6-6 復讐者が願った「最期の救い」
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
建久四年(1193年)。復讐という名の修羅道を突き進む兄弟、曾我十郎祐成と曾我五郎時致。兄の十郎は最愛の女性、大磯の虎と「山彦山の峠」で永遠の別れを告げた。愛する人を振り切り、死地へと向かう武士の心。それは、鉄よりも硬く、しかし、薄氷よりも脆い。なぜ、人はこれほどまでに苦しみ、そして救いを求めるのか。
今回は、十郎が自らの運命と重ね合わせた、異国の凄絶な伝説――「仏性国に降った血の雨」と、七万二千人を喰らった怪物の救済、そして逃れられぬ「愛別離苦」の真実について語ろう。
それは、今から遥か昔。天竺のさらに彼方にある、「仏性国」という国での話だ。ある日、空が豹変した。雲は黒く渦巻き、降り注いだのは水ではなく、粘り気のある血の雨だった。
一晩にして、国土は紅に染まり、川は血の臭気に満ちた。驚愕した御門は、国一番の占術師である博士を召し出し、この世の終わりを告げるような怪異の正体を問うた。
「博士よ、この血の雨は何を意味するのだ。我が国は滅びるのか?」
博士は占いの結果を見て、青ざめながら答えた。
「……上様。今夜、この国で『世にも恐ろしい不吉な子』が生まれます。その子が成人すれば、国を滅ぼし、人を食い尽くすでしょう。……もし国を守りたいのであれば、その子を見つけ出し、今すぐに遠き島へと捨て去るべきです」
その夜。首都・舎衛城では、奇妙なことに千人を超える女性が同時に産気づいた。役人たちが赤子を一人ずつ調査していく。すると、その中の一人――生まれたばかりだというのに、その口から真っ赤な焔を吹き出す赤子がいた。
「これだ! こいつが博士の言っていた呪われた子だ!」
赤子は「人蟒」と名付けられた。「人間の形をした大蛇」という意味だ。彼は生まれた瞬間に親から引き離され、荒れ狂う波の向こう、人が近づかぬ絶海の孤島へと追放された。時が流れた。島に捨てられた赤子は、憎しみと飢えを糧に、恐るべき鬼の姿へと成長した。
彼は島に迷い込んだ人間、あるいは国から流されてきた罪人を一人も逃さず、捕らえては生きたまま喰らった。その数、なんと七万二千人。島は白骨で埋め尽くされ、人蟒の犯した罪は、もはや地獄の底を抜けるほど重くなっていた。
天界からこの惨状を見ていた仏は、この凄まじい悪鬼にさえ、救いの手を差し伸べようとした。遣わされたのは、釈尊の弟子であり「多聞第一」と謳われた阿難尊者である。
阿難は島に降り立ち、血に汚れた人蟒の前に現れた。人蟒は最初、阿難さえも食い殺そうと牙を剥いた。だが、阿難から放たれる圧倒的な清浄さと慈悲のオーラに、怪物の動きが止まる。阿難は何も言わず、ただ静かに、人蟒を「七回」見つめた。たったそれだけのことだ。
しかし、この「聖者と目が合った」という一瞬の縁が、人蟒の魂に刻まれた七万二千人分の罪を、内側から溶かし始めたのである。人蟒はその後死んだが、阿難と視線を交わした功徳により、七回にわたって天上界に生まれ変わり、ついには悟りを開いて「仏」になったという。
もし、七万人を喰らった怪物でさえ、小さな「縁」があれば救われるのだとしたら。親の仇を討つために己の生を捧げた曾我兄弟に、救いがないはずがあろうか。
十郎祐成は、この物語を胸の内で反芻しながら、馬を走らせていた。
(人蟒は阿難を見て救われた。……俺は、虎を見て何を得たのだろうか)
十郎の心は、人蟒のような怪物よりも激しく燃えていた。だが、その炎は憎しみだけではない。虎への深い愛情が、復讐の刃を鈍らせようと、彼の魂に絡みついてくる。
「恩愛の道に、迷うは人の習いなり」
「夏の虫が火に飛び込み、秋の鹿が猟師の吹く笛に足を止める」
どんなに優れた英雄であっても、愛する人との別れ――愛別離苦だけは、自らの力でどうにかできるものではない。十郎は、山彦山の峠で虎が見せた涙を思い出す。
彼女を捨てることは、己の半身を切り裂くような痛みだった。だが、人としての愛を捨て、「復讐という名の仏果」を掴むためには、この地獄を通り抜けなければならない。
「……五郎。お前も、同じ苦しみの中にいるのか」
十郎は、先行する弟の背中を見つめた。彼ら兄弟は今、自分たちの人生を「七万人を喰らった怪物」の物語に重ね、その最果てにあるはずの「救い」を信じて、一歩ずつ死の淵へと近づいていた。
富士の裾野。巻狩りの陣屋には、工藤祐経の笑い声が響いている。だが、その外側では、血の雨の伝説を背負った二人の「修羅」が、泥にまみれ、息を殺して闇に溶けている。仏性国の雨が止んだ時、一人の仏が生まれた。富士の嵐が止む時、そこには何が残されているのか。
「行くぞ、五郎。……俺たちの『縁』を、ここで完結させよう」
復讐の刃が、ついに鞘の中で鳴り響く。
曾我物語 巻第六(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔仏性国の雨の事〕
然れば、縁に依りて、仏果をうる事を思へば、昔、仏性国に、血の雨ふりて、国土紅なり。御門、大きに驚かせ給ひて、博士を召して、御尋ね有りければ、占形を引き、申しけるは、「今宵、不思議の子をうむ者有り。尋ね出だして、遠き島に捨てらるべし」と申しければ、舎衛城の中に、其の夜、産したる者、千余人也。其の中より選び出だして、口より焔出づるをうみたる者有り。則、是を人蟒とぞ名付けける。是、不思議の者とて、官人に仰せ付けて、遠嶋に捨てけり。然るに此の人蟒、漸成人する程に、猛き鬼の姿に成りけり。此の嶋に来たる者をば、もらさずくらふ。又、国に罪有る者を此の島に流せば、是をも取りてくらふ。七万二千人までぞくらひける。其の罪尽くし難し。仏、是を哀れみ給ひて、阿難尊者を遣はし奉りて、善知識達、引導し給ひけるとかや。人蟒、阿難を七度見奉りし結縁に、七度天上に生じて、仏果をえたり。斯様の縁を思ふには、彼等が後世も、などや一蓮に乗らざらん。頼もしくぞ覚えし。扨、十郎が心の猛き事、四方にも越えしか共、差しあたりたる恩愛の道、迷ふ習ひ也。夏の虫、とんで火に入り、秋の鹿の、笛に心を乱し、身を徒らになす事、高きも、賎しきも、力及ばぬは、此の道なり。八苦の中にも、愛別離苦ととかれたり。内典・外典にも、深く戒めたる。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




