9-7 空の部屋、謎の道標。
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
建久四年五月二十八日、深夜。降りしきる五月雨と、轟く雷鳴。富士の裾野で展開された源頼朝の「巻狩り」は、今、血塗られた復讐劇のフィナーレを迎えようとしていた。
「……ここだ。五郎、ここが祐経の屋形だ」
十郎の声に、五郎が深く頷く。二人は屋形へ踏み込む直前、互いの袖を控え、西に向かって手を合わせた。これから始まるのは、一瞬の油断も許されない死合だ。生きて戻ることは考えず、父への供養を胸に念仏を唱える。
「南無、安楽世界。父上のために捧げるこの命、神仏よ、どうか見ていてくれ」
覚悟を決め、音もなく屋形へと侵入した二人。だが、そこで彼らを待ち受けていたのは、信じがたい光景だった。
「……いない。誰もいないのか?」
松明を振り上げると、そこには宵のうちに繰り広げられた酒宴の名残である土器が散乱しているだけだった。
実は、祐経は客人の王藤内の勧めにより、急遽、寝所を別の屋形へと移していたのである。十七年の執念が、空振りに終わった。
「……敵に縁のない者を探せば、俺たちの右に出る者はいまいな。今夜こそはと、郎党たちまで帰したというのに。……このまま何もできずに夜が明ければ、俺たちはただの『不覚者』として笑われるだけだ。五郎、もはやこれまで。ここで自害して果てよう」
十郎の唇が震える。最強の復讐鬼さえも、運命の悪戯に絶望しかけていた。
その時だった。絶望する兄弟の近くに、一人の武士が影のように現れた。秩父の屋形を守る夜番の兵、本田二郎である。
(……怪しい奴め、泥棒か? 捕らえて手柄にしてくれよう)
最初はそう考えた本田だったが、雨に濡れ、呆然と立ち尽くす兄弟の姿を障子の隙間から見た瞬間、彼の心境に変化が起きた。
(……もしや、曾我の殿原か。父の仇を討つために、十七年も付け狙っていたという……)
本田は、自らの手柄を捨てた。彼は音もなく妻戸を押し開け、何も言わずに扇を差し出して、ある方向を「招いた」。
「おい、本田殿か……?」
五郎が囁く。本田は小声で、しかしはっきりと暗号(和歌)を口にした。
「――夜の暗闇に名字を名乗るは無用。『波に揺られる沖の船。標の山はこちらだ』とな。……幸運を」
本田はそう言い残し、闇へと消えた。
「……粋なことをしてくれる。湊へ入る風を頼むとしようか」
十郎は微かな笑みを浮かべ、五郎と共に本田の指した屋形へと滑り込んだ。
屋形に入り、松明を掲げると、今度こそそこに「獲物」がいた。
工藤祐経。彼は酒に溺れ、美女・手越の少将と共に前後不覚に眠りこけている。隣の畳では、客人の王藤内がこれまた亀鶴という遊女と並んで爆睡していた。
「……五郎。お前は王藤内を。祐経は俺がやる」
十郎が指示を出すが、五郎は即座に噛みついた。
「兄上、冗談はやめてください! 俺たちの十七年の祈りは、あの王藤内の首を獲るためじゃない! 祐経の首は、たとえ百太刀、千太刀振るっても、俺がこの手で切り刻むんだ!!」
殺気走る五郎。今すぐ眠っている祐経の首を刎ね飛ばそうとしたが、十郎がその手を強く抑えた。
「――待て。寝入っている者を斬るのは、死人を斬るのと同じだ。それでは父上の無念は晴れん。……起こすぞ」
十郎は魔剣『微塵』の先を、祐経の胸元にそっと突き当てた。
「……おい、祐経。目覚めよ、工藤左衛門尉。昼間に見参した、曾我の兄弟が遊びに参ったぞ。……俺たちのような敵を持ちながら、よくもこれほど無防備に眠れたものだな!」
祐経が目を覚ます。
「……ん、なんだ、曾我か……。心得た、何ほどのことが……」
寝ぼけ眼で枕元の刀に手を伸ばそうとする祐経。
「――遅いッ!!」
十郎の『微塵』が閃いた。左の肩から右の脇の下へ。板敷きまで通れとばかりに振り下ろされた一撃が、祐経の肉を両断する。
「――もらったぁ!!」
五郎の『友切』が続く。腰の上を真一文字に薙ぎ払い、畳も板敷きもまとめて切り通す凄まじい斬撃。
「忘れるな、時致! 妄念を払え、五郎!」
二人は獣のような咆哮を上げ、息絶えた祐経の骸に、心の済むまで三太刀、四太刀と突き立てた。
隣で寝ていた王藤内が、血飛沫の音で飛び起きた。
「な、なんだ! 夜中の戯れか!? 人違いをしてくれるな、私はお前たちの顔を覚えているぞ、後で後悔するぞ!」
武器も持たず、這いつくばって逃げようとする王藤内。十郎は昼間の「蟷螂の斧」という侮辱を忘れてはいなかった。
「昼間の弁舌はどうした? どこまで逃げるつもりだ。余さず斬る!」
十郎が左肩から右胸下までを二つに切り裂き、五郎が左右の太腿を叩き斬る。四十歳を超えた偉そうなゲストは、一瞬にして「四つの肉塊」へと成り果てた。返り血を浴びた五郎は、その骸を見下ろし、即興で歌を口ずさんだ。
「馬は吠え 牛はいななく 逆様に 四十の男 四つになりけり」
(馬や牛が騒ぐ嵐の中、四十の男が四つの破片になった。……ざまあ見やがれ!)
