9-10 兄上、逝かないで。壊れた魔剣と、正々堂々たる死合い
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
建久四年五月二十八日、深夜。富士の裾野を叩く豪雨は、血の色を薄めるどころか、凄惨な戦場をさらに冷たく濡らしていた。
「――曾我の十郎祐成だな。待っていたぞ」
闇の中から、一人の武者が静かに歩み寄った。燃え上がる篝火に照らされたその男の瞳は、これまでに斬り伏せてきた「モブ武者」たちとは一線を画す、澄んだ光を宿していた。
「……向かい合う貴殿は何者だ」
十郎は、血と汗で滑る太刀を握り直し、問うた。
「伊豆の住人、新田の四郎忠綱だ」
十郎の頬に、微かな笑みが浮かぶ。
「……新田の四郎殿か。ならば、俺と貴殿は親類だ。……これほどの幸運はない」
「親類同士の死合いだ。互いに後ろは見せまいぞ」
「もちろんだ、十郎。貴殿の手にかかって討たれるなら、それは武士として最高の栄誉。俺が貴殿を討てば、それは鎌倉殿への最高の奉公だ。……いざ!!」
激突。十郎の太刀はわずかに長かった。一撃目が新田の腕を掠め、二撃目がそのこめかみを切り裂く。だが、新田忠綱は二十七歳の全盛期。対する十郎は、宵から五十人以上の敵を相手にしてきた疲労困憊の状態だった。
(……腕が、重い。太刀に伝わる血と汗が、握力を奪っていく……!)
十郎の脳裏に、母の顔、そして弟の五郎の姿がよぎる。火花が散り、金属音が豪雨の夜に響き渡る。十郎が渾身の力で相手の太刀を受け止めようとした、その瞬間――。
パキンッ!!
絶望的な音が響いた。十郎の愛刀が、鍔の根元から真っ二つに折れたのだ。
「――ええいっ!!」
新田の猛攻が続く。十郎は左の膝を叩き斬られ、崩れ落ちた。
「……ここまで、か」
十郎は腰の短刀を抜き、自害しようとした。だが、そこに新田の追い討ちが入り、右腕まで深く刺し貫かれた。
新田忠綱は、瀕死の十郎を見て、一度太刀を収めてその場を去ろうとした。情けか、あるいは親類としての敬意か。だが、倒れ伏した十郎が、震える声で叫んだ。
「……新田殿! どこへ行く! 逃げるのか!」
新田が足を止める。
「……同じく死ぬなら、名もなき下郎の手にかかるより、親しい貴殿の手にかかりたい。それが俺の『本意』だ。……戻れ、忠綱! 俺の首を獲って、鎌倉殿の見分に入れろ!!」
「…………っ、十郎殿……!」
新田は、目に涙を浮かべて立ち戻った。そして、十郎の胸を真っ直ぐに突き立てた。
「――五郎……五郎はどこにいる……」
十郎の意識が遠のいていく。
「祐成は……先に行くぞ。……時致よ、お前はまだ無事なはずだ。何としても、頼朝様の御前に辿り着け。そして、俺たちの十七年を……すべて語り尽くして死ね。……死出の山で、待っているぞ……。追い付いてこい……南無阿弥陀仏……」
建久四年五月二十八日、深夜。曾我十郎祐成、二十二歳。富士の裾野の露と消ゆ。
「――兄上ぇぇぇぇぇッ!!!!」
大勢の敵をなぎ倒しながら駆けつけた五郎時致が見たのは、物言わぬ骸となった兄の姿だった。五郎は死骸に縋り付き、なりふり構わず泣き叫んだ。
「恨めしい……恨めしいですよ兄上! 俺を誰に預けて、どこへ一人で行こうというのですか! 俺にいつまでも生きろと言うのですか! 置いていかないでくれ、俺も連れて行ってくれ!!」
その悲痛な叫びに、周囲の武士たちも一瞬、武器を下ろした。だが、その静寂を切り裂く、心無い声が響く。
「……ほう。五郎はどこへ逃げたかと思えば、兄の死体に泣きついているのか。見苦しいな、曾我の臆病者め!」
現れたのは、堀の藤次。五郎はその言葉を聞いた瞬間、ピタリと泣き止んだ。ゆっくりと立ち上がる彼の瞳からは、もはや人間としての光は消え失せていた。
「――藤次殿。今、何と言った」
五郎が魔剣『友切』を握り直す。その背後には、まるで巨大な雷神が顕現したかのような凄まじいプレッシャーが渦巻いていた。
「兄上を見捨ててどこへ落ちるだと? ……笑わせるな。俺の命、惜しんでなどいない。……来い。俺の首を獲れると思うなら、やってみろ!!」
五郎が地を蹴った。藤次は五郎のあまりの「殺気の質量」に腰を抜かし、武器も持たずに這い蹲って逃げ出した。
「逃がさんぞ、小物がッ!!」
五郎は、逃げる藤次を追い、ついに源頼朝の本陣(御所)へと突入した。そこには、幕府の重鎮たちがひしめく最高警戒エリア。
「曲者だ!!」「五郎を止めろ!!」
