9-2 そして明かされる『十七年の回想録』
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
降りしきる雨と、時折夜空を切り裂く雷光。その喧騒の陰で、歴史が動こうとしていた。
鎌倉幕府の重鎮たちが、権力と栄華を誇示し、酒宴に興じている間、復讐に挑む二人の男がいた。曾我十郎祐成。そして、弟の曾我五郎時致。
「――兄上、来ましたね」
五郎時致が、闇の中で低く呟いた。先ほどまで彼らがいた柴の庵の周囲を、松明の明かりが囲んでいる。現れたのは、梶原源太景季率いる百余人の武装集団だ。
昼間の宴席での十郎の不審な動き、そして五郎の「大力」を警戒した梶原が、先手を打って「排除」に動き出したのである。だが、そこには十郎の読みがあった。
「ネズミは深く穴を掘ってイタチの害を逃れ、鳥は高く飛んで網を避けるものだ」
十郎たちは、景季が到着する数分前、すでに全ての痕跡を消して「別の隠れ家」へと移動していたのだ。もぬけの殻となった庵を見て、景季はあざ笑うように大声を上げた。
「はっ! 日本一の不覚者どもめ。俺が怖くて逃げ出したか! 侍とも呼べぬ臆病風に吹かれたゴミ共が、どこへなりと消えるがいい!」
景季は勝ち誇った顔で去っていった。彼には聞こえていなかった。雨音の向こう、至近距離の茂みから自分たちを見下ろす、二つの「死神」の呼吸音が。
嵐が激しさを増す。ターゲット、工藤祐経の陣屋に突入するまで、あと数時間。
新しく移った隠れ家で、十郎は静かに筆を執った。
「五郎、この待ち時間に……俺たちの生きた証を書き残そう。……故郷の母上へ、そして後世のために」
「いいですね、兄上。俺たちには書ききれないほどの、十七年分の思い出がありますから」
二人は、大きな巻物を広げた。それは、単なる遺書ではない。五歳と三歳で父を奪われたあの日から、今日この雨の富士に辿り着くまでの、凄絶な「記録」だった。
二人の筆が、過去を遡る。
「父上の仇を討たねば、俺たちの生は始まらない」
幼い頃の記憶。七歳と九歳の兄弟は、月夜に空を渡る雁の群れを見ては、亡き父を想って泣き明かした。
昼間は小さな弓と矢を持ち出し、障子を敵の体に見立てて射抜く練習に明け暮れた。
「いつか、これであいつの喉を……」
そう言って泣きじゃくる幼子を、母はどれほどの悲しみで制止し続けてきたことか。
さらに巻物には、五郎の孤独な修行時代が綴られる。
年末、寺にいる他の子供たちには、里から豪華な衣や贈り物が届く。だが、五郎には何も届かない。
父がいない。母は勘当している。彼は冷たい本堂で一人、箱根権現に祈り続けた。「敵を、工藤祐経を見せてください」と。
そして、その祈りが通じた奇跡の日。頼朝の行列の中に、父を殺した張本人・祐経の姿を見つけた瞬間の衝撃。
寺を脱走し、夜道に紛れて曾我の里へ逃げ下りたあの夜のこと――。
巻物の記述は、今回の旅のルートへと進む。徒歩で追いかけ、チャンスを伺った失敗の記録。彼女との愛と、交換した小袖の移り香。
師匠から授かった「源氏重代の太刀」。三途の川を渡る覚悟を決めた、あの日。死の時刻を予言した、あの忌まわしき二本の矢。
「……五郎。俺の命は、父上への供養として捧げる。そして、俺たちが毎日読んできた経文の功徳は、母上へ手向けよう」
「……はい、兄上。親は今世だけの縁と言いますが、この文が、俺たちの魂の代わりとなって母上の元へ帰ります。そして来世では……必ず、本当の親子として再会しましょう」
十郎の巻物は、最愛の女性、大磯の虎への想いで締めくくられた。五郎の巻物は、育ての親である箱根の別当への感謝で幕を閉じた。