「――わっはっは!! 見事だ、五郎! これ以上の快哉はない! 最高の和歌だ!」
十郎もまた、狂ったように笑った。
返り血で真っ赤に染まった兄弟は、もはや隠れる必要もなかった。二人は屋形を飛び出し、激しい雨の中で勝利の雄叫びを上げた。
「――我こそは! 河津三郎が嫡子、曾我十郎祐成なり!!」
「――同じく、五郎時致なり!! 父の仇、工藤祐経を討ち取ったぞ!!」
その声は雷鳴を圧倒し、眠りについていた十万の軍勢を震撼させた。宿願は果たした。だが、彼らの物語は、まだ終わらない。これから始まるのは、最強の軍勢を相手にした「最期の死に花」を咲かせるための大立ち回り。
「行くぞ、五郎。……これが、現世での最後の暴れ時だ!」
「応っ!!」
曾我物語 巻第九(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔祐経、屋形を返し事〕
既に祐経が屋形近く成りて、此処ぞと言へば、打ちうなづきて、既に屋形へ入らんとしける時、十郎、弟が袖をひかへて、「我々、敵に打ち合ひなば、刹那の隙も有るまじ。今こそ最後の際なれ。心静かに念仏せよ」と言ひければ、「然るべし」とて、兄弟、西に向かひ手を合はせ、「臨命終の仏達、親の為に回向する命、諸尊も知り給はん。安楽世界に向かへ給へ」と祈念して、屋形の内へぞ入りにける。然れども、王藤内が申す様に従ひ、祐経、思はざる所に屋形をかへたりければ、只空しく土器踏み散らして、人一人も無かりけり。是は如何にと、松明振り上げ見れば、屋形も同じ屋形、座敷も宵の所なり。人は多く伏したれども、狩に疲れ、酒に酔ひ伏したりければ、「誰そ」と咎むる者も無し。此の人々は、力無く屋形を立ち出でて、天に仰ぎ、地に伏し、悲しみけるぞ、理なり。「敵に縁無き者を尋ぬるに、我等には過ぎじ。今宵は、さりともと思ひしに、余しぬるこそ、口惜しけれ。斯様に有るべしと知るならば、曾我へ返すまじきに、さ無き物故に、世間に披露せられんこそ、悲しけれ。自害して失せなん」とて、立ちたりける。 然れども、御屋形の東のはづれは、秩父の屋形なりけり。折節、本田の二郎、小具足差し固め、夜まはりの番也しが、庭上に、「今宵も余しけるよ」と、小声に言ふ音しけり。いかさま、伊豆・駿河の盗賊の奴原にて有るらん、打ち止め、高名せんと思ひ、太刀の鍔元、二三寸すかし、足早に歩み寄りけるが、心をかへて思ふ様、一定、曾我の殿原の、日頃の本意遂げんとて、夜昼付けめぐりつる、然様の人にてもやと、障子の隙より、忍びて見れば、案にも違はず、兄弟は、敵のかへたる屋形を知らで、あきれてこそは居たりけれ。いたはしく思ひて、左衛門の尉が伏したる屋形の妻戸を、秘かに押し開き、何共物をば言はずして、扇を出だして招きたり。五郎、此の由きつと見て、本田が我等を招きつるは、様こそあれと思ひ、松明脇に引きそばめ、広縁にづんど上がり、「何事ぞや、本田殿」とささやきければ、本田、小声に成りて、「夜陰の名字は詮無し。波にゆらるる沖つ船、しるべの山は此方ぞ」と、言ひ捨ててこそ忍びけれ。「其処とも知らぬ夜の波、風を頼りの湊入り、心有るよ」とたはぶれて、屋形の内へぞ入りにける。兄弟共に立ち添ひて、松明振り上げ、よく見れば、本田が教へに違はず、敵は、此処にぞ伏したりける。二人が目と目を見合はせ、あたりを見れば、人も無し。左衛門の尉は、手越の少将と伏したり。