表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/109

10-3 王の涙と非情な裁定

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 建久四年五月二十九日。富士の裾野を濡らした嵐は去り、眩いばかりの朝日が戦場を照らしていた。


 父の仇、工藤祐経を討ち果たし、捕らわれの身となった曾我五郎時致。しかし、法は非情だ。どんなに美しい理由があろうとも、王の面前で刃を振るった罪は消えない。


 「……曾我の五郎。貴様の言い分、すべてこの頼朝が聞き届けた」


 御座所の静寂の中、源頼朝の声が響く。その瞳には、かつてないほどの敬意が宿っていた。


「正直に言おう。お前をこのまま召し抱え、私の側近にしたい。お前のような忠義と勇気を持つ者こそ、今の鎌倉には必要なのだ。……だが、それは叶わぬ」


 頼朝は苦渋に満ちた表情で首を振った。五郎を生かせば、他の御家人たちが「狼藉を働いても理由があれば許される」と勘違いし、幕府の秩序が崩壊する。さらに、討たれた工藤祐経の一族との終わりなき報復合戦が始まるだろう。


「ゆえに、五郎。お前を処刑する。……恨むなよ」


 五郎は深く頭を下げた。


「――滅相もございません。むしろ、これまで生かしていただき、この時致に語る場を与えてくださったこと、感謝の言葉もございません」


 頼朝は静かに硯を引き寄せた。そして、自らの手で一筆の文書をしたためた。


『 曾我の別所二百余町を、曾我兄弟の供養のため、母の一生の間、領地として安堵する。 源頼朝(自筆・御判)』


「これは、お前たちの孝行への褒美だ。母上が一生、食べるに困らぬよう手配した。……心安く逝くがよい」


 五郎は渡された文書を高く掲げ、涙を流した。


 「……ありがとうございます。屍の上に賜ったこの御恩、来世までも忘れません」


 「さあ、五郎。参ろうか」


 執行人の小平次が五郎を連れ出そうとする。五郎は再び縄を打たれたが、その顔に悲壮感はない。


「小平次殿、そんなに申し訳なさそうな顔をしないでくれ。俺はこの縄を恥とは思っていない。……これは、父上のために読み続けた『法華経の紐』だ。俺を浄土へと導く、尊い綱なのだから」


 五郎は意気揚々と歩き出した。見物する武士たちに向かって、彼は高らかに声を上げた。


「皆の衆! 俺の姿をよく見ておけ! 親のために捨てる命は、天も地も受け入れてくださる。この縄こそ、俺の勲章だ! 縁があれば、来世でまた会おう!!」


 その堂々たる姿に、「天晴れなり……」と呟かぬ者はいなかった。


 五郎の処刑が今まさに始まろうとしたその時。一人の少年が頼朝の前に飛び出した。昨夜五郎を殴った、工藤祐経の嫡子・犬房いぬぼうだ。


「鎌倉殿! お願いです! その男は、私の父の敵。……私に、父の敵を討たせてください!」


 わずか九歳の童による、必死の請願。頼朝は沈黙の後、頷いた。


「……よかろう。五郎の身柄は、工藤の一族へ引き渡す」

 

 五郎の身柄は、祐経の弟・伊豆二郎祐兼へと渡された。場所は、富士の裾野。浜辺に近い松崎という岩場。五郎は岩の上に静かに座り、死の瞬間を待った。


 「……さあ、伊豆殿。早くやってくれ。兄上が三途の川で、俺が遅いとイライラして待っているはずだ」


 五郎が微笑みながら促す。だが、執行役の祐兼は、五郎の圧倒的な覇気に呑まれ、手が震えて太刀を握ることさえおぼつかない。


「……くっ、曾我の五郎……。お前という男は……」


「どうした、伊豆殿。構えてよく斬ってくれよ。もししくじれば、俺は悪霊となってお前の一族を七代まで呪ってやるからな!」


 その挑発に、一人の男が割り込んできた。筑紫つくし仲太なかたという下級武士だ。彼は祐経の家来として訴訟を進めていたが、祐経が死んだことでその出世の道が閉ざされたことを逆恨みしていた。


「……どけっ、伊豆殿! そんな小僧に情けは無用だ。私が引導を渡してやる!」


 仲太は、わざと切れ味の悪い「鈍らにぶきかたな」を抜き放った。

 苦痛を与えて殺すという、卑劣極まりないやり方だ。

 だが、五郎は顔色一つ変えなかった。

 

 ギギギ……と、首筋を骨ごと削るような鈍い感触。

 血が溢れ、意識が遠のいていく。

 

