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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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99/109

11-4 100日の涙

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 富士の裾野で巻き起こった、日本史上もっとも過酷で美しい復讐劇。十七年の執念を遂げ、露と消えた曾我十郎祐成と五郎時致。


 物語はついにその魂を浄土へと送るための最後の儀式。、「百箇日の法要」へと至る。


 建久四年、秋。箱根の山は、色づき始めた紅葉と深い霧に包まれていた。


 富士の夜討ちから百日。曾我兄弟の母と、十郎の最愛の女性・虎は、ようやくこの地に辿り着いた。


 「――よくぞ参られた。待っておったぞ」


 二人を迎えたのは、箱根権現の別当べっとう。彼は五郎の師であり、彼を我が子以上に慈しんできた男だ。別当はすぐさま、寺中に下知を飛ばした。


「僧たちを集めよ! 持仏堂を飾り立て、客殿の塵を払え! 今日は、わが愛弟子と、その兄のための最高の弔いを行う!」

 

 虎は別当の熱い言葉を聞き、それまで凍りついていた心が、ほんの少しだけ解けていくのを感じていた。


 数多の僧侶が集まり、儀式が始まった。読まれるのは、仏教における最高ランクの経典――『一乗妙典』全八巻。


 「南無……妙法……蓮華経……」

 

 重厚な読経の声が堂内に響き渡り、線香の煙が天へと昇っていく。読経が終わり、別当が高座に上がった。追善の鐘が鳴り響く中、彼は施主である母と虎の志を想い、まずは言葉にならぬ涙にむせんだ。


 「……。………………」


 しばらくの後、彼はようやく声を絞り出し、花を捧げて説法を始めた。


「二十三年の夢が、暁の月と共に空に隠れてしまった。

夕暮れの嵐に一人、雲となり雨となって消えた二人を想えば、哀憐の涙が乾くことはない。


 悲しいかな、老いた親が子に後れ、恨めしいかな、若き妻が夫を失う。釈迦大士の教えも、閻魔法王の叱責も、今の我らの悲しみの前には霞んでしまう。


 だが、聞きなさい。……命は水上の泡であり、魂は籠から放たれた鳥と同じ。消えた者は二度と見えず、去った者は二度と来ない。だからこそ、今ここで、すべての執着を祈りに変えるのだ」


 別当は、母の恩を須弥山に、父の恩を大海に例え、その恩を捨ててまで父の仇を討った兄弟の「志」を、神仏もまた納受(受け入れ)してくださるはずだと説いた。


 「……別当様。……あの子が、五郎が幼い頃に過ごしていた部屋を見せていただけないでしょうか」


 法要を終えた母が、震える声で願い出た。別当は頷き、二人を古い宿坊へと案内した。


「あの子が大人になって山を下りてから、私はこの部屋に人を入れず、修理もせず、あの日から一歩も変えずに残しておきました」


 ギィ……と古びた扉が開く。そこには、五郎(箱王丸)が過ごした当時のままの空気が止まっていた。軒先のしのぶ草は、まるで主を待つように真っ赤に紅葉し、秋の時雨が静かに屋根を叩いている。


 母と虎が部屋を見渡すと、壁の一角に、墨で書かれた筆の跡があった。それは、五郎が山を降りる直前、誰にも告げずに書き遺した「最後のメッセージ」だった。


『出でていなば 心かろしと言ひやせん 身の有様を 人の知らねば』

(黙って出ていけば、薄情な奴だと思われるだろうか。……けれど、俺が背負っている宿命を、誰も知らないのだから)


