表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/109

10-1 王との対峙、頼朝を黙らせた魂の言葉

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 建久四年五月二十九日、早朝。激動の「富士の夜襲」から一夜明け、嵐は去った。だが、その爪痕はあまりにも深く、鎌倉幕府を揺るがしていた。


 「……曾我の五郎を、これへ連れて参れ」


 鎌倉殿の命が下った。捕縛担当の小平次が、五郎を縛る縄を引く。その様子を見ていた母方の伯父、小川三郎祐定がたまらず声を上げた。


「待て、小平次! 相手は山賊や海賊ではない。由緒ある武士だ。縄など解いて、堂々と歩かせてやれ。情けというものがないのか!」


 だが、五郎は不敵に笑った。


「伯父上、お心遣いは嬉しいですが、無用です。俺がここに捕らえられたのは、泥棒や強盗をしたからじゃない。父上の仇を討った、名誉の証です。……この千筋の縄は、俺にとっては父上のために読み続けた『法華経の紐』も同然。恥じることなど、何一つありません」


 五郎は胸を張り、毅然とした態度で頼朝の御前へと引き立てられた。その姿は、かつて大陸で囚われの身となった英雄、殷の湯王とうおうや周の文王ぶんおうにも比肩する、圧倒的な王者の風格を漂わせていた。


 「――貴様が、曾我の五郎か」


 源頼朝の鋭い視線が五郎を射抜く。周囲の警護兵たちが「返答せよ!」「平伏せ!」と怒号を飛ばし、五郎を無理やり座らせようとする。


 「……見苦しいぞ、お前たち」


 五郎はカッと目を見開き、取り囲む武士たちを睨みつけた。


「鎌倉殿が目の前にいらっしゃる。文句があるなら、俺は直接鎌倉殿に申し上げる。お前たちのような『通訳フィルター』はいらん。邪魔だ、そこをどけ!」


 あまりの気迫に、周囲がしんと静まり返る。頼朝はわずかに口角を上げ、命じた。


「……神妙である。皆、下がれ。私が直接聞こう」


 五郎は居住まいを正すと、朗々と語り始めた。十七年前、父・河津三郎を殺されてからの歳月。頼朝が上洛した際にも、酒匂さかわの宿から京都の四条まで影のように付き従い、ひたすら祐経の首を狙い続けてきたこと。


「……ようやく昨夜、本意を遂げました。今さら命など惜しくありません。どうか、今この場で、俺の首を刎ねてください」


 五郎が腰に帯びていた太刀を差し出すと、頼朝の表情が驚愕に変わった。


「……その太刀、どこで手に入れた」


「かつて兄・十郎と共に京都へ上った際、四条の町で買ったものです」


 五郎は、育ての親である箱根の別当を守るため、咄嗟に「嘘」をついた。だが、頼朝は見抜いていた。

「……隠す必要はない。それは我が源氏の至宝、『髭切ひげきり』だ。箱根の御山に秘蔵されていたはずの神器が、まさか復讐者の手に渡っていたとは……」


 頼朝は自らその太刀を手に取り、押し頂いた。


「正八幡大菩薩の計らいか。この刀が巡り巡って、仇を討ったお前の手を経て私の元へ戻ってくるとは……。これこそが、源氏の天命というものか」


 頼朝は太刀を錦の袋に入れ、自らの重宝として再び納めた。


 「五郎よ、尋ねたいことがある」


 頼朝が問う。


「この大事を、曾我の父母には知らせたのか? 家族を思えば、一言あっても良かったのではないか」


 五郎はあざ笑うように答えた。


「日本一の大将軍が、なんという愚かなことを仰る。この世のどこに、継子が『これから暗殺テロを仕掛けてきます』と言って、『神妙なり、頑張ってこい』と喜んで送り出す親がいますか?ましてや母の愛は、山野の獣、江河の魚さえも持つ深い情です。二十歳を超えた息子が死にに行くと聞いて、喜ぶ母親などいるはずがない。……だから俺は、黙って来たのです」


