9-9 雨の富士で輝く魔剣と、絶望の十番斬り
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
建久四年五月二十八日、深夜。激しい雨が降り続く富士の裾野。ついに父の仇、工藤祐経を討ち果たした曾我十郎祐成と曾我五郎時致の兄弟。
しかし、復讐の成功は「エンディング」ではない。復讐者たちが歴史に刻んだ「狂乱の無双劇」。
「――祐経殿が討たれたぞ! 王藤内殿も死んでいる! 狼藉者だ、出会え、出会えッ!!」
先ほどまで恐怖に声を失っていた二人の女たちが、屋形を飛び出して絶叫した。その声は雷鳴を突き抜け、静まり返っていた鎌倉殿の陣営を文字通り「震動」させた。
暗闇の中、寝ぼけ眼の武士たちが右往左往する。鎧を前後逆に着ようとする者、一領の具足を二人で奪い合う者、繋がれたままの馬に飛び乗って落馬する者……。
そこはまさに地獄絵図だった。だが、その混沌の裂け目から、本物の「死神」たちが姿を現した。
「何者だ! 我が君の御前で狼藉を働く不届き者め。名を名乗れ!」
最初の刺客が十郎の前に立ちはだかった。武蔵の国の住人、大楽右馬助だ。
「――以前、大音声で名乗ったはずだ。耳まで腐ったか」
十郎は冷徹に言い放つ。「薫り高い香木と悪臭を放つ草を同じ器には入れぬもの。俺たちのような復讐者と、貴様のような小物が刃を交えるのは過分というものだ。……だが、死にたいというなら止めるまい。来い!」
十郎の一撃。右馬助は言葉の勢いに反してあっさりと逃げ腰になったが、十郎の刃は逃がさない。肩口から深く斬り込まれ、右馬助は太刀を杖にして這々の体で退場した。
ここから、曾我兄弟の「無双」が加速する。愛甲三郎:へ五郎の魔剣『友切』が閃く。電光石火の踏み込み。三郎は太刀を受け損ない、左の小腕を叩き落とされて絶叫と共に後退。
岡部弥三郎は十郎が応戦。左手の指を二本斬り飛ばす。弥三郎は御所へ逃げ込み、「敵はたった二人です!」と報告してなぜか褒められる。
原の小次郎は切り刻まれて即座に戦線離脱。黒弥五は十郎に追い詰められ、こめかみ付近を斬られて脱落。加藤弥太郎へは五郎が対応。二の腕を斬り落とされ、血飛沫を上げて転倒。船越の八郎は十郎に太ももを深く斬られ、戦意喪失。海野小太郎も信濃の猛者だったが、五郎の圧倒的な膂力の前に膝を割られ、無様に地面へ伏した。
そして、ついに「死者」が出る。宇田小四郎は十郎と激しく火花を散らしたが、十郎の神速の抜刀術がその首を捉えた。二十七歳の若さで死亡。臼杵の八郎も 五郎が真っ向から激突。魔剣『友切』が兜ごと脳天を叩き割り、一撃で絶命。
「――敵はどこだ! どこにいる!」
安房の国の住人、安西弥七郎が怒号を上げて突進してきた。十郎は、血に濡れた刀身を雨で洗い流しながら、静かに立ち塞がった。
「弥七郎殿。……愚か者は銅を見て自らの姿を知り、君子は友の死を見て自らの運命を知るという。……逃げろと言っても無駄だろうな」
「抜かせッ!!」
弥七郎が躍りかかる。十郎は足を踏み変え、側目に捉えた弥七郎の肩先から胸元へ、鋭い逆袈裟を叩き込んだ。弥七郎はそのまま闇へと沈み、二度と起き上がることはなかった。
「おい、武蔵、相模の卑怯者ども! 敵が何十人もいるなどとデマを流すな! 俺たち兄弟はここにいるぞ!」
五郎の声が嵐を裂く。
「暗すぎて俺たちの顔が見えぬか? ならば火を出せ! 明かりの下で、堂々と名乗り合おうではないか!」
その挑発に、一人の舎人が応じた。彼は手に持っていた傘に火をつけ、戦場の真ん中に投げ出した。これを見た他の雑兵たちも、我先にと自分の蓑や松明に火をつけ、雨の中へと投じた。二千間の屋形から投げ出された無数の火。
