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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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10-5  帰らぬ主君と、母の慟哭

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 富士の裾野で巻き起こった、日本史上最大の復讐劇。十七年の執念を遂げ、露と消えた曾我十郎祐成と五郎時致。


 物語は、英雄たちの死で終わるわけではない。残された者たち――形見を託された従者、息子を失った母、そして彼らを導いた師。彼らが抱える「その後」の絶望と、再生への祈り。


 「――若殿たちは、もうおられぬ」


 富士の裾野から曾我の里へ、主君の形見を届け終えた二人の忠臣、鬼王おにおう道三郎どうざぶろう。彼らは、自分たちの役目が終わったことを悟っていた。


 彼らが選んだ道は、故郷で余生を過ごすことではなかった。二人はそのまま高野山へと登り、自らのもとどりを切り落とした。墨染めの衣に身を包み、俗世との縁を完全に断ったのである。彼らの心には、ただ一つの目的しかなかった。


 「若殿たちの後生を弔うこと」


 かつての最強の郎等たちは、静かな祈りの人へと変わった。その無私の忠義に、涙せぬ者はなかった。


 一方、曾我の里。届けられた息子たちの小袖を抱きしめた母は、その場で意識を失い、崩れ落ちた。


「……十郎、……五郎……」


 女房たちが慌てて介抱し、薬を口に含ませてようやく目を開けた母。だが、その瞳には光がなかった。差し出された遺書を読もうとするが、涙で文字が歪み、一文字も頭に入ってこない。


「恨めしい……。なぜ、なぜこんなことになったの……」


 母の口から漏れるのは、後悔の毒だった。特に、箱王丸(五郎)に対する不条理なまでの厳しさ――。


「……あの時、あの子があんなに必死に会いに来たのに。なぜ私はあんなに冷たく突き放してしまったのか。不孝者だと罵り、寄り添うこともせず……。もう一度、せめてあと三日だけでも、あの子たちの温もりを感じていたかった。あの懐かしい面影を、もう二度とこの世で見ることはできないなんて……!」


 母の慟哭は、里の隅々まで響き渡った。身分の高い者も低い者も、その悲痛な叫びに、共に袖を濡らした。


 母はふらつく足取りで、十郎が過ごしていた部屋へと向かった。

 そこには、彼がかつて筆を走らせた「書き散らし」が残されていた。


一切いっさい有為ういほう夢幻むげん泡影ほうようごとし。つゆごとく、またいなずまごとし。まさごとかんすべき。』

(この世のすべては夢や幻、泡や影のようなものだ。露のように消えやすく、稲妻のように一瞬だ。そのように世界を捉えなさい)


 「……ああ、十郎。お前は、自分の命がこれほど短いことを悟っていたのね」


 棚には『古今和歌集』や『源氏物語』など、数多の草子が積まれている。だが、それらを読むあるじはもういない。積まれた本はただの紙の束となり、部屋に残された筆の跡だけが、彼の生きた証として母の胸を抉った。


 「……母上、これを」


 十郎の恋人であり、よき理解者でもあった二宮の女房が、泣きながら兄弟の遺書を読み上げた。それを聞きながら、母は再び自分を責める。


「……箱王が不孝者だったのではない。私が、あの子を法師にさせたいあまり、意固地になっていただけ……。あの子を冷たい人間だと思っていたけれど、本当はあの子こそが、私を一番想ってくれていたのかもしれない」


 彼女は、五郎に着せた小袖のことも思い出した。実は以前、五郎を許すポーズとして小袖を与えた際、「これは私が作ったのではない、二宮の女房が作ったものだ」と、わざと突き放すような嘘をついたことがあったのだ。それを信じた五郎が、どれほど傷つき、どれほど寂しい思いで富士へ向かったか。