 「……。では、祐経が街道を通る時、なぜもっと早く狙わなかった」


「狙わなかったのではない、狙えなかったのです! 奴が動く時は常に数十騎のガードがいる。対する俺たちは二人きり。……十七年、隙を探し続けて、ようやく昨夜の嵐が、神仏がくれた唯一のチャンスだったのです」


 「……ならば、なぜ罪のない私の侍たちまで斬った。彼らはお前の敵ではないはずだ」


 五郎は不敵に微笑んだ。


「それはことわりです。俺がこの本陣に突入すれば、たとえ一千万騎いようとも、道を塞ぐ者はすべて敵です。ですが、ご安心を。俺が斬った奴らは、俺の名乗りを聞いた瞬間に腰を抜かして逃げ出した臆病者ばかり。……後で傷を確認してみるがいい。背中には傷をつけてやりましたが、まともな武士の証である『面傷おもてきず』は一人もいないはずですよ」


 後に確認したところ、五郎の言う通り、負傷した者たちの傷はすべて背中に集中していた。鎌倉殿の精鋭たちが、一人の青年の殺気に背を向けて逃げた事実が証明されたのだ。


 「最後に聞こう。……お前は、この頼朝をもかたきと思っていたのか?」


 最重量の問い。御座所の空気が氷つく。五郎は真っ直ぐに頼朝の瞳を見つめ、言い放った。


「――さんざうらふ。当然のことです」


 周囲が息を呑む。


「父が死んだ後、俺たちの領地を没収し、奉公の道を閉ざしたのは貴方だ。俺たちを浪人の身に落とした貴方は、先祖代々の敵も同然。……もし、昨夜、祐経を討った後に余力があったなら、俺は貴方の首を獲り、冥土の土産にするつもりでした。『閻魔大王の御前で、日本の将軍、鎌倉殿を討ち取って参りました!』そう報告できれば、一世一代の最高の手柄。地獄での罪も許されるというものでしょう?」


 あまりにも率直で、あまりにも恐れを知らぬ言葉。頼朝は一瞬の沈黙の後、双眼から大粒の涙を流した。


「……惜しいな。これほどの男を、なぜ敵に回さねばならなかったのか。千万人、百万人の侍がいようとも、私はお前のような男を一人、召し使いたかった……。惜しい武士を、失うものだ」


 頼朝は袖で顔を覆い、男泣きした。周囲の和田・畠山ら名だたる武将たちも、五郎の美学に心を打たれ、一斉に涙を流した。


 「……五郎よ。……兄、十郎の最期は、見ていたか」


 頼朝の指示で、新田忠綱が十郎の首を運んできた。村千鳥の直垂に包まれた、兄の首。それまで豪語していた五郎の顔から、一瞬で色が消えた。彼は魂を抜かれたように呆然とし、次の瞬間、声を上げて泣き崩れた。その姿は、盛りの朝顔が陽に萎れるような、あまりにも無惨な悲劇だった。


「……兄上。……羨ましいですよ、先に逝かれるなんて。二人で同じ場所へ、一蓮托生いちれんたくしょうと誓ったのに……。なぜ俺だけを、この汚らわしい世に残したのですか。……待っていてください、兄上。今すぐ、追い付きます。三途の川で手を繋ぎ、閻魔大王の宮殿へ、一緒に乗り込みましょう……!」


 悲しみの中、一人の武士が空気も読まずに進み出た。昨夜、五郎に追い回されて垣根を破って逃げた新海荒四郎である。彼は自分の恥を上書きしようと、十郎の太刀を指差して嘲笑った。


「曾我の者どもは、敵こそ討ったが、持っていたのは安物の『エセ太刀』だな。だから新田殿との戦いで折れたのだ。そんなゴミを持って鎌倉殿の前に出るとは、笑わせる」


 五郎は涙を拭い、荒四郎を蛇のように睨みつけた。


「……どの口がそれを言うか。その『エセ太刀』はな、平家の平教盛殿が八島の戦いで愛用し、源義経殿から拝領した、正真正銘の宝剣『奥州丸おうしゅうまる』だ!