 「……ああ、五郎……!」


 母は壁に縋り付き、慟哭した。師匠に別れも告げず、誰にも行き先を教えず、たった一人で修羅の道へと踏み出したあの日の五郎の心。その寂しさと、退路を断った決意。


 その筆跡は、まるで今書かれたばかりのように鮮明で、母の胸を激しく焼き焦がした。


 名残は尽きない。しかし、時は無情にも過ぎていく。


 「……母上。私は、大磯へ帰ります。そして一生をかけて、十郎様を弔い続けます」


 虎は、かつて十郎が贈った「貝鞍」と「馬」を布施として寺に捧げ、静かに告げた。母もまた、富士の狩場から届いた「小袖」を布施として差し出し、別当の手を取った。


 「別当様。……あの子たちが、貴方の弟子で本当に良かった」


 別当は、涙を抑えて二人に語りかけた。


 「……見事な供養であった。この志、必ずや過去の幽霊(二人)に届き、彼らは浄土で正覚を得ることだろう。大磯の客人(虎)よ、貴女の志は世に類を見ないほど深い。どうか、怠ることなく彼を弔い続けておくれ」


 「……はい。あかぬ別れの道、いつまでも忘れません」


 曾我の里へ戻る母。大磯へと帰る虎。そして、弟子の思い出と共に生きる別当。


 復讐の物語は、血飛沫と怒号で終わったのではない。


 こうして残された者たちが、それぞれの心に「愛」と「祈り」を灯すことで、ようやく一つの円環を閉じてゆく。




曾我物語 巻第十一 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔箱根にて仏事ぶつじこと


 ましてや、人のとしてねがはんに、なにうたがさうらふべき。すで斯様かやう法者ほふしやたまへば、ためため未来みらい永々 がた御事おんことなり。法師ほふしとて、御導師だうしるべきにあらねども、ひ、如何いかでかむなしかるらん。うへ五郎ごらうは、寵愛ちようあいなじみにて、おんおもひ、ともおとらねば、一入ひとしほとぶらたてまつるべし。誰か、そうたちしやうまうせ。持仏堂ぢぶつだう荘厳しやうごんせよ。客殿きやくでんちりれ」と、様々 下知げぢたまひけり。とらは、別当べつたう教化けうけき、ながらもうれしくぞおもひける。の後、かずそうたちあつまりたまふ。御経きやうおほしといへども、ことにすぐれたる一乗いちじよう妙典みやうでんくわん同音どうおん読誦どくじゆたまふ。五十 展転てんでん功力くりきだにもがたし。受持じゆぢ読誦どくじゆ結縁けちえんたのもしかりけり。御経きやうやうやうはてしかば、別当べつたう高座かうざのぼり、かれ追善ついぜんかねちならし、施主せしゆこころざしはかたまへば、づ、御涙なみだにむせびつつ、説法せつぽふ御声おんこゑだしたまはず。ややりて、別当べつたうなみだおさへ、花房はなぶさささげ、「れ、生死しやうじの道はことにして、をつれをいづれのはうにかつうぜん。分段ぶんだんさかひへだつ、はいきをいつのときにかせん。二十三年にじふさんねんゆめあかつきの月とそらかくれぬ。千万端たんうれへ、ゆふべあらし一人ひとりぎんじて、雲とり、雨とり、哀憐あいれんなみだ、かわくことし。あしたかへ、ゆふべおくりて、懐旧くわいきうはらわたえなんとす。所作しよさくいまだやまざるに、百日の忌景きけいすでにみてり。かなしみいたりてかなしきは、おいてにおくれ、うらみのことうらめしきは、さかんにしておつとにおくるるほどうれし。老少らうせう不定ふぢやうるといへども、なほ前後ぜんご相違さうゐまよことなげけどもかなはず、しめどもしるしし。れば、仏も愛別離苦あいべつりくとときたまふ。一生いつしやうゆめごとし、誰か百年のよはひたもたん。万事ばんじみなむなし、いづれか常住じやうぢゆうおもひをなさん。いのちは、みづうへあはごとし。