「……馬鹿な母親ね。あの子を追い詰めて、死なせてしまったのは私だわ」


 曾我の里には、兄弟を愛した男たちが集まっていた。

継父・曾我の太郎。 実の子以上に二人を慈しみ、武士としての成長を陰ながら支えてきた。だが、頼朝への忠義と、復讐者である息子たちへの愛の板挟みになり、何もできなかった後悔に打ち震えていた。


師匠・箱根の別当。 知らせを聞き、急ぎ山を降りてきた。


「……箱王が山を出る時の面影が、今も私の目に焼き付いている。師弟であり、親子でもあった。……あの別れが、今生の最後になるとは」


 別当は持仏堂じぶつどうに籠り、兄弟のために一心に読経を始めた。七日、七日。四十九日までの、怠らぬ追善。


 『阿弥陀仏の誓願は、大罪人でさえも救い上げる他力の力なり』。


 兄弟が成し遂げたのは「殺生」という罪かもしれない。だが、そこには親を思う純粋な「仁義」があった。


 「……罪にして、しかも罪にあらず」


 富士の裾野に消えた露命は、今や日本中の人々の心に「美しき兄弟」の記憶として刻み込まれた。彼らは悪道に堕ちることなく、きっと浄土で再会しているだろう。

 

 里を包む祈りの声。

 母の涙、従者の墨染めの衣、そして師の読経。

 

 十七年の怨念は消え、後に残ったのは、語り継がれるべき「物語」だけだった。




曾我物語 巻第十(明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔おなじくものども遁世とんせいこと


 いへにもかへらず、高野山かうやさんたづのぼり、とももとどりり、墨染すみぞめころもいろこころをなし、一筋ひとすぢの人々の後生ごしやう菩提ぼだいとぶらひけるぞがたき。


