8-2 最強装備で挑む死の予行演習
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
復讐の刃を研ぎ澄ませ、十七年という気の遠くなるような時間を耐え抜いてきた兄弟、曾我十郎祐成と曾我五郎時致。
箱根権現の別当から、源氏重代の魔剣『友切』と、あらゆる装甲を紙のように切り裂く短刀『微塵』を授けられた兄弟。最強の「装備」を手にした彼らは、ついに最終決戦の地、駿河の国へと足を踏み入れる。
彼らが三嶋大社で神に捧げた「死の予行演習」、そして頼朝の陣に潜む「鉄壁の防御陣」に阻まれる、復讐前夜の緊迫した物語。
「――急げ、五郎。一刻の猶予もないぞ」
箱根の険しい山道を抜け、三島へと駒を進める十郎祐成の声には、これまでにない力強さが宿っていた。腰に帯びたのは、箱根別当から授かった伝説の短刀。
「兄上、別当様のお言葉……あれはもはや、神のお告げも同然でしたね」
五郎時致が応じる。箱根権現の加護を受けた二人の闘志は今、かつてないほどに高まっていた。
「ああ。権現様より剣を授かり、師より志を認められた。……もはや、俺たちの復讐が挫ける道理はない。行くぞ、三嶋大明神が俺たちを待っている」
一行は、伊豆の国一宮、三嶋大社に到着した。そこは、源頼朝が旗揚げの際にも深く祈願した、源氏にとってもっとも重要な聖域の一つだ。
十郎と五郎は拝殿の前に立つと、それぞれ「畳紙」を取り出した。これを的にして、神の前で「笠懸」を行い、運勢を占おうというのだ。
「三嶋の大明神よ、見ていてください。これが俺たちの『志』の重さです」
十郎が馬を走らせ、弦を引き絞る。
ヒュンッ!!
一の矢が見事に的を射抜く。
五郎も続く。
ドシュッ!!
剛弓から放たれた矢が、的を粉砕する。二人はそれぞれ、七回ずつの試技を行った。
結果は、全弾命中。三嶋の神の前で、彼らは「百発百中」のスキルを証明してみせたのだ。
笠懸を終えた二人は、社殿に跪き、手を合わせた。普通、神仏に祈る者は何を願うだろうか。「長生きしたい」「病気が治りたい」「金持ちになりたい」。そんな凡俗な願いを、神は聞き飽きているかもしれない。
だが、曾我兄弟の祈りは、あまりにも異質で、あまりにも「無惨」だった。
「――南無三嶋大明神。どうか、俺たちの命を召し上げてください」
十郎の声が低く響く。
「父上の仇、工藤祐経の首を獲らせていただけるなら、俺たちは二度と相模の国へは帰りません。足柄の関を越えて東へ戻ることは、未来永劫ありません。……復讐を遂げたその瞬間に、俺たちの命をここで終わらせてください」
死ぬための成功祈願。
この世の栄華を捨て、ただ「一瞬の殺意」を完成させるためだけに、若く輝かしい二人の命を対価として差し出したのだ。
二人は、この三嶋での決意を書き綴った。それが、母へと送られる「最後の文」となった。富士から曾我へ、一通の手紙が風に乗って運ばれる。
後にこれを受け取った母は、五歳と三歳の頃から「復讐」のことしか考えていなかった息子たちの執念を知り、あまりの痛ましさに泣き崩れることになる。
「――報告します。鎌倉殿の本陣は、浮島が原にあります」
従者の知らせを受け、兄弟は夜の闇に紛れて、頼朝の陣営へと接近した。目の前には、数万の軍勢が焚く篝火が、まるで地上の星のように広がっている。
「……五郎、あそこだ。あの巨大な天幕の中に、工藤祐経がいる」
十郎の瞳が、ターゲットの所在を捉えた。今すぐ突入し、あの「微塵」と「友切」を振るいたい。だが、現実は残酷だった。
「……チッ。隙がないな」
五郎が毒づく。頼朝の本陣周辺は、鎌倉幕府のナンバー二――北条時政率いる精鋭たちが、アリの這い出る隙もないほどの密度で警護していた。
「北条殿の警固か。……あの方は、俺たちの継父の親戚でもあるが、今は最大の障害だ。あの中を突破するのは、今夜は自殺行為だ」
夜襲とは、混乱と油断を突くもの。だが、この夜の頼朝陣営は、あまりにも整然としていた。
「……力及ばず、か。今夜は引くぞ、五郎」
「…………。はい、兄上」
最強の武器を手に入れ、神の加護を得てもなお、歴史の壁は高かった。兄弟は一度、闇の中へと姿を消した。
そして。運命の日は、ついに明日へと持ち越された。建久四年五月二十八日。富士の裾野は、重く垂れ込めた雲に覆われようとしていた。
三嶋で誓った「命と引き換えの成功」。笠懸で証明した「必中の腕前」。そして、北条時政という「鉄壁の守護者」。すべての役者が、富士の山肌に揃った。
物語はついに、日本史上もっとも劇的な「嵐の夜襲」……復讐が完遂される最期の夜へ
曾我物語 巻第八(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔三嶋にて笠懸いし事〕
十郎、道にて申しけるは、「只今の別当の御言葉、偏に御託宣と覚えたり。其の上、我等に権現より剣一つづつ賜はり候ふ上は、今度敵を打たん事、疑ひ有るべからず」と喜びて、三島の大明神の御前にこそつきにけれ。此の人々、畳紙をはさみ、七番づつの笠懸を射て、法楽し奉り、敵の事、心の儘にぞ祈られける。「誠、思ふ事適はずは、我等敵の手に掛けて、足柄を東へ二度返し給ふべからず、南無三嶋大明神」とぞ念じける。皆人、神や仏に参りては、或いは寿命長遠と祈り、諸病悉除とこそ祈るに、此の人々の明け暮れは、「父の為、命を召せ」とのみ申しけるこそ、無斬なる。斯様の事共をも、最後の文に詳しく書きて、富士より曾我へぞ返しける。母見給ひて、五つや三つより思ひ寄りけるとも知られける。 さても、御寮は、浮島が原に御座の由承り、曾我兄弟も、急ぎ追つ付き奉りぬ。其の夜、其れにて、便宜を狙へ共、用心隙も無かりければ、力無し。其の夜も、其処にて窺へども、北条殿の警固にて、隙も無し。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




