナナコ!」
こんなときに、鳴き声がどうとか言っていられない。以前打ち合わせた通り、ナナコからテレパシー接続がある。
{不屈の精神、ナナコです!}
{すぐにミリンに能力を使って!}
一か八か、ミリンにがんばらせる作戦だ。たとえミリンが間に合わなくて、『石頭少女』になったとしてもあきらめよう、と思いながら ── 。
{お任せください!}
ナナコはすでにクラサビから指示を受け、スタンバイしてくれていたようだった。間髪を入れず、ナナコの『不屈の魂』が付与される。よほどナナコの気合いが入りすぎているのか、あるいは魔力が潤沢なせいか、瞬時にミリンの手が山刀に伸びた。
「くたばるぜの!」
声にあわせて、山刀を振り上げるミリン。ヤヤの能力により、二人の動きはスローモーションで展開してくれていた。ゴルフのときと同様千里眼で、山刀と棍棒が打ち当たる場所をはじき出し、その場所に外壁が来るよう結界を張る。当然、二人の武器はそこでガチンとぶつかって動かない。
(─ やった、大成功!)
「この娘‥‥」
ミリンもデブちんも目を見開いたまま、眼前の摩訶不思議な光景を見据えている。だがこれはどう見ても、『火事場のバカ力を発揮したミリン』に見える状態だろう。ちょうどそのとき、外からハナカゲとヨセルハイが転がり込んできたのは、最高のタイミングだった。
「殿下!」
「ご無事で?」
(─ 危なかったよ。絵的にね)
二人はギリギリの交戦中で、それだけ言うのが精一杯のようだ。殿下のほうへ、近寄ることすらかなわない。幸い上司に恥をかかせると思ってか、余裕がありそうでも、麻薬強化人間は一人として、デブちんに加担しようとはしなかった。そのころ準備万端のラゴンは姿を隠し、近くにいた親衛隊たちの手により、現場上空五十メートルの位置まで釣り上げられている。ラーゴは情報隠蔽を解いて、下向きに鋭利な円錐形の物理結界を作り、落とさせた。
「 ── そんなはずはないぜの!」
悔し紛れに力を入れてくるデブちんに対し、ラーゴが拡張させる結界表面が動き出す。その位置にあわせ、まるで押し返すかのように立ち上がって行くミリン。お互い、相手との力の拮抗が変化している、と思ってくれているだろう。
「ええい!」
らしくないミリンの声とともに、力負けしたデブちんがよろけ後ずさりしたが、ミリンの気も限界を超え、足元はふらついていた。ラゴン登場の邪魔になると、外側の結界は解除しておく。
「バカニヤ! なんぜの、この‥‥」
そこに、ラゴンが落ちて来られた。遅れたが、まあまあのタイミングといってよい。
(─ なんて言おう?)
何か名乗りを上げたいが、残念ながら考えていなかった。そもそもこの世界における、『正義の味方』の事例を知らないラーゴ。悲しいかなスーパーマンとかウルトラマンとか、なんちゃら仮面くらいしか出てこない。ここはとりあえず、ミリンを守る形で立てば味方だとわかるだろう、と無言で立ちはだかる。頭の中はヒーローネーム大全オンパレードにして考えたいが、この緊急事態下で、とてもそんなことに集中する余裕はなかった。同時にヤヤとナナコには、お役御免を伝える。ラゴンの動きが早回しになってもいけないし、これ以上ミリンががんばる必要はない。危険なだけだ。
「 ── なんだ、おめえは? ぜの」
いかにフルプレートに身を固めているといっても、体格差からその優劣は歴然と言わんばかりに奮い立つデブちん。しかしいくら吠えてもたかだか人間にすぎない。やや過大にすぎる気はするが、こいつ相手に設定する力のパラメータは七だ。
次いで紙で折ったような鎧と、力を入れ過ぎれば持ち手でさえつぶれそうな剣の周りにそって、最高硬度で結界を張り巡らせる。
「死んでまえぜの!」
棍棒が落ちてくる前に、オートマトンの七の力だけで ── 突き立てた。振って撫で斬ろうとしたが、刃の無い剣だと気づいたからだ。目にもとまらぬスピードと腕力で、一瞬に剣状の刃物ではなく、ほとんど杭を打ち込んだかのような、穴の空いた死体ができてしまう。すごい返り血が、吹き上がりながら倒れて行った。
『ドダンッ!』