たましひは、の内の鳥、ひらくをちて、るにおなじ。きゆるものは、二度ふたたびえず、ものは、かさねてたらず。うらめしきかなや、釈迦しやか大士慇懃おんごん教化けうけわすれ、かなしきかなや、閻魔えんま法王ほふわう呵責かせき言葉ことばく。名利みやうりは、たすくといへども、いまだ北ばうのかばねやしなはず。恩愛おんあいこころなやませども、誰黄泉くわうせんめをまぬかれん。これつて馳走ちそうす、所得しよどく幾何いくばくぞや。これため追求ついぐす、所作しよさ多罪たざいなりしばらをふさぎて、往事わうしおもふに、きゆふみなむなし。ゆびををりて、薨人こうじんをかぞふれば、親疎しんそおほかくれぬ。時移うつり、ことさりて、いまなん渺茫べうばうたらんや。ひととどめて、われき、たれまたしやうしやせん、三界さんがい無安むあん猶如ゆによ火宅くわたくれば、王宮わうくうも、これゆめなり。天子てんしふも、四苦しくなり。いはんや、下劣れつ貧賎ひんせんともがら、などかつみかろかるべき。くるしみをまし、ごふかなしみをふべし。おもらぬぞ、おろかなる。「まさにいまこんかくちりふかくして、竹簡ちくかん幾何いくばく千巻せんくわんぞ。苔れう雲 しづかにして、松風せうふうただ一声ひとこゑ、てんちうくわせつ、あひつたふるに、あるじうしなふ。七月半なかばの盂蘭うら盆、のぞむところたれにかあらん」と、当座たうざにぞきける。まことことわりきはまりけり。れば、おやおもこころざしふかことちちおん須弥しゆみたとへ、ははおん大海だいかいおなじとへり。もしわれ一劫ごふあひだとくとも父母ふぼおんつくことしとえたり。胎内たいない宿やどり、くるしめ、こころをつくし、月をかさね、日をおくり、まるるときは、くわゆみよもぎもつて、天地 四方しはう身体しんてい髪膚はつぷ父母ぶもけ、へてそこなひやぶらざるを、かうはじめとす、襁褓きやうほうふくろつつまれしより、いまいたるまで、昼夜ちうややすことし。人のおやならひ、おとろへをばらずして、成人せいじんねがひしぞかし。おんて、いまださかりにもみちずして、ははさきちぬ。れば、孝経けうぎやういはく、「きみたつとくしてしたしからず、ははしたしくしてたつとからず、尊親そんしんともこれをかねたるは、父一人ひとりなり」といへども、四のおんなかには、二親しんなれば、ははなげきもせつなれども、あたるところぢ、ちちの敵にて、各々命をうしなふ。人のおやおもやみまよみちおろかなるもいとしほしく、かたはなるもかなしきに、の人々は、弓馬きゆうばいへまれ、武略ぶりやくともにかしこし。後代こうたいとどこととほきもちかきも、らぬ人無し。おな兄弟きやうだいいへども、中のしきもるぞかし。殿とのばらは、幼少えうせう竹馬ちくばむかしより、なれむつぶることたぐひし。浄蔵じやうざう浄眼じやうげんいにしへにもぢず、早離さうり速離そくりむかしにもたり。つひに富士の裾野すそのにして、おな草葉くさばの露とたまへり。一条いちでう摂政せつしやう謙徳公けんとくこうの二人の御子、前少ぜんしやう後少将ごせうしやうとて御座おはしける、朝夕あしたゆふべたまへり。かるためしもあれば、生死しやうじ無常むじやうことわりはじめておどろくべきにあらず。今、開眼かいげん供養くやう御経きやう、人々の手跡しゆせきうらなり斯様かやうきしを、余所よそにてるだにもかなしきに、まして御身おんみにあて、御心中しんちゆう、さぞおぼすらめ。これは、親子おやこわかれのこと兄弟きやうだいちぎりのわりきを、一 ごんべてさうらふ。またおつとわかるるなげき、いま一入ひとしほいろふかことなり。虚弓こきうとどまりて、ねやつ、上弦しやうげんの月、そられぬ。三年のなじみ、たちまちつき、孤枕こしんゆかのぼりて、虞氏ぐしいにしへにあらねども、数行すかうなみだたもとをうるほすらん。