王藤内は、畳少し引きのけて、亀鶴とこそ伏したりけれ。十郎、敵を見付けて、弟に言ひけるは、「わ殿は、王藤内を切り給へ。祐経をば、祐成に任せて見よ」とぞ言ひたりける。時宗聞きて、「愚かなる御言葉かな。我々幼少より、神仏に祈りし事は、王藤内を打たん為か。彼の者は、にがすべし。立て合はば、切るべし。祐経をこそ、千太刀も百太刀も、心の儘に切るべけれ。はや切り給へ。切らん」とて、すぞろきてこそ立ちたりけれ。果報めでたき祐経も、無明の酒に酔ひぬれば、敵の入るをも知らずして、前後も知らでぞ伏したりける。二人の君共をば、衣に押しまき、畳より押し下ろし、「己、声立つな」と言ひて、松明側に差しおき、十郎、枕にまはりければ、五郎は、後にぞめぐりける。二人の君共、始めより、知りたりけれども、余りの恐ろしさに、音もせず。兄弟の人々は、祐経を中に置きて、各々(おのおの)目と目を見合はせて、打ちうなづきて喜びけるぞ、哀れなる。「三千年に花さき実成る西王母の園の桃、優曇華よりも珍しや。優曇華をば、拝みてをると言ふなれば、其れにたとふる敵なれば、拝みてきれやきれや」とて、喜びける。さて、二人が太刀を左衛門の尉にあてては引き、引きてはあて、七八度こそあてにけれ。やや有りて、時致、此の年月の思ひ、只一太刀にと思ひつる気色現れたり。十郎、是を見て、「まてしばし、ね入りたる者を切るは、死人を切るに同じ。起こさん物を」とて、太刀のきつ先を、祐経が心もとに差し当て、「如何に左衛門殿、昼の見参に入りつる曾我の者共参りたり。我等程の敵を持ちながら、何とて打ちとけて伏し給ふぞ。おきよや、左衛門殿」と起こされて、祐経も、よかりけり、「心得たり。何程の事あふるべき」と言ひもはてず、おき様に、枕元にたてたる太刀を取らんとする所を、「やさしき敵の振舞ひかな。おこしはたてじ」と言ふ儘に、左手の肩より右手の脇の下、板敷までも通れとこそは、切り付けけれ。五郎も、「えたりや、おう」と罵りて、腰の上手を差し上げて、畳板敷切り通り、下もちまでぞ打ち入れたる。理なるかな、源氏重代友切、何物かたまるべき。あたるにあたる所、続く事無し。「我幼少より願ひしも、是ぞかし。妄念払へや、時致。忘れよや、五郎」とて、心の行く行く、三太刀づつこそ切りたりけれ。無慙なりし有様なり。 後に伏したる王藤内、ねおびれて、「詮無き殿原の夜ちうのたはぶれかな。過ちし給ふな。人違ひし給ふな。人々をば見知りたり。後日に争ふな」とは言ひけれども、刀をだにも取らずして、たかばひにしてぞ、逃げたりける。十郎追ひ掛けて、「昼の言葉にはにざる物かな。何処まで逃ぐるぞ。余すまじ」とて、左の肩より右の乳の下掛けて、二つに切りて、押しのけたり。五郎走り寄り、左右の高股二つに切りて、押しのけたり。四十余りの男なりしが、時の間に、四つに成りてぞ、失せにける。にがすべかりつる者、かい伏しては逃げずして、なましひなる事を言ひて、四つに成るこそ、無慙さよ。五郎、王藤内が果を見て、一首取り敢へず詠みたりける。馬はほえ牛はいななく逆様に四十の男四つになりけり「よくよく仕り候ふかな。一期詠じても、是程こそ詠み候はんずれ。詩歌においては、時宗、集にもめととなん。思ふ本意をば遂げぬ。今は憚る事無し」と、高声に言ひ散らし、どつと笑ひて、出でけるが、
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