立ちはだかる近習・親家が幕を掴んで投げ上げ、時間を稼ごうとする。だが、五郎は止まらない。投げられた幕を素手で引き裂き、雷鳴のごとき足音を響かせながら、さらに奥へと突き進む。その姿は、天から落ちてきた雷そのもの。
「――頼朝ぉぉぉッ!! どこだ!! 曾我の五郎時致、参ったぞ!!」
復讐の刃は、今や仇を越え、武士の頂点――源頼朝の喉元へと迫ろうとしていた。
曾我物語 巻第九(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔十郎が討ち死にの事〕
やや暫く有りて、伊豆の国の住人、新田の四郎に、十郎打ち向かひ、「如何に曾我の十郎祐成か」「向かひ誰そ」「新田の四郎忠綱よ」「さては、御分と祐成は、正しき親類なり」「其の儀ならば、互ひに後ろばし見るな」「左右に及ばず。今夜、未だ尋常なる敵にあはず。ゆひかひ無き人の、郎等の手にかからんずらんと、心にかかりつるに、御辺にあふこそ嬉しけれ」「一家の験に、同じくは、忠綱が手に掛けて、後日に勧賞に行はれ給はば、御辺の奉公と思ひ給へ」と言ひて、打ち合ひける。十郎が太刀は、少し寸のびければ、一の太刀は、新田が小臂にあたり、次の太刀に、小鬢を切られけり。然れども、忠綱、究竟の兵なれば、面もふらず、大音声にて罵りけるは、「伊豆の国の住人、新田の四郎忠綱、生年二十七 歳、国を出でしより、命をば君に奉り、名をば、後代に止め、屍をば富士の裾野にさらす。さりとも、後ろを見すまじきぞ。御分も引くな」と言ふ儘に、互ひに鎬をけづり合ひ、時を移して戦ひけるに、新田の四郎は、新手也。十郎は、宵の疲れ武者、多くの敵に打ち合ひて、腕下がり、力も弱る。太刀より伝ふ汗に血と、手の打ちしげくまはりければ、太刀をひらめてうくる所に、十郎が太刀、鍔本よりをれにけり。忠綱、かつのつて打つ程に、左の膝を切られて、犬居に成りて、腰の刀を抜き、自害に及ばんとする所に、太刀取り直し、右の臂のはづれを差して通す。忠綱、今はかうと思ひ、屋形を差して帰りけるを、十郎伏しながら、掛けたる言葉ぞ、無慙なる。「新田殿、帰るか、まさなし。同じくは首を取りて、上の見参に入れよ。親しき者の手にかからんは、本意ぞかし。返せ、や、殿、忠綱」と呼ばはられて、実にもとや思ひけん、即ち立ち帰り、乳の間切りてぞふせたる。祐成が最後の言葉ぞ、哀れなる。「五郎は、何処に有るぞや。祐成、既に新田が手にかかり、空しく成るぞ。時致は、未だ手負ひたる共聞こえず、如何にもして、君の御前に参り、幼少よりの事共、一々に申し開きて死に候へ。死出の山にて待ち申すべきぞ。追ひ付き給へ。南無阿弥陀仏」と言ひもはてず、生年二十二 歳にして、建久四年五月二十八日の夜半計に、駿河の国富士の裾野の露と消えにけり。弓矢取る身の習ひ、今に始めぬ事なれども、親の為に命をかろくし、屍は路逕の岐に捨つれども、名をば、竜門の雲井に上ぐる、哀れと言ふも愚か也。五郎は、兄が最後の言葉を聞きて、死骸なりとも、今一目見んと思ひ、又、忠綱を打つとや思ひけん、太刀振りまはし、大勢の中を切り分けて、走り寄り、兄が死骸にまろびかかり、「恨めしや、時宗をば、誰に預けおき、いついつまでいきよとて、捨てて御座するぞや。ながらへはつべき憂き身にもあらず。つれて坐しませや」と打ちくどき、涙にむせびて、伏したりけり。実にや、同じ兄弟と言ひながら、互ひの志深ければ、別れの涙さぞ有るらんと、推し量られて哀れ也。此処に又、堀の藤次と名乗りて、武者一人出でて、「五郎は、何処へ行きたるぞや。兄の打たるるを見捨てて、落ちけるぞや。未練なり」とぞ尋ねける。五郎、此の言葉を聞きて、おき上がり、太刀取り直し、「や、殿、藤次殿、兄の打たるるを見捨てて、何処へ落つべき。祐成は、新田が手にかかりぬ。時致をば、わ殿が手に掛けて、首を取れ。惜しまぬ身ぞ」と言ひければ、藤次は、五郎が太刀影を見て、かひ伏して逃げにけり。五郎追ひ掛け、「己は、何処まで逃ぐるぞ」とて、追つ掛けければ、余所へ逃げては、適はじとや思ひけん、御前差して逃げにけり。五郎も、続きて入りければ、親家、幕つかんで投げ上げ、御侍所へ走り入り、五郎も、幕を投げ上げて、親家をつかまんつかまんと思ひける装ひは、只、てんまの雷の落ち掛かるかとぞ覚えける。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