「…………兄上………………今…………行きます…………」


 建久四年五月二十八日(あるいは二十九日)、早朝。


 曾我五郎時致、二十歳。散る。


 かつて、中国の英雄・紀信きしんは主君のために身代わりとなって死に、武士たちはその武勇を讃えた。曾我兄弟もまた、同じだ。彼らが命を懸けて成し遂げたのは、単なる暗殺ではない。


 親への「孝」、兄への「情」、そして武士としての「意地」。そのすべてが凝縮されたこの一夜の出来事は、後に「日本三大仇討ち」の筆頭として、千年の時を超えて語り継がれることになる。


 富士の裾野。兄弟が流した血は、雨に洗われ、土に還った。だが、彼らが駆け抜けたあの嵐の夜の輝きは、今もなお、私たちの心の中に「美学」という名で生き続けている。




曾我物語 巻第十(明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔五郎ごらうらるること


 君仰おほせられけるは、「なんぢまうところ、一々にひらきぬ。れば、死罪しざいをなだめて、使つかふべけれども傍輩はうばいこれをそねみ、自今じこん以後、狼藉らうぜきたゆべからず。うへ、祐経が類親るいしんおほければ、意趣いしゆのががたし。しかれば、向後きやうかうために、なんぢちゆうすべし。うらみをのこすべからず。ははことをぞおもくらん、如何いかにも不便ふびんにあたるべし。こころやすおもへ」とて、御硯すずりせ、「曾我そが別所べつしよ二百余町を、かれ兄弟きやうだい追善ついぜんために、頼朝よりとも一期いちごはは一期いちご」と自筆じひつ御判はんくだされ、五郎ごらういただかせ、ははかたへぞおくられける。にや、こころのたけさ、なさけふかこと、人にすぐるるにり、かばねうへ御恩ごおんがたしかんじける。これや、文選もんぜん言葉ことばに、「しん文王ぶんわうは、あたしたしみて、諸侯しよこうさとり、せい桓公くわんこうは、あたもちひて、天下てんがをただす」とは、今の御世られたり。五郎ごらうくはしくうけたまはりて、「くびされんにおいては、のがるる所有るべからず。しばらくもなだめられまうさんことふかうれへとぞんずべし。ははことは、かたじけなおほくだされさうらども故郷こきやうでし日よりも、一筋ひとすぢおもさうらひぬ。御恩ごおんに、いま一時もとく、くびされさうらへ。あにおそしとさうらふべし。いそさうらはん」とすすみければ、ちからく、御馬屋おんうまやの小平次におほけられ、らるべかりしを、犬房いぬばうが、「おやかたきにてさうらふ」とて、ひらにまうけければ、わたされにけり。口惜くちをしかりし次第しだいなり祐経すけつねおととに、伊豆いづ二郎じらう祐兼すけかねものり。五郎ごらうりて、でにけり。時致ときむね東西とうざいわたし、「それがし姿すがたん人々は、如何いかにをこがましくおもふらん。さりながら、おやためつる命、天衆てんじゆ地類ぢるい納受なふじゆたまふべし。けたるなはは、孝行かうかうぜんつなぞ。各々 結縁けちえんにてさうらへ」とまうしければ、にもとはぬ人ぞき。の後、五郎ごらうはますかにつれて、松崎まつがさきところ岩間いはまきすゑ、らんとす。時宗見かへまうしけるは、「かまへてよくさうらへ。ひともこそるに、しくたまさうらはば、悪霊あくりやうりて、七代までるべし」とひければ、祐兼すけかねきて、まことそんじなば、如何いかなる悪霊りやうにもるべしとおもひしより、ひざるひ、太刀のどもおぼえざりけるところに、筑紫つくし仲太なかたまうしけるは、御家人ごけにん訴訟そしようことりて、左衛門さゑもんじようにつきけるが、訴訟そしようかなふべきころ祐経すけつねたれければ、これ所為しよいとやおもひけん、わざと太刀にてはらで、苦痛くつうをさせんために、にぶきかたなにて、かきくびにこそしたりけれ。さしたる親類・知音ちいんにあらざるものも、わかれをしみ、名残なごりかなしまずとことし。しかるに、勇士ゆうしのいたつてたけきは、やぶたちとし、いくささきをかくるゆゑに、てきためらるるといへども、げいかんじ、たすけ、なさけをかくるは、先規せんぎなり。つたく、紀信きしん軍車ぐんしやりしも、武意ぶいかんじ、楚王そわうしやうになさんとひしかども、みづかをのぞみ、沛公はいこういくさやぶり、片時かたときもいきんことかなしみて、戦場せんぢやういしに、なづきくだきてせにき。よつて、勇士ゆうしてきために、いのちしばらくもまたせざるは、古今こきんれいなり。しかれば、五郎ごらうも、よひにやせんとおもひけん、覚束無おぼつかなし。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