 〔曾我そがにて追善ついぜんこと


 さても、はは子供こどもかへしたる小袖こそでり、各々 かほてて、ままたふし、りにけり。女房にようばうたち、やうやう介錯かいしやくし、くすりなど口にそそき、養生やうじやうしければ、わづかにばかりたまひけり。せめてのことに、文をひらきてまんとすれどももくれ、こころこころならねば、文字もじさらえわかず。「うらめしや、わらはを」とばかりひて、むねて、またしぬ。ややりて、いきしたにてくどきけるは、「まこと凡夫ぼんぶの身ほどはかなきことし。小袖こそでをこひ、ながまでの形見かたみおもひて、時折節をりふしこそるに、二人つれてたりこひけるものらずして、かへせといひけむくやしさよ。五郎ごらうも、かぎりとおもひてや、の度、つよひけるぞや。幾程いくほどものゆゑに、不孝ふけうして、年頃としごろはざりける、かなしさよ。なほも、こころづよゆるさざりせば、一目ひとめざらまし。ひさしくはざりしに、めづらしくも、たのもしくもおぼえしものを、せめて三日ともはで、名残なごりしさよ。なつかしかりつる面影おもかげを、いつにかはあひん」とて、こゑしまずたり。如何いかなるしづしづいたるまで、なみだながさぬはかりけり。二宮にのみや女房にようばうはじめとして、したしき人々あつまりて、かなしむこと、なのめならず。おもひのあまりに、ははは、十郎じふらうたりけるところたふり、「此処ここみしものを」とばかりにて、うかりしぬ。かたはらきたるふでのすさみをれば、「一切いつさい有為法うゐほふ如夢幻泡影によむげんはうやう如露亦如電によろやくによでん応作如是観おうさによぜくわん」とぞきたりける。りともおもはぬくちずさみ、るになみだとどまらず。押板おしいたには、古今こきん万葉まんえふはじめとして、源氏げんじ伊勢物語いせものがたりいたるまで、かず草子さうしをつみたれども、いまより後のなぐさみには、誰かはこれるべきと、るにおもひぞまさりける。ふみをば、二宮にのみや女房にようばうぞ、つらねける。くにけても、こころこころともおぼえず。「人のならひ、神やほとけまゐりては、いのちなが福幸ふくさいはひをこそいのるに、ものどもは、ただれしにせんとのみまうしければ、度逃のがれたりとも、つひひはつまじきぞや。れにけても、箱王はこわう年頃としごろ不孝ふけうして、はざりしことくやしさよ。れは、草のかげにてもけ、まことには不孝ふけうせず。たとへば、法師ほふしになさんとせしことかなはぬに、不孝ふけうひしを、ついでくして、なにく、月日つきひかさねしばかりなり。小袖こそで直垂ひたたれをきせしことも、日頃ひごろはらざりしを、二宮にのみや女房にようばうのきするやうにてとらせしを、誠とおもひ、わらはをば、つらきものにやおもひけん。よし、中々に今はなげきの便たよなりひなるるなりせば、いよいよ名残なごりしかるべし。かくても、なににかはながらへはてん、き命、るもあられぬためしかな」と、もだがれける。曾我そがの太郎も、をさなき時よりそだてて、わりことなれば、実子じつしにもおとらず、こころざままたさかしかりしかば、梅兄竹弟ばいきやうちくていおもひをなし、朝夕あさゆふおろかならざりしかども、所領しよりやうひろからざれば、一所いつしよをわくることし。うへ御勘当かんだうの人々のすゑなれば、きよげならんもおそり。きよくほくさいはひに、各々かるることもこそと、おもひしことゆめぞかし。今更いまさら後悔こうくわいえきしとぞなげきける。ははは、れ、くるにしたがひて、いよいよおもひぞまさりける。「しからざりしなれども、かれ行方ゆくへ、もしやとおもゆゑにこそ、つらきいのちしかりつれ。今は、浄土じやうどにてまれひ、いま一度ひとたびん」とて、湯水ゆみづをたち、しづみければ、露命もあやふくぞえし。したしき人々あつまりて、「ならひ、御身おんみひとつのなげきにあらず。さしも、繁昌はんじやうたまひし平家へいけ公達きんだちも、一度いちどに十二十人、まへにて海中かいちゆうしづみ、九泉きうせんたづさはりたまひしわかども日数ひかずもり、年月としつきへだたりぬれば、さてのみこそさうらひしか。今のにも、あるいは父母におくれ、あるいは夫妻ふさいわかれ、又は親子おやこ兄弟きやうだいはなれ、なげもののみこそおほさうらどもたちまち命をつる者無し。まこと御子ため御身おんみたまはんこと逆様さかさまなるつみふかさ、如何いかばかりおぼす。なみだも、猛火みやうくわりて、かるとこそきけれ、まして、ために、せう命をうしなたまはんこと罪業ざいごふほどらず。如何いかにもをまたくして、後生ごしやう菩提ぼだいたまへ」と、様々にまうしければ、わづかに湯水ゆみづばかりぞたまひける。さてるべきならねば、そうたちたてまつり、成等正覚じやうどうしやうがく頓証とんしよう菩提ぼだいとぞりをさめける。ははなほとぶらはるべきの、逆様さかさまなることなげかなしみける。にや、の中のさだき、なみだたねとぞなりにける。箱根はこね別当べつたうも、ことき、いそ曾我そがくだり、もろともなげたまふ。「箱王はこわうでしとき面影おもかげ愚老ぐらうなみだの袖にとどまり、師弟してい親子おやこわかれ、はるべきにあらず」とて、さめざめとたまふ。の後、持仏堂ぢぶつだうまゐり、菩提ぼだいとぶらたまひけり。七日なぬか七日なぬか、四十九日まで、おこたらぬ追善ついぜんり。まこと弥陀みだ誓願せいぐわんは、十悪じふあく五逆ごぎやく大罪ざいをも、一念いちねん十念ねんちからもつて、来迎らいかう引接いんぜふたまふべき他力たりき本願ほんぐわんたのもしかりけり。の人々は、ちちためてけるこころざしければ、つみにして、しかもつみにあらず、うへ在世ざいせの時も、仁義じんぎみださざりしかば、後のまでも、悪道には堕罪だざいせられじと、たのもしくおぼえける。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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