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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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9-3 生きて帰れ、これが最後の命令だ ― 死を許されぬ従者の慟哭

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 建久四年五月二十八日、深夜。降りしきる雨と轟く雷鳴。富士の裾野で、十七年越しの復讐を完遂しようとする兄弟――曾我十郎祐成と曾我五郎時致。


 彼らの傍らには、幼少期から影のように寄り添ってきた二人の忠臣、鬼王おにおう道三郎どうざぶろうがいた。


 これから始まるのは、暗殺という名の『片道切符の決戦』だ。兄弟は自分たちが生きて戻らぬことを確信し、従者たちにある究極の「クエスト」を命じる。それは、死に行く主君からのラスト・オーダー。


 嵐の夜。工藤祐経の陣屋を目前にして、兄・曾我十郎祐成は静かに二人の従者を呼び寄せた。


「鬼王、道三郎。……お前たちに、最後の仕事を頼みたい」


 その声は、雨音に消されそうなほど静かだったが、拒絶を許さない重みがあった。


「お前たちは今すぐ、曾我の里へ帰れ。そして、俺たちが遺したこれらを届けてほしい」


 十郎は、持っていた装備や衣を一つずつ、丁寧に手渡していく。それは、彼らのステータスを構成していた「魂の欠片」の分配だった。


母上へはお借りしていたこの小袖を。継父曾我殿)へはこの馬と、思い出の詰まった貝鞍かいくらを。弟たちへは肌身離さず持っていたお守りと、自ら切り落としたびんの髪を。乳母めのとたちへはむち弓懸ゆがけを。育ての親たちへはくつ行縢むかばきを。


 最後に、十郎は自分の弓と矢を鬼王たちの前に置いた。


「そしてこの弓矢は、お前たち二人にやる。俺たちが死んだ後、これを見て俺たちのことを思い出してくれ。……さあ、夜が明ける前に、ここを立ち去れ」


 だが、二人の従者は動かなかった。それどころか、その場に激しくひれ伏し、涙を流して抗議した。


「……何を仰るのですか、十郎様!」


 道三郎が、絞り出すような声で叫ぶ。


「我らは相模の国を出た時から、命を捨ててお供する覚悟でした。三途の川の渡し賃になろうと決めていたのです! それを今さら、我らだけが命を惜しんで逃げろと言うのですか。そんな無慈悲な……! たとえお役に立てずとも、最期までお側でお守りさせてください!」


 十郎は目を閉じ、深くため息をついた。


「お前たちの志、神妙しんびょうなり。……だがな、俺たちはこの十七年、一度も恩を返せぬまま今日まできた。お前たちのような忠臣を、ここで無駄死にさせることこそ、俺の無念なのだ。主従の縁は三世に渡るという。恩返しは来世で必ずする。だから……今は生きて、この形見を母上に届けてくれ。それが、死に行く俺たちへの最大の供養なのだ」


 それでも、道三郎は引き下がらない。彼の脳内には、十郎を育て上げた歳月のログが走馬灯のように流れていた。


「――嫌です! 帰りません!十郎様。あなたが赤子の頃、最初に取り上げたのはこの私です! 夏の熱い日は扇で風を送り、冬の凍てつく夜は自らの衣であなたの肌を温めて育ててきました。月を見る時も星を仰ぐ時も、私は常にあなたの影でした。……いつかあなたが立派な武士として世に出ることを、誰よりも願って生きてきたのです」


 道三郎は、子供が親を慕うように、声を上げて泣き崩れた。


「そんな私に、情け容赦なく『逃げろ』と仰るのですか。ここでお別れして、私はこの先、何のために、誰のために生きればいいというのですか! 千年も万年も生き長らえたいわけではない! 共に死なせてください!!」


 その隣で、鬼王もまた顔を上げられずにいた。


「……私とて同じです。母の腹から出て、竹馬ちくばに鞭を当てて遊んでいた子供の頃から、片時も十郎様を離れたことはありません。……捨てられて生き残るなど、地獄より辛い仕打ちでございます」


 主従の絆。それは、いかなる「隷属契約」よりも強く、重い。兄弟の心も、二人のあまりの嘆きに激しく揺れ動いた。


 「……ええい、未練がましいッ!!」


 沈黙を破ったのは、弟の五郎時致だった。彼は荒々しく立ち上がると、二人の間に割って入った。その瞳には、雨をも蒸発させるほどの凄まじい殺気が宿っていた。


「主君がこれほど言葉を尽くして制しているのに、それを聞かぬというのなら、それはもはや『忠義』ではない! 単なる『狼藉わがまま』だ!」


 五郎は、腰の刀を抜き放とうとする二人の手を無理やり引き剥がした。


「いいか! お前たちがここで命を捨てて、曾我の里に形見の一つも届かぬまま、母上が『あの子たちはどうなったのか』と待ち続ける……。その苦しみがわからんのか!お前たちが命令に背くというなら、浅間大菩薩よ、見ていろ! 俺は来世になってもこいつらを許さん! 永遠の親不孝者として呪ってやるぞ!!」


 五郎の雷鳴のような怒声。それは、優しさゆえの残酷な拒絶だった。


「形見を届けるまで、死ぬことは許さん。……行け! 今すぐ行け!!」


 「…………っ、……は……い……」


 鬼王と道三郎は、崩れ落ちるように頭を下げた。これ以上の抵抗は、かえって主君の覚悟を汚すことになる。二人は震える手で、十郎から渡された「形見」の数々を抱え込んだ。十郎は、去りゆく二人の背中に向かって、最後にもう一度だけ声をかけた。