燃え上がる炎が、土砂降りの雨を蒸発させ、白い霧となって戦場を包む。その光の中に浮かび上がったのは、素肌に返り血を浴び、鬼のような形相で立つ二人の「死神」だった。その姿は、小鷹が獲物の群れに飛び込むような、神々しいまでの美しささえ湛えていた。
「十人いようが百人いようが、この俺が一人で通さん!」
武蔵の猛者・新開荒四郎が飛び出してきたが、十郎のあまりの殺気に「御免あれ!」と叫んで小柴垣を破って逃げ出した。次に現れたのは、甲斐の国の市河別当定光。
「貴様ら、鎌倉殿の御前で何という狼藉を……!」
五郎は鼻で笑った。
「……おやおや、珍しい顔がいるな。貴様、甲斐の山奥でコソコソしているコソ泥じゃないか。京や鎌倉への年貢を途中で奪うことしか能のない山賊が、武士の晴れ舞台で何を語る。……俺が本当の『戦』を教えてやろう」
五郎は跳躍した。太刀を振り下ろす重圧だけで、定光の足が竦む。
「ギャッ!!」
定光の太ももがパックリと割れ、彼は無様に後退した。
深夜から明朝にかけて。曾我兄弟が手にかけて倒した者は五十人以上。負傷者は三百八十人を超えていた。投げ出された松明が次々と消えていき、富士の裾野は再び深い闇に包まれた。
周囲には何万という兵がいるはずなのに。二人の兄弟の周囲だけは、ぽっかりと空白のエリアができていた。
誰も、寄ろうとしない。誰も、声を上げようとしない。
闇の中から聞こえるのは、叩きつける雨の音と、二人の男の荒い息遣いだけ。
「……五郎。……夜が、明けるな」
「……ええ、兄上。……最高に面白い夜でしたね」
死を覚悟した二人の旅路は、ついに最終局面――暗闇の中、最強の刺客・仁田忠常が十郎の前に立ちふさがる!
曾我物語 巻第九(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔十番ぎりの事〕
然る程に、夜討の時、恐ろしさに声もたてざりし二人の君共が、「御所中に、狼藉人有りて、祐経も打たれたり。王藤内も打たれたる」と、声々にこそ呼ばはりけれ。鎧・兜・弓矢・太刀、馬よ、鞍よと、ひしめきあわつる程に、具足一領に、二三人取り付きて、引きあふ者も有り、つなぎ馬に乗りながら、打ちあふる者も有り。某、かれがしと罵る音は、只六種震動にも劣らず。やや有りて、武者一人出で来て、申しけるは、「何物なれば、我が君の御前にて、斯かる狼藉をば致すぞ。名乗れ」とぞ言ひける。十郎打ち向かひて、「以前名乗りぬれば、定めて聞きつらん。かく言ふ者は、如何なる者ぞ」「是は、武蔵の国の住人大楽の平右馬助」と名乗る。祐成聞きて、「薫蕕は、入物同じくせず、梟鸞は、翼をまじへず、我等にあひて、斯様の事は、過分なり。是こそ、曾我の物共よ。敵打ちて出づるぞ。止めよ」と言ひて、追ひ掛けたり。右馬助、言葉には似ず、かひふつて逃げけるが、押付のはづれに、胛掛けて打ちこまれ、太刀を杖にて、引き退く。二番に、是等が、姉聟横山党愛甲の三郎と名乗りて、押し寄せたり。五郎打ち向かひ、言ひけるは、「紫燕は、柳樹の枝にたはぶれ、白鷺は、蓼花の陰に遊ぶ。斯様の鳥類までも、己が友にこそ交はれ。御分達、相手には不足なれども、人を選ぶべきにあらず。時致が手並の程見よ」とて、紅にそまはりたる友切、まつこうに差しかざし、電の如くに、とんで掛かる。適はじとや思ひけん。少しひるむ所を、すすみかかりて打ちければ、五郎が太刀を受けはづし、左手の小腕を打ち落とされて、引き退く。三番に、駿河の国の住人岡部の弥三郎、十郎に走り向かひて、左の手の中指二つ打ち落とされて逃げけるが、御所の御番の内に走り入り、「敵は二人ならでは無く候ふ。いたくな御騒ぎ候ひそ」と申しければ、「神妙に申したり。いしくも見たり」とて、高名の御意にぞ預かりける。四番に、遠江の国の住人原の小次郎、切られて、引き退く。五番に、御所の黒弥五と名乗り押し寄せ、十郎に追つたてられ、小鬢切られて、引き退く。