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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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6-2 最強の母、弁才天

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 建久四年(1193年)。鎌倉殿・源頼朝が主催する「富士の巻狩り」の直前、大磯の宿。最愛の女性、大磯の虎との最後の夜を過ごしていた曾我十郎。しかし、そこへ和田義盛が大軍勢を引き連れて乱入してきた。


 母に「出仕しなければ縁を切る」とまで脅され、泣く泣く宴席に向かった虎。だが、その愛の葛藤の裏側には、遥か古代から伝わる「弁才天べんざいてん」誕生にまつわる、世にも不思議な親子の物語が隠されていた。


 そもそも、虎の母が引き合いに出した「ふんによ」という女性の物語から始めよう。昔々、大国の流沙りゅうさという川の上流に、ふん女という名の女性がいた。彼女は天下に知られた大富豪で、蔵には金銀財宝が溢れていた。だが、唯一の悩みがあった。子宝に恵まれなかったのだ。


 彼女が必死に祈り続けた結果、ようやく懐妊した。しかし、産み落とされたのは人間の赤子ではなかった。なんと、五百個のかいごだったのである。


「……これはきっと、天に見捨てられたのだわ。この卵から恐ろしい怪物が生まれ、人を害するに違いない」


 恐怖に駆られた彼女は、五百の卵を箱に詰め、流沙の川へと流してしまった。川下で釣りをしていた貧しい老人、きよはくがその箱を拾い上げた。


 中から出てきたのは五百の卵。老夫婦が温めると、中から可愛らしい男子が次々と生まれた。老夫婦は喜び、貧しいながらも必死に五百人を育て上げた。だが、五百人の息子たちが成長するにつれ、家計は破綻。飢えに苦しんだ彼らは、生きるために略奪を繰り返す悪党げどうへと変貌してしまった。


「おい、川上に『ふん女』という長者がいるらしい。あいつの蔵をぶち破って、お宝を全部奪い取ろうぜ!」彼らは魔神たちの力を借り、禍々しい装備に身を包んだ。迷いの輪廻の鎧。籠手: 悪業煩悩の籠手。三界無安の兜。四苦八苦の馬。まさに「闇堕ちした軍勢」となった五百人の息子たちは、かつて自分たちを捨てたとも知らず、実の母の城へと攻め寄せたのである。


 迎え撃つ「ふん女」も、ただの長者ではなかった。彼女の慈悲深さに感銘を受けていた神々が、一斉に援軍として現れた。悪魔を打ち倒す四天王、そして十二天。中でも凄まじかったのは、弓矢の神――水天すいてんの姿だ。九品正覚の鎧を纏い、背後には巨大な大蛇だいじゃを従えている。兜の上で蛇が眼光を放ち、雷を撒き散らし、口から火焔を吐く。


「――阿修羅の軍勢すら恐るるに足りず。ましてや、お前たちのような小物の暴動など、蟻の這い出しも同然だ。城中、鎮まれ!」


 神々の圧倒的なオーラに、五百人の略奪者たちは戦意を喪失した。城内から一人の武者が進み出て問う。


「お前たちは何処の国の何者だ!」


「俺たちに親も氏もねえ! 川の上流から流れてきた五百人の流人だよ!」

 

 これを聞いたふん女は、ハッと気づいた。


「……待ちなさい。お前たちが流されてきた時、どんな姿をしていたの?」


「卵だよ。玉の手箱に入っていて、そこには『ほうしょうろう』と銘が書いてあったらしい」


 ふん女は確信した。


「……間違いない。お前たちは、私が産んだ子供たちです。証拠に、この箱の底に隠していた私の『はん』を見せましょう」


 ふん女が懐から取り出した証拠品を見た瞬間、五百人の息子たちは兜を脱ぎ、武器を投げ捨て、大地にひざまずいて号泣した。母もまた、子供たちの愛おしさに、剣の刃が並ぶ中を駆け抜け、一人一人を抱きしめた。その後、ふん女は大弁才天おおべんざいてんとなり、五百人の息子たちは五百童児として彼女に仕える神となったという。


 物語は大磯の宴席へと戻る。


 「弁才天のような立派な神でさえ母には従った。お前が従わないとは何事だ」と詰め寄る母に、虎は絶望していた。


(十郎様への愛を貫けば、母を裏切り、親不孝の罪を背負うことになる……。どうすればいいの?)