 昨夜、俺たちがこれ一本で何百人をなぎ倒したと思っている。……おい、荒四郎。そんな『エセ太刀』に追い回されて、小柴垣を破って尻をまくって逃げ出したのは、どこのどいつだ? 貴様のその立派な刀は、ただの飾り物か!?」


 周囲の武士たちがドッと爆笑した。荒四郎は真っ赤になり、一言も返せずに逃げ去った。


 五郎時致、二十歳。彼は頼朝の慈悲さえも拒み、武士としての誇りを貫き通した。




曾我物語 巻第十(明治四十四年刊 國民文庫本)




五朗ごらう御前へし出され、聞こしし問はるること


 さても、おほせをうけたまはりて、小平次罷まかで、御馬屋おんうまや下部しもべ総追そうつゐ国光みつ五郎ごらうあづかり、すで御馬屋おんうまやはしらにしばりけて、の夜、まもあかしければ、「大将殿よりたづこしさるべきことり。曾我そが五郎ごらうつれて参れ」とのおん使つかりければ、小平次、なはりにてまゐりけるを、母方の伯父をぢ伊豆いづくに住人ぢゆうにん小川をがは三郎さぶらう祐定すけさだまうしけるは、「如何いかに小平次、さぶらひほどものに、なはけずともしてまゐれかし。山賊ぞく海賊ぞくやからにもあらざれば、げうすべきにもあらず。ことり、人にこそよれ。むげになさけし」とひければ、五郎ごらうわらひて、「誰一言げんなさけをものこものきに、御分ごぶん芳志はうしうれしさよ。さりながら、御分ごぶん、時宗にしたしきことは、皆人みなひとれり。斯様かやうりて、親類入るべからず。せん沙汰さたして人にかれ、方人かたうどしたとはれたまふな。人の上をよくものきぞとよ。時致ときむねぬす強盗がうだうせざれば、千筋すぢなはくともはぢならず、これは、ちちためたてまつりし法花経のひもよ」とて、ことともおもはざる気色きしよくして、御坪つぼの内へぞれられける。「の上、かたきためにとらはるるもの時致ときむね一人にもかぎらず、殷湯いんたうは、夏台かたいにとらはれ、文王ぶんわうは、羑里ゆうりにとらはる。これさら恥辱ちじよくにあらず」とて、わらひてぞたりける。あはれとははぬものき。五郎ごらう御前おんまへまゐりければ、君御覧ごらんぜられて、「これ曾我そが五郎ごらうものか」「それがしことさうらふよ」とて、がり、なはりをちうきたてければ、警固けいごものども狼籍らうぜきなりとて、ゑたり。とき相模さがみくに住人ぢゆうにんあらうみ四郎しらう真光さねみつ伊豆いづくに住人ぢゆうにん狩野介かののすけ宗茂むねもち座敷ざしきちて、「まうぐることあらば、いそまうさうらへ」とふ。時致ときむねきて、だいまなこだして、かれをはたとにらみて、「ぐるしし、人々、御前ごぜんとほくは、さもりなん、ちかければ、ぢきまうすべし。さやうなれば、はれてまう白状はくじやうたり。はるるにりて、まうすまじきことまうすべきにあらず。面々、骨折ほねをりにのきさうらへ」とて、あざわらつてぞたりける。きみこしされ、「神妙しんべうまうしたり。各々のきさうらへ。頼朝よりともじきくべし」とおほくだされけり。さて五郎ごらうなほり、かほげて、たからかにまうしけるは、「あににてさうら十郎じふらうが、最後さいごまうきてさうらふ。われちち祐経すけつねたせさうらひしよりかた年月としつきねらさうらひしこころうち如何いかばかりとかおぼされさうらふ。れにきては、一年君きみ御上洛しやうらくとき酒匂さかは宿しゆくよりつきたてまつりて、祐経すけつね御供おんともしてさうらひしを、泊々にやすらひ、便宜びんぎうかがさうらひしかども、かなはできやうのぼり、四条しでうまちにて、かねよき太刀をかひり、昨夜ゆふべ夜半やはんに、御前おんまへにて本意ほんいさうらひぬ。