11-3 五百人の子を持つ鬼神
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
箱根の険しい山嶺に、法要を告げる鐘の音が重く響く。
あの日、富士の裾野を血で染めた「曾我兄弟の仇討ち」から百日。復讐の果てに愛する人を失った母と虎は、箱根の別当による厳しい、しかし慈愛に満ちた説法を聴いていた。
それは、遥か彼方の天竺にいた、ある最強の母親の物語――。
「――かつて、天竺に鬼子母という鬼がいた」
別当の声が、静まり返った宿坊に響く。彼女は大阿修羅王の妻であり、実に五百人もの子を持つ母親だった。だが、その正体は、数多の生命を奪い去る恐怖の対象――恒河沙の如き殺生を繰り返す、呪われた存在であった。
特に、彼女が好んだのは「人間が慈しむ子供」を奪い取って食らうこと。親たちの悲鳴、断末魔、止まらぬ涙。鬼子母にとって、それらは自分の子を養うための「効率的なリソース」に過ぎなかったのだ。
この凄惨な状況を悲しんだお釈迦様(仏)は、ある計画を立てた。
「いかにして、この狂った殺生を止めさせるか……」
知恵第一の弟子、迦葉尊者がお釈迦様に進言した。
「彼女には五百人の子がいますが、その中でも一番可愛がっている末子、乙子を隠してみてはいかがでしょうか」
お釈迦様は頷き、神通力をもって乙子を自らの鉢の下に隠した。さあ、そこからがパニックの始まりだ。最愛の末っ子が消えた。鬼子母の動揺は凄まじかった。
「乙子! 私の乙子、どこへ行ったの!?」
彼女は自慢の神通力をフル稼働させた。雲の上の非想非非想天から、六欲天の果てまで。八海を越え、竜宮を抜け、奈落のどん底までも。
しかし、世界のどこを探しても乙子の姿はない。絶望した鬼子母は、大地に転げ回り、なりふり構わず泣き叫んだ。あの恐怖の鬼神が、ただの一人の「我が子を失った母親」へと成り下がった瞬間だった。
鬼子母は、藁をも掴む思いでお釈迦様の元へ駆け込んだ。
「お釈迦様、お願いです! 私の乙子がいなくなりました。どこを探しても見つからないのです。教えてください、あの子はどこに……!」
お釈迦様は静かに問いかけた。
「子供を失うというのは、それほど悲しいことか?」
「当たり前です! ああ、あの子さえ戻ってくれるなら、私はどうなっても構わない! それほどあの子が愛おしいのです……!」
彼女の目からは、血のような黄色い涙が溢れていた。そこで、お釈迦様は鋭い一喝を浴びせた。
「よく聞きなさい。お前はたった一人を失っただけで、これほどまでに乱れ、悲しんでいる。……では、お前が自分の子を育てるために殺してきた無数の子供たち。その親たちの嘆きは、どれほどのものだと思う?彼らにも親がおり、子がいる。お前が踏みにじってきた無数の家庭に、今のお前と同じ絶望を植え付けてきたのだということを、思い知りなさい」
鬼子母は首をうなだれ、自らの過ちを悟り、激しく後悔した。
「……もう、殺生はいたしません。二度と。ですから、あの子を……」
「二度と殺生をしないというのなら、子の居場所を教えよう」
鬼子母は大いに喜んだが、一つ、切実な悩みを口にした。
「お釈迦様。ですが、私たち鬼の種族は、肉を食らわなければ身体が持ちません。慈悲の心で、何か代わりの方法を教えてはいただけないでしょうか」
そこでお釈迦様が提示した解決策。これこそが、現代の寺院でも受け継がれている『生飯』の起源である。
「人々が食事をするとき、飯の上から少しだけ、私に捧げる分として取り出しなさい。それを、お前たちに与えよう。それで命を繋ぐのだ」
「しかし……私たち煩悩にまみれた鬼には、ただの飯では満足できません」
「ならば……」
お釈迦様は、ひと工夫加えた。
「一口の飯に、人の肉の香りを刷り込んで与えよう。これで、殺生せずとも満足できるはずだ」
お釈迦様が鉢を上げると、そこには乙子がいた。鬼子母は泣いて喜び、お釈迦様の弟子となった。彼女は「子供を喰らう鬼」から一転、『法華経の守護神』となり、世の子供たちを守る聖母へと転生したのである。
話はここで終わらない。別当は付け加えた。
この鬼子母、あまりの美貌ゆえに、かつて天界の王・帝釈天に奪われたことがある。これに激怒したのが、彼女の夫である阿修羅王だ。
怒り狂った阿修羅の軍勢は、須弥山を攻め上った。
その激しさは、恒河の砂の数ほどの矢が飛び交う、文字通りの宇宙規模の戦争。
帝釈天は『仁王経』を講じ、秘術を用いて巨大な磐石を雨のように降らせ、阿修羅の軍勢を粉砕した。しかし、阿修羅の「業」が尽きぬ限り、彼らは何度でも蘇り、永遠に戦いと苦しみを受け続けることになった。
だが、鬼子母は違った。
彼女は「仏の教え」を受け入れることで、その無限の苦しみの連鎖から抜け出すことができたのだ。