 その時、奥の間に隠れていた曾我十郎が、静かに言った。


「……虎。いいから出なさい。母上の命に背けば、神仏の罰も恐ろしい。一杯だけ酒を注いで、すぐ戻ってくればいい」


 十郎の言葉に背中を押され、虎はついに広間へと足を踏み出した。だが、その懐には「守り刀」を隠し持っていた。


(もし義盛様が私に指一本でも触れようとしたら、この手で刺し、私も死ぬ)


 広間では、和田義盛が激怒し、怪力の息子・朝比奈三郎義秀に「虎を引っ張ってこい!」と命じていた。


 その頃、曾我の里で兄の身を案じていた弟・曾我五郎時致は、猛烈な胸騒ぎを感じていた。


「――兄上が危ない!」


 五郎は緋威の鎧を羽織り、家宝の四尺六寸(約140cm)の太刀を背負うと、鞍を置く暇も惜しんで馬に跨り、大磯へと爆走した。五郎は裏口から潜入し、十郎が隠れている障子の裏へと回り込んだ。


「兄上、時致(五郎)が来ました」


 弟の低い声に、十郎は「万騎の援軍を得た」と確信し、死を覚悟した冷静さを取り戻した。だが、朝比奈三郎は気づいていた。障子に映る「巨大な刀の影」と、漂う殺気に。


「おやおや、面白そうな客人が後ろにいるようじゃないか。……さあ、出てこい!」


 朝比奈は障子を蹴破るように開け、五郎の鎧の裾(草摺:くさずり)をむんずと掴んだ。


「宴会に参加しろよ、小僧!」


 朝比奈が力任せに引く。しかし、五郎は一歩も動かない。巨漢の朝比奈が顔を真っ赤にして踏ん張る。五郎はあざ笑うように踏みとどまる。

 

 バリバリバリッ!!

 

 凄まじい音と共に、五郎の厚い鎧の革紐が千切れ飛んだ。朝比奈は勢い余って後ろへと派手に転倒したが、五郎は仁王立ちのまま、微動だにしていなかった。


 「……やるじゃねえか。さすがは河津三郎の息子だ」

 

 朝比奈は起き上がり、素直にその怪力を賞賛した。五郎は悠然と広間を横切り、朝比奈の隣にドカリと座った。十郎もまた、観念して席に付く。和田義盛が、震える手で盃を差し出した。


「……曾我の若僧。まあ飲め」

 

 五郎は三度、酒を飲み干した。そして運命の瞬間。虎が盃を手に取る。義盛は「次は俺に注げ」と期待の眼差しを向ける。だが、虎は義盛を完全に無視し、最愛の十郎の前に盃を置いた。