今は、なにおもひ残して、命もしくさうらふべき。御恩ごおんには、いま一時も、とくかうべをはねられさうらへ」とぞまうしける。きやうへはのぼらざりしかども、箱根の別当べつたう契約けいやくせしゆゑに、太刀の由来ゆらいをもかくし、又は別当べつたう罪科ざいくわもやとおもひ、斯様かやうにぞまうしたりける。君聞こしされ、「の太刀の出所、かくさんためにこそまうすらん。さら別当べつたうとがにあらず。先祖せんぞ重代ぢゆうだい太刀たち箱根はこねの御山にめしよしかねてよりつたき、如何いかにもしてださばやとおもひしを、神物じんもつあひだちからおよばざりつるに、只今ただいま頼朝よりともわたことひとへしやう八満大菩薩だいぼさつおんはからひとおぼえたり。斯様かやうことくは、如何いかにして二度主にるべき」とて、みづか御頂戴ちやうだいりて、にしきふくろれ、ふかくをさめたまふ、御重宝ちようほうひとつなり。代々つたはりけるとかや。ややりて、君仰おほせられけるは、「こと曾我そがの父母にらせけるか」。五郎ごらううけたまはりて、「日本につぽんの大将軍のおほせともぞんさうらはぬものかな。当代たうだいならず、いづれのにか、継子けいしが悪事くはたてんとて、いとまこひさうらはんに、「神妙しんべうなりいそ僻事ひがことして、われまどものになせ」とて、だしつるちちさうらふべき、またはは慈悲じひは、山野のけだもの江河がうがはうろくづまでも、おもこころざしふかことは、ちちにははははすぐれたりとこそまうさうらへ。いはんや、人界にんがいに生をけて、二十はたちあまりの子供こどもが、命死なんとて、ははらせさうらはんに、いそぎしにてものおもはせよと、よろこははさうらふべき。御景迹けいしやく」とぞまうしける。「さて、したしきものどもには、如何いかに」「身貧ひんにして、る人々に、かくとまうさうらはんは、ただささげて、これをしばらせ、くびべて、これをきれとこそまうさうらはんずれ。たれかはたのまれさうらふべき。おろかなる御諚ごぢやうさうらふかな」とぞまうしける。きみにもとやおぼしけん、「父母類親るいしんいたるまでも、子細しさいし。また、祐経は、伊豆いづより鎌倉かまくらへ、しげくかよひしに、みちにては、ねらはざりつるか」「さんざうらふの四五ケ年のあひだ足柄あしがら・箱根・湯本ゆもと国府津かうづ酒匂さかは大磯おほいそ小磯いそ砥上原とがみがはら・もろこし・相模河さがみがはふところ嶋・八的原やまとがはら腰越こしごえ稲村いなむら由比ゆひはま深沢辺ふかさはへんにやすらひ、野路・山路やまぢ・宿々・泊々にてねらひしかども、敵のつるる時は、四五十騎、つれざるときも、二三十騎、我々は、つるるときは、兄弟きやうだい二人、つれざるときは、ただ一人、おもひながらも、むなしく今までのびさうらひぬ」。また、「祐経すけつねは、かたきなれば、かぎり。なにとて、頼朝よりともがそぞろなるさぶらひどもをば、おほりけるぞ」「れこそ、ことわりにてさうらへ。御所ごしよぢゆうまゐりて、かる狼藉らうぜきつかまつほどにては、千万騎にてさうらふとも、あまさじとぞんずるところに、こざかしく、「かたき何処いづくるぞ」とたづさうらあひだかうにはちゆうをつくし、ちゆうにはいのちつるならひ、神妙しんべうぞんじて、「これり」とまうこゑおどろきて、あしのたて所もらず、さうらひしあひだ罪作つみつくりとぞんじて、おひてころすにおよばず、ただかうばかりの側太刀そばだちかたごとくあてたるまでにてさうらふ。面傷おもてきずはよもさうらはじ。只今ただいまだして御覧ごらんさうらへ」とまうしければ、やがて、おん使つかひして、こしされけるに、まうごとく、おもてきずまれなり。