「……母上を、頼んだぞ」


 二人の従者は、一度も振り返ることなく、豪雨の中へと走り去っていった。


 彼らが抱えるのは、もはや物理的な重さではない。曾我兄弟という「二人の英雄」が生きた、二十年余りの重すぎる歴史そのものだった。


 彼らを見送った十郎と五郎は、再び向き合った。

 

「……これで、本当に俺たち二人きりだな、五郎」


「ええ、兄上。……最高の気分です。あとは、あいつ(祐経)の寝首を掻くだけだ」


 建久四年五月二十八日、午前三時。すべての未練、すべての関係者を闇の向こうへ逃した二人の死神が、ついに、工藤祐経の枕元へと足を踏み入れた。




曾我物語 巻第九(明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔鬼王おにわう道三郎だうざぶらうかへりしこと


 さて、鬼王おにわう道三郎だうざぶらうびて、「なんぢいそ曾我そがかへるべし。小袖こそでをば、上へまゐらせよ。馬鞍むまくらは、曾我そが殿どのたてまつれ。自然しぜんときは、御前ごぜんはりまゐらせべきよし随分ずいぶんこころけしを、ちちてきこころざしふかくして、さきまうこと無念むねんぞんさうらどもおそれながら、二人の子供こども形見かたみ御覧候さうらへ。五つ・つよりして、左右さう御膝ひざにて、そだてられまゐらせし御恩ごおんわすがたくこそぞんさうらへ。はだのまもりと、びんかみをば、おととども形見かたみ御覧ごらんさうらへとて、二宮にのみや殿にまゐらせよ。弓と矢は、なんぢらするぞ。なきあと形見かたみさうらへ。むち弓懸ゆがけをば、二人の乳母めのとが方へるべし。沓行縢くつむかばきは、もりそだてし二人がもりにとらせよ。もこそふくれば、これちてさうらへ」とりければ、二人のものども次第しだい形見かたみりて、まうしけるは、「われ相模さがみでしより、自然しぜんことさうらはば、きみよりさきに命をて、死出しで三途さんづ御供おんともとこそぞんさうらふに、下郎げらうをばいのちしむものおぼし、斯様かやううけたまはさうらふ、ただせられさうらへ。ゆゆしき御用ごようまでこそたちまうさずとも、こころざしばかり御供おんとも」とまうしければ、十郎じふらうきて、「各々がおもところまこと神妙しんべうなり斯様かやうなるものどもを、ければ、おんをもせで、はなれんことこそ無念むねんなれ。の中、何事なにごとおもやうならば、如何いかかなはぬことあらん。しくんは三 えんり。来世らいせにておんをばほうずべし。ただ形見かたみどもをことごとく曾我そがへとどけたらんには、最後のともまさりなん。狩場かりばことぬとこえなば、物思おも子供こどもたまへるははの、子供こどもやらんとなげたまはんに、いそまゐりて、よしかくとまうすべし。いますこしもとくいそげや」とりければ、道三郎だうざぶらううけたまはりて、「かへさうらふまじ、こしせ、きみをばうちより、それがしこそたてまつりてはさうらへ。れば、九夏きうか三伏さんぷくのあつき日は、あふぎの風をまねき、玄冬けんとう素雪そせつ(さむは、衣をかさねて、はだへをあたためまゐらせ、きもこころくしそだて、月とも、ほしともれはげ、くだし、たのたてまつり、御世にもでさせたまさうらはば、誰やのものにかおとるべき。たのもしくも、いとほしくもおもひ、たてまつり、今まで影形かげかたちごとく、まゐらせたるしるしに、なさけちよとうけたまはる。仮令たとひまかかへりてさうらふとも、千年せんねん万年をたもさうらふべきか。ただ御供おんともせられさうらへ」とて、いとけなおやあとをしたふごとくに、声もしまずたり。兄弟きやうだいの人々(ひとびと)も、こころよわくぞえける。如何いかにもしてかへすべきものをと、こゑたかくして、「如何いか未練みれんなり。君臣くんしんれいもだがたけれども、こころしたがふをもつて、孝行かうかうとせり。の上、つひひはつまじきなれば、名残なごりしきこと、つくべきにあらず。いそさうらへ」とて、あららかにこそうけたまはる。鬼王おにわうなほり、かしこまつてまうしけるは、「それがしも、はは胎内たいないで、竹馬ちくばむちをあてしより、きみにつきまうし、成人せいじんいまいたるまで、片時へんしはなれてたてまつことし。しるしにや、ちよとのおほせこそ、まことおんうらめしくはさうらへ。てられまゐらせて後、なににかかりて、片時へんしのながらへもるべき。のはてか」とて、さめざめとたり。こころざしまこと、なじみのひさしさ、たがひにかたかたれば、きにけても、け、日やれむ。「すで明方あけがたちかものを、いそげや、なんぢはやくもけと、かさがさめければ、二人のものどもねて、「御供おんともまうすべき命、何処いづくおなつひ、おくれさき道芝しばの、はらぬ露のぬれ衣、はらひて、御供おんともまうさん」とて、二人が袖をちがへ、すでに刀をぬかんとす。時宗、はやくも座敷ざしきち、二人が間にりて、なみだともひけるは、「まことなんぢこころざしせつなりしかりとはいへども、われこれほどに、篇目へんもくをたてて、せいするをかで、狼藉らうぜきいたものならば、浅間せんげん大菩薩だいぼさつ御覧ごらんぜよ、未来みらい永劫えいごふ不孝ふけうすべし。われに命をつるとふとも、故郷こきやう形見かたみけずは、ながこころざしにうくべからず。の上は、せいするにおよばず」と、あららかにこそかたりけれ。あかぬはきみおほせなり。次第しだい形見かたみたまはりて、曾我そがへとてこそかへりけれ。たがひのこころの内、さこそはかなしからめと、おもられてあはれなり。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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