「十郎様。どうぞ」


「…………っ!!」


 義盛の顔が怒りで煮えくり返る。


「おい……。二十年も若ければ、俺はお前をその場で斬り殺していたぞ。この俺を無視して、浪人風情の十郎に差すとは……いい度胸だ。南無阿弥陀仏!」


 和田一族が殺気立ち、武器に手をかける。だが、五郎は巨大な太刀の柄に手をかけ、十郎はあざ笑うように義盛を見据えた。


「――義盛殿。申し訳ないが、俺たちは急いでいる。富士の山が、俺たちを待っているんでね」


 圧倒的な気迫。曾我兄弟は、幕府の重鎮である和田軍団をその場の気合だけでねじ伏せ、虎を連れて悠然と宿を後にしたのである。


 大磯の夜。和田義盛という巨大な試練を乗り越え、兄弟はついにすべての未練を断ち切った。


「兄上。これで、準備はすべて整いました」


「ああ、五郎。……いざ、富士の裾野へ」


 弁才天と五百童児がかつて見せたような奇跡は、彼らには起きない。待っているのは、血で血を洗う凄絶な復讐の結末。「富士の巻狩り」決行まで、あとわずか。




曾我物語 巻第六(明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔弁才天べんざいてん御事こと


 そもそも、ふんによたとへにきける由来ゆらいたづぬれば、むかし大国たいこく流沙りうさ水上みなかみに、ふんによといへるをんなり。天下てんがこゆる長者ちやうじやなり金銀きんぎん珠玉しゆぎよくのみにあらず、七珍しつちん万宝まんぼう四方しはうくらあまりける。しかれども、如何いかなる前業ぜんごふにや、一人の子無し。かなしみて、いのれども、かなはず。ときおもはざる懐妊くわいにんす。よろこびのうち苦悩くなうはかし。されどもたるべきうれしさに、ものかずともおもはざりけり。日数ひかずもるほどに、さんひもをとく。れば、人にはあらで、かひを五百うみたり。「これ如何いかに、ひとつなりとも、不思議ふしぎことぞかし。五百人までまるること只事ただことにあらず。えんをしひていのるにりて、天のにくみをかうぶるとおぼえたり。かへりなば、如何いかなるものにて、おやをもそんじ、人をもがいすべきやらん。うへ胎卵たいらん湿化しつけうち卵生らんせうつみふかしととかれたり。おくべからず」とて、はこれて、流沙りうさの波にながてけり。不思議ふしぎなるためしなりはるかの川のすゑに、れうかんとところに、きよはくと貧道ひんだう無縁むえん老人らうじんり。れ、かはうろくづをすなどり、身命しんみやうたすかるものり。折節をりふしつりするところへ、はこながりたり。げ、ひらきてれば、かひごなり。何者なにものやらんとおもひ、家にりてかへり、つまにかくとふ。をんなこれて、「おそろしや、如何いかなるものにかかへりなん。ぬしやうりてこそてつらん。いそもとかはれよ」とふ。「ただおきさうらへ。斯様かやうなるものには、不思議ふしぎもこそあれ。仮令たとひ僻事ひがことりとも、われは、よはひ幾程いくほどるべきならねば、やうよ」とて、ものつつみ、あたたかにしてきたりければ、ほどく、いつくしき男子なんしかへりぬ。われいにしへより、一人もことなげきにおもふに、しかるべきあはれみにやとよろこびて、またれば、かへかへりて、五百人にぞかへりそろひける。ひとつをてて、ひとつをやしなはんことうらり。もだがたくて、あつめ、やしなひけるに、ひとつもつつがなく、成長せいぢやうしけるぞ、不思議ふしぎなる。夫婦ふうふ二人のときだにも、渡世とせいかながたし。ものどもそだてけるほどに、朝夕あさゆふ世路せいろにわびければ、此処ここ彼処かしこ徘徊はいくわいし、いのちたすからんとするほどに、こころならず猛悪まうあくり、おもはずも、欲心よくしんぢゆうす。瞋恚しんいむねとして、驕慢けうまんあまりければ、外道げだうにも近付ちかづきけり。ときかれひけるは、「われ一人ならず、餓死がしおよべり。ればとて、いたづらにつべきにあらず、川上かはかみに、ふんによとて、長者ちやうじやり。財宝ざいほうくらあまる。いざやきて、やぶらん。たからりあきぬべし」とひければ、一人がやう、「ことなれども、ほどいみじき果報者くわほうしやを、われいやしき貧力ひんりきにて、たからうばはんことおもひもよらず、かへつてあたとなりぬべし、あんたまへ」とふ。