7-6 「帰りに一杯やりましょう」――義兄についた最後にして最大の嘘
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
建久四年(1193年)。鎌倉殿・源頼朝が主催する史上最大の軍事イベント「富士の巻狩り」の決行当日。
復讐の刃を研ぎ澄ませ、十七年という気の遠くなるような時間を耐え抜いてきた兄弟、曾我十郎祐成と曾我五郎時致。母との涙の和解を終え、もはやこの世に未練などないはずの二人。
しかし、運命は非情だ。死地へと向かう道中で、彼らは「最後の人情」という名の試練に直面する。
相手は、自分たちの姉を妻に持つ義兄――二宮の太郎義実。今回は、死にゆく者がつく「優しすぎる嘘」と、平和な世を生きる武士の「世間体」が激突する、あまりにも切ないニアミス・ストーリー
箱根の難所を越え、駿河の国へと馬を飛ばす曾我兄弟。道端の石、流れる川、そのすべてが三途の川に見えるほど、彼らの神経は研ぎ澄まされていた。
その時だった。街道の先から、五、六騎の騎馬武者がこちらに向かってやってくるのが見えた。先頭に立つ男の顔を見た瞬間、兄の十郎祐成は手綱を引いた。
「……あれは二宮殿じゃないか」
二宮の太郎義実。曾我兄弟の姉を妻に迎えた、いわば身内――義理の兄だ。十郎の胸に、一瞬だけ甘い誘惑がよぎった。
「五郎、いっそ二宮殿には本当のことを話さないか? 最後の別れに……」
だが、弟の五郎時致は、氷のような冷徹な視線で兄を制した。
「――何を仰るのです、兄上。正気ですか?」
五郎の声には、一切の迷いがなかった。
「あの方は義兄上とはいえ、所詮は『異姓の他人』です。俺たちがこれから死にに行くと言って、誰が『そうですか、頑張ってきなさい』と同意してくれるのですか? 止められるか、あるいは密告されるのがオチです。いいですか、兄上。今はただ、平凡な親族として通り過ぎる。それだけです」
「……分かった、五郎。お前の言う通りだ」
十郎は表情を「親戚付き合いをする浪人」へと切り替えた。二宮の一行が近づき、互いに馬から下りて挨拶を交わす。
「やあ、十郎殿に五郎殿ではないか。こんなところで何をしておられる?」
二宮の太郎が不思議そうに問う。十郎は、努めて明るい声で答えた。
「これは二宮殿。実は、鎌倉殿が富士野で巻狩りをなさると聞きまして。一生に一度の思い出に、その華やかな様子を端っこで見物させてもらおうと、曾我から出てきたところなのです」
「ほう、見物か……」
二宮の太郎は、二人の馬や装備をまじまじと見つめた。そして、深いため息をついた。
「……哀れなことだ。十郎殿、悪いことは言わん。今すぐ曾我へ帰りなさい。見物など、するものではないぞ」
「……。それは、どういう意味でしょうか?」
「見なさい、その馬と鞍を。あまりにも見苦しい。鎌倉中の名だたる大名たちが、金銀を散りばめた装備で着飾って集まっているのだぞ。そんな格好でうろつけば、馬鹿にされるだけだ」
二宮の太郎は、自身の苦い「欠席理由」を語り始めた。
「……実は、某も鎌倉殿からお呼びがかかったのだ。だがな、自分の装備を見返してみれば、あまりにも貧相で恥ずかしくてな……。仕方なく『風邪を引きました』と梶原景時殿に嘘の報告をして、欠席したところなのだよ。身内として恥をかかせたくない。二人とも、うちに来なさい。二宮の館で、笠懸でもして遊んで、酒でも飲んでゆっくりしていけばいいではないか」
二宮の太郎の言葉は、彼なりの親愛の情だった。しかし、十郎にはそれが、何よりも残酷な「優しさ」に聞こえた。
(義兄上。俺たちのこの『貧しい装備』は、見栄を張るためのものではない。……工藤祐経を地獄へ連れて行くための、実戦用の死に装束なのです)
十郎は、静かに、しかし断固として首を振った。