面目めんぼくくぞこえける。また、「王藤内わうとうないなにとてちける」「おそりてさうらども年頃としごろ傍輩はうばいのうたれさうらふを、ててぐる不覚人ふかくじんさうらふべき。まことにけなげに振舞ふるまさうらひつるものをや。「人とて、古郷こきやうに帰らざるは、にしきをきて、夜行くがごとし」とふる言葉ことばをやりけん、所領しよりやう安堵あんどしるしに、本国ほんごくくだりしが、祐経にいとまこはんとて、道よりかへりての討死うちじに不便ふびんなり」とぞまうしける。言葉ことばり、「神妙しんべうなりこれも、頼朝よりとも先途せんどちけるよ」とて、「本領りやう子孫しそんにおいて子細しさいし」と、御判はんかさねてくだされける。これも、あに十郎じふらう屋形やかたでしとき、「王藤内わうとうない妻子さいし、さこそなげかんずらん、無慙むざんなり」と、ひし言葉ことばすゑにぞまうしける。ひとへに、時宗がなさけつて、所領しよりやう安堵あんどす、がたしとぞかんじける。ややりて、「頼朝よりともかたきおもひけるか」とおんたづりければ、五郎ごらううけたまはりて、「さんざうらふおもひのさうらひし時は、かやおそろしく、命もしくぞんさうらひしが、かたきつてののちは、如何いかなる天魔てんま疫神やくじんなりともぞんさうらふ。ましてほかは、いきたるものともおもさうらはず。れば、千万人のさぶらひよりも、君一人をこそおもたてまつりしかども、御果報くわほうめでたき御事おんことわたらせたまへば、御運ごうんにおされて、斯様かやうまかりてさうらふ」とまうしたりければ、君聞こしされ、「かたきつてののちをかろくおもふはことわりなり頼朝よりともをば、なにとてかたきおもひけるぞ」「自業じごふ自得果じとくくわとはぞんさうらども伊藤いとう入道が謀叛むほんり、われなが奉公ほうこうをたやすのみならず、子孫しそんかたきにてはわたらせたまはずや。又は、閻魔王えんまわうの前にて、「日本につぽん将軍鎌倉かまくら殿どのたてまつりぬ」とまうさば、いちつみゆるさるべきと、随分ずいぶんうかがまうしてさうらひつれども」とまうす。「さて五郎丸ごらうまるには、如何いかにしていだかれけるぞ」「れは、わらはをんなし、何事なにごとさうらはんとぞんじて、不慮ふりよられてさうらふ。斯様かやうなるべしとぞんずるものならば、ただ一太刀の勝負しようぶにてさうらはんずるものをと、後悔こうくわいえきし。これひとへ宿運しゆくうんのつきぬるゆゑなりにや、「羅網らまうの鳥は、たかくとばざるをうらみ、呑鉤どんこううをは、海を忍ばざるをなげく」とは、要覧えうらん言葉ことばなるをや、いまこそおもられたる。きみ御佩刀はかせかねほどをもたてまつり、時宗がくたり太刀たちやいばほどをもためしさうらはんずるものを」と、言葉ことばをはなちてぞまうしける。君聞こしされて、「猛将まうしやう勇士ゆうしも、うんのつきぬるは」とおほせられ、双眼さうがんより御涙なみだながさせたまひて、「これさうらへ。日来ひごろは、さらおもはぬことなれども、今、頼朝よりともはれて、当座たうざかまへの言葉ことばなり。かなはぬまでも、のがれんとこそふべきに、露程ほども命をしまぬものかな。りなば、おもとどまることりぬべし。さぶらひ、千万人よりも、斯様かやうものをこそ、一人なりとも使つかひたけれ。無慙むざんものこころやな。しき武士ぶしかな」とて、御袖を御顔かほてさせたまひければ、御前ごぜん祗候しかうさぶらひどもこころるもきも、なみだながさぬはかりける。ややりて、君御涙なみだおさへさせたまひて、十郎じふらう振舞ふるまひをこしすに、「いづれをけてがたし。