六番に、伊勢の国の住人加藤弥太郎攻め来て、五郎が太刀受けはずし、二の腕切り落とされて、引き退く。七番に、駿河の国の住人船越の八郎押し寄せ、十郎に高股切られて、引き退く。八番に、信濃の国の住人海野小太郎行氏と名乗りて、五郎に渡り合ひ、しばし戦ひけるが、膝をわられて、犬居に伏す。九番に、伊豆の国の住人宇田の小四郎押し寄せ、十郎に打ち合ひけるが、如何しけん、首打ち落とされて、二十七歳にて失せにけり。十番に、日向の国の住人臼杵の八郎押し寄せ、五郎に渡り合ひ、まつかうわられて、失せにけり。此の次に、安房の国の住人安西の弥七郎と名乗りて、「敵は何処に有るぞや」とて立ちける。十郎打ち向かひて、「人々、やさしく、下りてふかで、討死にしたるは見つらん。愚人は、銅を以て鏡とす。君子は、友を以て鏡とす。引くな」と言ひて、打ち合ひける。弥七も、然る者なり、「左右にや及ぶ」と言ひも敢へず、とんで掛かる。十郎、足を踏み違へ、側目に懸けて、ちやうど打つ。肩先より高紐のはづれへ、切先を打ちこまれ、引き退くとは見えしかど、其れも、其の夜に死ににけり。頃しも、五月二十八日の夜なりければ、暗さは暗し、ふる雨は、車軸の如くなり。敵は何処に有るぞや」とて、走りめぐる所を、小柴垣に立ち隠れて、出づるをちやうど切りては、陰に引き籠り、向かふ者をば、はたと切る。切られて引き退く者を後陣に受け取りて、御方打ちする所も有り。二人の物共、呼ばはりけるは、「武蔵・相模のはや物共は、如何に。是も重代、是も重代と思ふ太刀と刀の鉄の程をも見せよかし。敵は十人有る、二十人有ると、後日に沙太するな。我等兄弟計ぞ。火を出だせ。其のあかりにて名乗り合はん。むげなる物共かな」と呼ばはりければ、御厩の舎人とくたけと言ふ者、傘に火を付けて投げ出だす。是を見て屋形屋形より、我劣らじと、雑人の、蓑に火を付けて投げ出だす。二千間の屋形より松明出だしければ、万燈会の如し、白昼にも似たり。彼等二人は、素膚にて敵にあはんと走りまはる有様、小鷹の鳥にあふが如し。斯かる所に、武蔵の国の住人新開の荒四郎と名乗り掛けて、すすみ出でて申しける、「敵は何十人もあれ、某一人にやこゆべき。出であへや、対面せん」とぞ言ひける。十郎打ち向かひて、「やさしく聞こゆる物かな、「大匠に代はりて仕へる者は、必ず手を破る」とは、文選の言葉なるをや。引くな」と言ひて、とんで掛かる。言葉は、主の恥を知らず、「御免あれ」とて逃げけるを、十郎、しげく追ひ掛けたり。余りに逃げ所無くして、小柴垣を破りて、たかばひにして逃げにける。次に、甲斐の国の住人に、市河党に、別当の二郎、すすみ出でて申しけるは、「如何なるしれ者なれば、君の御前にて、斯かる狼藉をば致すぞ、名乗れ、聞かん」と言ふ。五郎申しけるは、「事あたらしき男の問ひ様かな。曾我の冠者原が、親の敵打ちて出づると、幾度言ふべきぞ。臆して耳がつぶれたるか。親の敵は、陣の口を嫌はず。さて、斯様に申すは誰人ぞ。聞かん」と言ふ。「是は、甲斐の国の住人市河党の別当の大夫が次男、別当の次郎定光とぞ答へける。五郎聞きて、「わ殿は、盗人よ。御坂・かた山・都留・坂東に籠り居て、京鎌倉に奉る年貢御物の兵士少なきを、遠矢に射て追ひ落とし、片山里の下種人の立て合はざるを、夜打などにし、物取る様は知りたりとも、恥有る侍に寄り合ひ、はれの軍せん事は、如何でか知るべき。今、時致にあひて習へ。教へん」とて、躍りかかりて打つ太刀に、高股切られて、引き退く。是等を始めとして、兄弟二人が、手に掛けて、五十余人ぞ切られける。手負ふ者は、三百八十余人なり。数々 出づる松明も、一度消えて、元の闇にぞなりにける。人は多く有りけれども、此の人々の気色を見て、此処や彼処にむら立ちて、よする者こそ無かりけれ。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