「……曾我の母上よ。そして虎殿」
別当は話を締めくくった。
「鬼神でさえ、このように教えを請い、執着を捨てれば守護神となれるのです。曾我兄弟が父のために命を懸けたのは、決して『悪』ではありません。しかし、残された者がいつまでも恨みを抱き、血の連鎖を望めば、それは阿修羅の戦いと同じ、永遠に終わらぬ地獄となります」
母と虎は、長い沈黙の末、深く、深く一礼した。
「……はい。私たちは、もう誰も恨みません」
虎は自分の墨染めの衣を見つめた。あの日、富士の裾野で燃え盛った松明の火は、彼女の中で「怨念」から「鎮魂の灯火」へと変わっていた。
箱根の山に、再び鐘が鳴る。曾我兄弟の物語。それは、恨みを晴らした復讐の記録ではなく、残された者たちが「愛と許し」に辿り着くための、長き巡礼の記録へと昇華された。
曾我物語 巻第十一 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔鬼の子取らるる事〕
昔、天竺に、鬼子母という鬼有り。大阿修羅王が妻なり。五百人の子を持ち、是を養はんとて、物の命をたつ事、恒河沙の如し。殊に親の愛する子を好み、取りくふ罪つくし難し。仏、是を悲しみ思し召し、如何して此の殺生を止めんとて、智慧第一の迦葉尊者に告げ給ふ。迦葉、仏に申させ給ひけるは、「彼が五百人持ちて候ふ子の中に、殊に自愛を御隠し候ひて、御覧ぜられ候へ」と、御申し有りければ、「然るべし」とて、五百人の乙子取り、御鉢の下に隠し給ふ。父母の鬼、是を尋ねけり。神通自在の物なりければ、上は非想非非想天、六欲天の雲の上、下は九山、八海、竜宮、奈落の底までも、くもり無く尋ねけれども、無かりけり。鬼共、力を失ひ、大地に伏しまろび、泣き悲しみけるぞ、愚かなる。思ひの余りに、仏に参り申しけるは、「我、五百人の子を持ちて候ふ、其の中にも、乙子こそ、殊に不便に候ひしを、物に取られ失ひて候ふ。余りに悲しみ候ひて、至らぬ隈も無く、尋ねて候へども、我等が神通にては、尋ね出だすベしとも覚えず。然るべくは、御慈悲を以て、教へさせ給ひ候へ」とて、黄なる涙を流しけり。其の時、仏宣はく、「さて、子を失ひて尋ぬるは、悲しき物か」「申すにや及び候はず。是だにも出で来候はば、我等二人は、如何になり候ふとも、余りにかはゆく候ふ」と申しければ、「然様に、子は悲しく、無慙なる者ぞとよ。汝、五百人の子を養はんが為に、者の命を殺す事、いか程とか思ふ。其の殺さるる者の中に、親も有り、子も有り、兄弟親類、いか程の歎きとか思ふ。思ひ知れりや、汝今、只一人失ひてだにも、斯様に悲しむにや。まして、他人如何」と、示し給ひければ、鬼共、首をうなだれ、涕泣して、先非をくいけり。「如何に汝等、猶しも者の命をやたつべき。止まるならば、有り所知らせん」と仰せられければ、鬼、大きに喜び、「今より後は、更に殺生すまじくて候ふ。失ひし子の有り所教へ給へ」と、たひはう申しけり。「然らば、かたく約束有りて、殺生止めよ」と仰せられければ、鬼、重ねて申す様、「肉食をたやしては、我等身命助かり難し。御慈悲の方便に預からん」と申す。仏、御思案有りて、「然らば、一切衆生の用ひる飯の上を、少し生飯取り、汝等に与ふべし。其れにて命を継ぎ候へ」と、仏勅有りければ、鬼承り、「我等は、悪業煩悩にて、身をまろめたり。仮令仏説の如く、頂戴申すと言ふとも、肉食を止めては、命あらじ」と申しければ、「然らば、一口の飯に、人の肉をすりぬりて与ふべし」と、御約束有りけり。今に至りて、生飯とて、飯の上を少し取り、掌にあてておく事は、此のいはれにてぞ有りける。斯様に、かたく御誓約有りて、御鉢の下より、子鬼を取り出だし給ひけり。此の時、鬼申しけるは、「我等、神通を越えたりと思へ共、仏の方便に及び難し。まして、後世こそ恐ろしけれ」とて、即ち、御弟子と成り、仏果をえるとかや。剰へ、法華守護神と成り、法花経を擁護せんと誓ひ給ふ。抑此の鬼子母は、形世に越えければ、帝釈、是を奪ひ取り給ひぬ。阿修羅王、大きに怒り、瞋恚の猛火をはなち、既に須弥の半腹まで攻め上り、戦ふ事、恒河沙のをふるとも、作る事無し。其の時、帝釈は、善法堂に立て籠り、仁王経を講じ給ひつつ、四しゆ五わうの印を結び給ふ。時に、虚空より、磐石雨の如くに降り下り、修羅の大敵を粉灰に打ち砕き、然れども、業因つきざれば、又よみ帰り、大苦を受けたりと伝へたり。然れども、鬼子母は、仏弟子となりしかば、苦悩をはなるるのみならず、法花の守護神となり給ふ。斯様に鬼神だにも、随喜すれば、かくの如し。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