しやうらんのにほひ、そらだきものとぞなりにける。宵暁よひあかつきかねの声、まくらならべしおとにはず、おきゐにれば、なれし人はよもはじ。山のづる月影かげを、こころぐるしくても、面影おもかげにはことなれば、これぞ、なぐさたまことあらじ。まこと夫婦ふうふわかれ、しのがたけれども、むかし今も、ちからおよばざる道なれば、おもなぐさたまふべし。たう玄宗げんそう楊貴妃やうきひも、はつかにこと蓬莱宮ほうらいきゆうの波につたふらん、穆公ぼつこう弄玉ろうぎよくをおもんぜしも、いたづらに鳳凰台ほうわうだいの月によす。かれおもひ、これおもふにけても、昔をいまになずらへて、一仏いちぶつ浄土じやうどえんむすび、ねがはくは、九品くほん往生わうじやうののぞみをげ、七世の父母ぶも六親りくしん眷属けんぞく成仏じやうぶつ」と、回向ゑかうかねをならし、別当べつたう高座かうざたまふとて、さだといとどおもひしにはるべきふにけてもとえいたまひければ、聴聞ちやうもん貴賎きせんあはれをもよほし、袖をしぼらぬはかりけり。供養くやうもやうやうぎしかば、そうたちも、皆々(みなみな)かへたまひぬ。ややしばらりて、「いそくだたくさうらども、たまたま上りてさうらへば、五郎ごらうをさなくてさうらひしかたさうらはん」とまうされければ、別当べつたうのたまひけるは、「をとこりて後、形見かたみおもへば、人をもかず、わざとやぶれをも修理しゆりせず、むかしすこしもたがはずさうらふ。いざさせたまへ。墓所はかどころをもつきてさうらへば、御覧ごらんぜよ」とて、つれてき、たまへば、はかの上に草おひけるを、別当べうたうたまひて、「君見ずや、北ばうのゆふべの雨、でうでうたる青塚せいちよいろを。またずや、とうはうの秋のかぜ、歴々たる白楊はくやうこゑを」と、ふるおもたまふ。これは、もとののたまへば、のきしのぶは、紅葉もみぢして、おもひの色をあらはせり。なげきは、いつもきせねば、しげる甲斐かひわすれ草、ばかりは、よしき。長月ながつき上旬じやうじゆんことなれば、よもの紅葉もみぢの色は、袖のなみだむるかとえ、古里ふるさとくるしきに、やすくもぐるはつ時雨しぐれうらやましくぞおぼえけり。かべきたる筆のすさみをれば、でていなばこころかろしとひやせん有様ありさまひとらねばと古歌ふるうたはしを、「箱王はこわうまる」とぞきたりける。師匠ししやういとまをもこはず、人にも行方ゆきがたらせず、ただ一人出づることおもりてかたり、をさなかりし面影おもかげ只今ただいまこころして、よしところたりけると、がれければ、むねがすほのほは、咸陽宮かんやうきゆうゆふべけぶりにことならず。たもとつるなみだの、竜門原上りゆうもんげんしやう草葉くさばむる、おもてのなみだともひつべし。名残なごりきすまじ。さてしもるべきにあらざれば、ははは、曾我そがくだり、とらは、大磯おほいそかへらんとす。別当べつたう五郎ごらうわかるるこころして、「さても、たび御仏事ぶつじがたくこそさうらへ。過去くわこ幽霊いうれいさだめて正覚しやうがくなりたまふべし。また大磯おほいそ客人きやくじん御志こころざしこそ、にすぐれてはさうらへ。かまへてかまへて、おこたらずとぶらたまへ」とおほせられければ、とらも、なみだおさへて、「仏事ぶつじうけたまはさうらへば、まことこころし、あかぬわかれのみち、いつかはおこたさうらはん」とまうしければ、「数多あまたたからをつまんより、まことこころざしにはしかずとうけたまはる。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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