いま一人いちにんやう、「らば、外道げだうどもかたらひ、かれ神通づうちからをかりて、やぶりてん」「しかるべし」とて、非天ひてん外道げだうもののもとへりたりければ、もとより闘諍修羅とうじやうしゆらこのものなりければ、同類どうるいもよほし、ちける。装束しやうぞくには、流転るてん生死しやうじよろひ直垂びたたれに、悪業あくごふ煩悩ぼんなう籠手こてし、とくの脇楯わいだてに、因果いんぐわ撥無はつぶ脛当すねあてし、愚痴暗蔽ぐちあんへい綱貫つなぬきはき、極大邪見ごくだひじやけんよろひに、誹謗ひばう三宝さんぼう裾金物すそかなものをぞちたりける。三界さんがい無安むあん白星しらほしかぶとに、六趣輪廻しゆりんゑ頬当ほうあてし、貪欲とんよく心いのかたなし、邪見放逸じやけんほういち太刀たちをはき、殺生偸盗せつしやうちうたう大弓ゆみに、破戒はかい無慙むざんつるけて、苦患無明くげんむみやうえびらには、諸法しよほふ愛著あいぢやく矢数やかずし、四顛倒てんたうの馬のふとくたくましきに、四苦八苦くらきてぞりたりける。ほか異類いるい異形いぎやうのちた外道げだうどもおもおもひの装束しやうぞくに色々のはたさせ、かずらずぞあつまりける。城中じやうちゆうには、しづまりかへりて、おともせず。されども用心ようじんきびしくて、たやすくるべきやうかりけり。ときうつして、ゆらへたる。のふんによは、おなじく福者ふくしやひながら、三宝さんぼうあがめ、仁義じんぎみだらで、はか賢人けんじんなり。如何いかでかしるしかるべき。諸天しよてんこれあはれみて、ふんによ渇仰かつがうたまひける。かくては、如何いかがるべきとて、死生ししやう不知ふち外道げだうども、をめきさけびて、みだときに、悪魔あくま降伏がうぶく四天してん十二天てん影向やうがうりて、四角かく四方しはうまもたまふ。四天してんは、もとより甲冑かつちうをよろひ、弓箭きゆうせんをはなさぬ勇士ゆうしなれば、おもてもふらで、ささへたまふ。火天くわてん猛火みやうくわをはなし、風天ふうてんかぜふかせ、各々 じやうまもたまふ。中にも、水天すいてんは、弓矢ゆみやまもらんとちかたまふなれば、かず眷属けんぞくきつれ、妙観めうくわんみつちのはたさせ、ことにすすみてたまふ。の日の御装束しやうぞくには、九ほん正覚しやうがくよろひ直垂びたたれ相好荘厳さうがうしやうごん籠手こてし、上求じやうぐ菩提ぼだい膝鎧ひざよろひ下化げげ衆生しゆじやう脛当すねあてし、二求両願じぐりやうぐわん綱貫つなぬきはき、大悲だいひだいじゆ頬当ほうあてし、無数方便むしゆはうべん赤糸あかいとよろひに、紫磨黄金しまわうごん裾金物すそかなものちける、万徳円満まんどくゑんまんの月、まかうにちたる、畢竟空ひつきやうくうしくの四方白しはうじろかぶと猪首ゐくびにき、五劫ごこふ思惟しゆい厳物いかものづくりの太刀たちはき、首楞厳定しゆれうごんぢやうかたなし、くわしや三昧さんまい月弓ゆみに、実相般若じつさうはんにやつるけ、智徳無量ちとくむりやう矢数やかずを、随類化現ずひるいけげんはこして、はたかにたまふ。もとよりなれたる大蛇だいじやうしろよりはひかかり、左右さうかたをおき、かぶとの上にかしらをもたし、両眼りやうがんひかりあきらかにして、時々いなづま四方しはうにちり、むらさきしたいろあざやかにして、折々火焔くわゑんをふきだすいきほひてんあまる。いまの代に、かぶと竜頭たつがしらことときよりもはじまりける。床几しやうぎこしけ、のたまひけるは、「大阿修羅王あしゆらわうたたかひのこはきも、仏力ぶつりきにはかなはず。ましてやはん。かれがいさみ、ありのたけりとおぼえたり。城中じやうちゆうしづまれ」とぞ下知げぢしける。此処ここに、しろうちより武者むしや一人すすみでてまうしけるは、「只今ただいまたるつはものは、何処いづくくに何者なにものぞ。また如何いかなる宿意しゆくいるぞ。くはしく名乗なのれ」とひける。五百人のつはものきて、「かれには、おやし。うぢし。まるるところらざれば、なにじやうたれ名乗なのるべき。朝夕あさゆふおもこととては、たからのほしきばかりなり。P249いそくらひらき、財宝ざいほうあたへよ。われおもほどりてかへらん」とひける。「こころ言葉ことばかな。人にり、ぶんしたがひ、うじも、名字みやうじものを、猛悪まうあく不思議ふしぎなり。