「お心遣い、痛み入ります。ですが、すでに思い立ってここまで来た道。馬は山道で引き、目立たぬよう見物いたします。……ああ、そうだ。富士からの帰り道には、必ず二宮殿の館に立ち寄らせていただきます」
十郎は、嘘をついた。「帰り」などという言葉は、彼らの辞書には存在しないのに。
「その時には、最高の酒の肴を用意しておいてください。積もる話も、そこでゆっくりといたしましょう」
「……。ふむ、そこまで言うなら止めはせん。分かった。帰りを待っているぞ。いいか、必ず寄るのだぞ!」
二宮の太郎は満足げに頷き、再び馬に跨った。
「さらばだ!」
「おさらばです!」
街道の真ん中で、二組のグループが反対方向へと歩み出す。二宮の太郎は、まさか義弟たちが数時間後に、頼朝の陣を血の海に変える「テロリスト」になるとは夢にも思っていない。五郎は、一度も振り返らなかった。十郎は、一瞬だけ、遠ざかる義兄の背中を見つめた。
(義兄上……。俺たちが討たれた後、あなたは形見としてこの馬や装備を曾我に届けてくれるのでしょう。その時、俺たちの姉上は……あなたの妻は、どう思うでしょうか)
もし自分たちが男兄弟であったなら、この「復讐」に巻き込み、共に戦うこともできたかもしれない。だが、姉は女の身。戦場に立つこともできず、最後の遺言すら直接受け取れなかったことを、彼女は一生、恨むだろうか。あるいは、悲しむだろうか。
「志のほどこそ、無慙なれ」
復讐を果たすという壮大な志の陰で、身内の女性たちが受けるであろう「悲劇」を思い、十郎の胸は締め付けられた。だが、その痛みさえも、復讐の炎を燃やすための薪にするしかない。
「――兄上。もう、いいですね」
五郎の低い声が、十郎を現実に引き戻した。二宮の太郎の姿は、もう見えない。
「ああ。……行き先は、ただ一つ。富士の裾野だ」
雨が降り始めていた。空を裂く雷鳴が、これから始まる地獄の幕開けを告げている。
曾我物語 巻第七(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔二宮の太郎にあひし事〕
道の末を見渡しければ、馬乗り五六騎出で来たる。十郎見て、「二宮殿と覚えたり。いざや、此の事一はし語らん」と言ふ。五郎聞きて、余りの事なれば、返事もせず。やや有りて申しけるは、「如何で斯様の大事、聟には知らせ候ふべき。異姓他人にては候はずや。如何なる人か、世に無き我等が死にに行くと語らはんに、同意する者や候ふべき。対面計にて、御通り候へ」。十郎聞きて、「御分の心を見んとてこそ」と雑談して、間近くなりければ、此の人々、馬より下り、弓取り直し、色代す。「人々、何処へ行き給ふぞや」「鎌倉殿、富士野御狩と承、狩座の体見参らせて、末代の物語にと思ひ立ちて、罷り出で候ふ」と申す。義実聞きて、「哀れ、人々(ひとびと)、無用の見物かな。馬・鞍見苦しくての見物、然るべからず。是より帰り給へ。某をも、御供と申されつるを、見苦しさに、風気の由、梶原が方へ申して遣はし候ふぞ。面々(めんめん)も、只是より帰り給ひて、二宮に逗留し、笠懸など射て、遊び給へ」と申しければ、十郎、「もつ共畏まり存じ候へ共、斯様の事、有り難し、見物と存じ、既に思ひ立ち候ふ。馬は山をば引かせ候ふべし。帰りには参り、しばし逗留仕り候ふべし。まうけ肴御用意候へ」と申しければ、「此の上は、御帰りをこそ待ち申すべし」とて、馬引き寄せ打ち乗り、東西へ打ち別れけり。只世の常とは思へ共、是ぞ最後なりける。扨も、我等討ち死にの後、形見共送りなん。其の時、男子なりせば、一道にこそ成るべきに、女の身の悲しさは、其れこそ適はずとも、道より最後のことづてだにも無かりつるよと恨み給はん事、疑ひ無し。志の程こそ、無慙なれ。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