まことたれたるやらん」とおほせられければ、「新田につた御尋たづさうらへ。黒鞘巻くろざやまき赤胴作しやくどうづくりの太刀、村千鳥むらちどり直垂ひたたれならば、まことさうらふ」とまうす。「らば実検じつけんるべし」とて、新田につた四郎しらうされければ、黒鞘巻くろざやまき赤胴作しやくどうづくりの太刀、村千鳥むらちどり直垂ひたたれに、くびつつみて、わらはたせ、五郎ごらう左手ゆんでかたあひちかく、くびせてぞとほりける。五郎ごらう、今までは、おもことく、広言くわうげんしてえけるが、あにくび一目ひとめて、きもたましひうしなひ、なみだにむせぶ有様ありさまは、さかりなる朝顔あさがほの、日影ひかげにしをるるごとくにて、無慙むざんふもあまり。ややりてまうしける、「うらやましくも、さきたまものかな。おな兄弟きやうだいまうしながら、幼少えうせうより、おやの敵にこころざしふかくして、一所とこそ契りしに、如何いかなれば、祐成すけなりは、昨夜ゆふべ夜半やはんたれたまふに、時宗がこころならず、今までながらふること無念むねんさよ。誰かにながらへはてさうらふべき。死出しでの山にてたまへ。たてまつり、三途さんづの河を、みて渡り、閻魔えんま王宮わうくうへはもろともに」と、ひもはてず、なみだにむせびけり。そでにてかほをもおさへたけれども高手たかて小手こていましめられければ、左手ゆんでかたかたぶき、右手めてかたへうつぶき、こぼるるなみだをば、ひざかほたせ、ただおめおめとこそたり。和田わだ畠山はたけやまはじめとして、みな袖をぞらされける。かるところに、十郎じふらうがをり太刀を御侍さぶらひわたし、「よきぞ、しきぞ」とまうひけり。中にも、昨夜ゆふべつたてられて、柴垣しばがきやぶりてげたりし新海しんかい荒四郎あらしらう真光さねみつ、すすみでてまうしけるは、「曾我そがものどもは、敵をばちて、高名かうみやうはしたれども、太刀こそわるき太刀たちちたれ。これほど太刀たちちて、きみ御前ごぜんにて、かる大軍しける不思議ふきぎさよ」とひければ、時宗聞きて、まなこだして、荒四郎あらしらうをはたとにらみて、「何処いづくて、れをえせ太刀だちとはまうすぞ。只今ただいま御前ごぜんにてまうして、無用むようことなれども、をとこのわろき太刀たちちたるは、恥辱ちじよくにてさうらあひだまうすなり。れこそ、や、殿との、よく聞け、平家へいけこえししん中納言ぢゆうなごん太刀たちよ。八嶋やしま合戦かつせんに、如何いかがしけん、せん中にわすたまひしを、曾我そが太郎取りて、九郎判官はんぐわんまゐらせしを、義経よしつね、「神妙しんべうなり、さりながら、御分ごぶん高名かうみやうして、りたる太刀たちなれば、なんぢらする」とて、たまはりたる太刀たちなり奥州丸あうしうまるふ太刀よ。祐成すけなり元服げんぶくせしとき曾我そが殿どののたびたるぞとよ。れにきては、おもひのままに、敵をりぬ。兄弟きやうだいしてとどむるもの、一二百人もこそるらん。これほどこらへたる太刀を、如何いかでかえせ太刀だちなるべき」。真光さねみつなほとどまらで、「すで太刀たちをれぬるうへは」とひければ、五郎ごらう、からからとわらひ、「人の太刀たちわろしとふ人、さだめてよき太刀はちぬらん。あのえせ太刀におはれて、小柴垣しばがきやぶりてげしは如何いかに。御分ごぶんのよき太刀たちも、こころにくからず」とひければ、く人、みなあせながさぬはかりけり。真光さねみつは、なましひなることだし、赤面せきめんしてぞちにける。これや、三思さんし一言げん思慮しりよるべきにや。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