二つの巻物は、内容はほぼ同じ。だが、最後に守りたかった「一人」だけが、それぞれ異なっていた。
二人は書き終えた巨大な巻物を、丁寧に箱に収めた。そして、自分たちが「討たれた」という知らせを聞いた後、母が真っ先に駆け込むであろう場所、障子の際にその箱を置いた。
塵を払い、畳を直し、まるでそこが最初から用意されていた祭壇のように整える。
「……行くぞ、五郎。……俺たちは、もう死んだ人間だ」
「ええ。死人が通る道は、一つしかありませんね」
二人は表の門を通らず、馬屋の崩れた壁の隙間から、ひっそりと闇へと滑り出した。それは、この世に対する最期のマナーであり、復讐者としての「完全な覚悟」の証明だった。
建久四年五月二十八日、夜。富士の裾野を包んでいた霧は、もはや視界を遮る壁のように厚い。
十万の軍勢が眠るキャンプ地、その最西端。宿敵・工藤祐経の寝所まで、あと数十歩。
「兄上……。あの場所です。父上の仇が、酒に酔って眠っている場所は」
「……ああ。……十七年だ。十七年待ったぞ、祐経」
二人の兄弟は、魔剣『友切』と短刀『微塵』を抜き放った。雷鳴が轟き、その一瞬、刃の輝きが祐経の寝所を真っ白に照らし出す。
曾我物語 巻第九(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔兄弟屋形をかゆる事〕
柴の庵を引き払ひ、思はぬ所へ寄り居つつ、時を待こそ哀れなる。是をば知らで、源太百余人の兵者引きつれて、人々の屋形へぞ押し寄せたる。然れども、人は無かりければ、「日本一の不覚人、斯様に有るべしと思ひしに違はず、人にては無かりけり」と、広言して帰りしは、をこがましくぞ見えし。是や、鼠深く穴をほりて、くんきん害を逃れ、鳥高くとんで、さうめい害をさけるとは、斯様の事なり。あやしかりし事なり。
〔曾我へ文書きし事〕
扨、兄弟の人々は、ふけ行く夜はを待ち兼ねて、十郎言ひける、「いざや、此の暇に、幼少よりの思ひし事を詳しく文に書きて、曾我へ参らせん」「然るべし」とて、各々 文を書きける。「我等五つや三つよりして、父敵に打たれし事、忘るる隙無くて、七つ・九つと申せしに、月の夜に出でて、雲井の雁がねを見て、父をこひ、明くれば、小弓に小矢を取り添へて、障子を射通し、敵の命になずらへ、彼を打たん事を願ひ泣きしを、母の制し給ひし事、又、父の恋しき時は、一ま所にて、二人は語りて慰めども、人々には言はざりし也。祐成は、十三にて元服し、五郎は、十一より箱根に上り、学問せしに、十二月の末つ方、里々よりの衣裳音物取り添へ取り添へ送りしに、箱王が里よりは贈り物も無し。まして、父の文も無し。明け暮れ、只父を恋しく思ひ、権現へ参り、敵を見んと祈りしに、程無く、御前にて祐経を見そめし事、不思議なりとて、法師に成るべかりしが、此の事に依りて、只一人夜にまぎれ、曾我へ逃げ下りしなり。男に成りて、母の御勘当蒙りし事、出でし時、互ひの形見賜はり参らせ置きて出でし事、信濃のみ狩に、かちにて下り狙ひし事、虎に契りを込めし事、鞠子川、湯坂峠、箱根寺、大崩までの有様、矢立の杉にての事共、今の様に覚えたり。,思ふ事共詳しく書き、命をば父に回向申し、読誦の経文をば母にたむけ奉る。親は一世の契りと申せども、是を形見にて、来世にて参り合はん」と、同じ心に書き止めければ、大きなる巻物一つづつぞ書きたりける。十郎は言葉の末、五郎に代はりたるは、大磯の虎の事也。五郎が言葉の、十郎に代はりたるは、箱根の別当の事なり。さては、いづれも同じ文章也。哀れにこそ覚えし。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




