10-2 小さな復讐者の乱入
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
建久四年五月二十九日。嵐が去った富士の裾野、早朝。源頼朝の御前。
「……父上。父上を、よくも……ッ!」
頼朝の御座所の隅で、さめざめと泣いていた少年がいた。名は犬房。享年四十七歳でこの世を去った工藤祐経の嫡子、わずか九歳の童である。
彼は、五郎が語る凄惨な討ち入りの様子を、そして父が「四つの肉塊」にされたという無残な最期を、その耳でじっと聞いていたのだ。
子供の細い肩が、怒りと悲しみで激しく震える。
「――う、あああぁぁぁッ!!」
犬房は、静止する周囲の大人たちを振り切り、縄を打たれた五郎に向かって猛然と走り出した。彼は手に持っていた扇を振りかざし、五郎の顔面を、一発、二発、三発と、力の限り叩きつけた。
「父上の敵! 人殺し! 鬼! 悪魔!!」
パシッ、パシッ、と乾いた音が、静まり返った御所に響く。天下の頼朝を震え上がらせ、十万の軍勢を翻弄した「鬼神」五郎時致が、九歳の子供に一方的に殴られている。
誰もが息を呑み、その光景を呆然と見守った。
「…………はは。……はははは!」
殴られた五郎が、低く笑った。嘲笑ではない。そこには、深い、深い慈愛と共感の響きがあった。
「お前は、祐経の息子の犬房だな。……九歳にして、これほどの度胸があるとはな。立派なものだ」
五郎は顔を上げ、腫れ上がった頬を晒しながら、犬房を優しく見つめた。
「打て。もっと打て、犬房。お前の拳は痛くない。……俺は今、お前の心の痛みが、誰よりもわかるのだから」
五郎の脳裏には、十七年前の自分たちが重なっていた。父が殺され、誰を恨めばいいかもわからず、小さな弓矢で障子を射抜いていた、あの日の自分と弟。
「俺たちもな、お前と同じ年の頃、お前の親父に父上を殺されたんだ。……あれから十七年、二十年……。俺の『仇を討ちたい』という想いが、どれほど深かったか。……お前も今、同じ地獄の入り口に立ったんだな」
五郎は、かつての聖賢が説いた言葉を思い出す。
『親に打たれる杖を痛いとは思わず、打つ親の腕の力が弱まったことを嘆く』。
今の五郎は、自分を打つ犬房の扇の痛みを気にするのではなく、この小さな子供が背負わされてしまった「復讐の宿命」をこそ、悲しんでいた。
「それにしても、犬房よ。……お前は、なんて『果報者』なんだ」
五郎の言葉に、周囲の武士たちがどよめいた。親を殺されたばかりの子供に、「ラッキー」だと?
「俺はな、父上の仇を討つチャンスを掴むのに、十七年もかかった。青春のすべてを捨て、地を這い、嵐を待ち、ようやく昨夜、その首に届いたんだ。……だというのに、お前はどうだ?」
五郎は、自らを繋ぐ縄をジャラリと鳴らした。
「お前は、親父が殺された翌朝、もう目の前に『敵』がいる。そして、誰に憚ることなく、こうして自分の手で殴りつけることができている。……羨ましいよ。この二十余年の俺の苦労に比べれば、お前の引きの強さは、まさに『前世の徳』としか言いようがないな」
五郎は、自嘲気味に笑い、空を仰いだ。
「これが宿命か。昨夜の俺の結果が、今朝のお前の現在になる。……来世、俺とお前はどんな関係になるんだろうな。阿弥陀仏」
犬房は、五郎の言葉を理解したのか、それともただ怒りが収まらないのか、なおも五郎に食らいつこうとした。
「離せ! まだだ! まだ殴ってやる!!」
縄取りの兵たちが慌てて犬房を引き離そうとするが、子供の執念は凄まじく、大人数人がかりでも引き剥がせない。
「離れなさい、犬房殿!」
「うるさい、どけ!!」
混乱する現場。そこへ、一筋の鋭い矢のような声が突き刺さった。
「――犬房、下がりなさい」
その場にいた全員の背筋が凍りついた。声の主は、源頼朝。
これまで沈黙を守っていた「王」の一言。それは、この世界のいかなる『絶対命令』よりも重い。
『禽鳥百を数うといえども、一鶴にしかず。数星相連なるといえども、一月にしかず』
どれほど多くの兵たちが止めようとしても聞かなかった犬房だったが、頼朝のたった一言で、まるで魔法が解けたように動きを止めた。彼は悔しげに唇を噛み締めながら、一礼して、静かにその場を去った。
「……さて、五郎」
頼朝が、再び五郎を見据える。嵐が完全に去り、富士の山肌を朝焼けが赤く染めていく。復讐を終えた男と、復讐を誓った子供。その間に立つ、日本の支配者。
すべての役者が揃い、物語はついに「判決」の時を迎える。五郎の処刑は、もはや避けられない。
だが、その死を前に、頼朝は五郎に「ある究極の問い」を投げかけることになる――。
曾我物語 巻第十(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔犬房が事〕
此処に、祐経が嫡子犬房とて、九つになりける童有り。御前然らぬ切り者にてぞ有りける。傍にて、父が事をよくよく聞き、さめざめと泣き居たりしが、思ひやかねけん、走りかかり、五郎が顔を二つ三つ扇にてぞ打ちたりける。時宗打ち笑ひ、「己は、祐経が嫡子犬房な。其の年の程にて、よくこそ思ひ寄りたれ。打てや打てや、打つべし打つべし、犬房よ。我々も、幼少にして、汝が親に、父を打たせぬ。年頃の思ひ、如何ばかりぞや。今更思ひ知られたり。古を思へば、打つ杖をいたまずして、弱る親の力を歎きし志、五郎が今に知られたり」。打たるる杖をばいたまずして、主が心を思ひ遣る五郎が心ぞ哀れなる。「珍しからぬ事なれども、果報程勝劣有る物は無し。我々、祐経を思ひ掛けて、此の二十余年の春秋を送りしに、汝は、いみじき生まれ性にて、昨夜打ちたる親の敵を、只今心の儘にする事の羨ましさよ。其れに付きても、前生の宿業こそつたなけれ。現在の果を以て、未来を知る事なれば、来世又如何ならん、阿弥陀仏」とぞ申しける。犬房は、猶も打たんとよりけるを、「まさなしや、のき給へ」と、縄取りの者共言ひけれども、聞かざりけり。御寮御覧ぜられて、「犬房のき候へ。猶物問はん」と仰せられければ、其の時のきにけり。是や、禽鳥百をかぞふると雖も、一鶴にしかず、数星相連なると雖も、一月にしかず、君の御言葉一つにてぞのきにける。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