まうせ」とひければ、「ひてはなににしたまふべき。さりながら、かみよりながたる五百人の流人るにんなり。はれんものければ、人知らず。いそたからほどこして、かへすべし」とまうしけり。ながたるつはものふを、ふんによ、つくづくきて、あやしくおもひ、やぐらしたあゆでて、「五百人の殿とのばらちかくよりたまへ。たづぬべきことり」とひければ、一人、へいきはによりたり。「そもそも、「ながたる」とおほせられつる言葉ことばについてまうすぞとよ。姿すがたなににてながれけるぞ」「たからをばださで、むつかし」とはひながら、「われむかし如何いかなるものかうみけん。五百のかひごにて、水上みなかみよりながれけるを、人取げて、そだてける」とふ。ればこそとおもひ、「かひごは、なにりけるぞや」「たま手箱てばこり、上にはめいきしなり」「めいをばなにきたるぞ」「はうしやうろうのはこけり」「さては、うたがところし。これは、そなたの支証ししようなり。此方こなたよりの証據しようこには、「もしかひごつつがなく成長せいぢやうあらば、たづねこよ。ふんによ」ときて、はんをおし、はこそこれたりしが、刹那せつなはだへをはなさじと、くびけてちたり」とて、ふところよりもだす。「さては、うたがところし。なんぢは、みづからが子供こどもなり」と、ひらきて、でければ、尾花おばなごとくささへたる鉾剣ほこつるぎをもてにけり。はは子供こどものなつかしさに、つるぎやいばわすれ、かれが中にりて、まはしければ、つはものも、かぶとぎ、弓矢ゆみやをよこたへ、各々大地だいぢにひざまづく。いつしかはははなつかしく、おもひのなみだうかびければ、なみたりけるつはものなかを、彼方かなた此方こなたきめぐり、かれもか、これもかとつゆの袖のにほひもかうばしく、あはれみあはれむよそほひは、もすすむなみだなり。にや、恩愛おんあいなかほどかなしきことあらじ。夜叉やしや羅刹せつをだにもしたがへて、たけくいさめる武士もののふも、はは一人の言葉ことばに、皆々なびくぞあはれなる。かくて、城中じやうちゆうにいざなひ、親子おやこのむつび、ねんごろなり。 のちには、ふんによ大弁才天べんざいてんあらはたまふとかや。五百人の人々は、五百童児どうじり、ひとつは、印鎰いんやくあづかり、かみあらはたまふ。はうしやうろうのはこをも、なかにもたしたまふ。一切いつさい衆生しゆじやうねがひをことごとくて、安楽あんらく世界せかいかへむとちかたまふ。「斯様かやうたけゆみりも、ははにはしたがならひぞかし。 なにとて、とらは、ははしたがはざるや」とぞひける。とらは、なほなみだにむせび、「ながれをたつる身程ほどかなしきことし。つまこころおもれば、ははめいそむく。またははしたがへば、とき綺羅きらにめづるにたり。とにもかくにも、おもひ、みだめける黒髪くろかみの、あかぬなさけかなしさよ。如何いかなるつみのむくいにて、をんなとはまれけん。ればにや、五障ごしやう三従さんじゆうとときたまひけるぞや」とて、さめざめとたり。十郎じふらう有様ありさまて、「なにかはくるしかるべき。一獻こんほどひまだしたまへかし。ははめいそむきなば、みやう照覧せうらんおそろし」とまうしければ、とらは、これにもしたがはで、ただくよりほかことし。義盛よしもりこれをばらずして、「なにとて、とらおそきやらん」とて、一さいにきよううしなひけり。ははまたねけるにや、「曾我そが十郎じふらう殿どのしますが、さてや、さうらふらん」。和田わだは、これきて、「こころ振舞ふるまひかな。われこそでて、対面たいめんせざらめ、ながれの遊君いうくんをふさぐべきか。まこと僻事ひがことなり。四郎左衛門さゑもん朝比奈あさいなきか。おんかひにまゐれ」とふ。四百余人よにん殿とのばらも、はやことぬと、いろめきける。祐成すけなりどころちかければ、義盛よしもり言葉ことばやうにぞこえける。「不思議ふしぎやな。おもはぬ最後さいごたるぞや。おもひのあれば、千金万玉せんきんばんぎよくよりもしき命也なり。されどものがれぬところは、ちからし。いたづらなるにして、五郎ごらううらみられんことこそ、おもられてかなしけれ。さりながら、斯様かやうところは、神もほとけゆるたまへ」とくわんじて、烏帽子えぼしなほし、直垂ひたたれつゆむすびて、かたけ、伊東いとう重代ぢゆうだい赤銅しやくどうづくりの太刀たち二三寸ずんけ、片膝かたひざしたて、一方いつぱうひらき、「ことことし、三浦みうらものども何十人なんじふにんもあれ、一番いちばんにいらん朝比奈あさいな諸膝もろひざなぎふせ、つづかんやつばらものかずにやるべき、伊東いとうなみせん。おそし」とこそはけたり。とらも、有様ありさまて、にや、冥途めいどよりたるなる獄卒ごくそつつる道だにも、主君しゆくん師匠ししやうめいにははるぞかし。ましてや、夫婦ふうふ恩愛おんあいちぎあさからずとは、古今いにしへいままでもつたくなるものを、のちまでもはなれじとおもりて、まぼがたなきぬつまりくくみ、三浦みうらの人々、如何いかにいさみみだるとも、なにちまはり、よきひまに、義盛よしもり一刀かたなし、如何いかにもならんと、ただ一筋ひとすぢおもさだめ、祐成すけなりちかり、いまやとまつぞ、あはれなる。ときうつりにければ、和田わだ、いよいよはらをたて、「如何いかに、朝比奈あさいなきか。おんかひにまゐれ。無骨ぶこつ訴訟そしようくるしかるまじ」とぞいかりける。義秀よしひでね、座敷ざしきち、とらかひにきけるが、つくづくあんずるやう十郎じふらうふも、伊東いとうの嫡々(ちやくちやく)たり、こころまたりたり、はじめよりださで、斯様かやうりては、よもださじ、われまた、あらくいかりてださんも、恥辱ちじよくなり所詮しよせんなんやうかひて、すかさばやとおもひければ、しづかにあゆりけるが、殿とのばら兄弟きやうだいは、こそひんなりとも、こころひんにあらばこそ、楚忽そこつりて、細首ほそくびとされ、しかりなんとおもひ、あふぎしやくなほし、かしこまりて、「これに、曾我そが十郎じふらう殿どのおんりのよしちちにてさうらものうけたまはり、おんかひのために、義秀よしひでまゐらせられてさうらふ。なにかはくるしくさうらふべき。御出おいでりて、おやにてさうらものに、御対面たいめんさうらふべき。れにまたそれがし一期いちご一度いちど所望しよまうさうらふ。御前ごぜんこと、ゆかしきことに、義盛よしもりおもさうらふが、御座存知ぞんぢして、義秀よしひでまうとどめてさうらふ。しかるべくは、もろともおんりて、ちち所望しよまうをもやしなひ、義秀よしひでも、面目めんぼくやうおんはからひさうらへ、一向いつかうたのたてまつさうらふ。さりながら、御心おんこころちがさうらはば、まかかへさうらふべし」と、障子しやうじごしにひければ、十郎じふらうきて、「たのむ」とふに、やはらぎて、「左右さうにやおよぶ、朝比奈殿あさいなどの如何いかでか異議いぎおよぶべき。たちたまへや、御前ごぜん祐成すけなりでん」とて、烏帽子えぼしつつしたて、直垂ひたたれ衣紋えもんきつくろひ、とらさきにたてて、各々三人出でたり。さてこそ、なみたりける人々も、いきたる心地ここちはしたりけれ。まことに、義秀よしひで振舞ふるまひ、いうなるものかな、座敷ざしきことこらず、とらでて、十郎じふらうこころやぶらで、ことぎにける。これや、せようろんに、「国のまこと興貴こうきすることは、諌臣かんしんり、いへのまさにさかんにたつとうすることは、諌子かんしによつてなり」と、斯様かやうことをやまうすべき。朝比奈あさいなかりせば、よしこと、十郎もたれ、和田わだにも、人多おほほろびなん。深淵しんゑんにのぞんで、薄氷はくひやうむがごとく、あやふかりしことなり。 義盛よしもり、ゑみをふくみ、「十郎じふらう殿どのしましけるや。余所よその人のやうに、隔心きやくしんさうらものかな。おんりをたてまつらば、最前さいぜんよりまうすべかりつるものを。これこれへ」としやうじける。十郎じふらうしやくなほし、「さんざうらふ。もつとも御目にかかりさうらふべきを、御存知ぞんぢごとく、異体いてい無骨ぶこつに、斟酌しんしやくいたさうらひぬ」。本意ほんいにあらざるよし色代しきだいして、左手ゆんでたたみになほりける。とらも、座敷ざしきさだまりければ、さかづきまへにぞきたりける。義盛よしもりとらをつくづくて、「ききしはものかずならず、かるものりけるよ。十郎じふらうこころをかねてでざるさへ、やさしくおぼゆるにや、れ」とふ。なにさかづきげ、さかづき和田わだのみて、祐成すけなりにさす。さかづき義秀よしひでのみて、面々にくだし、おもひざし、おもひどり、のち乱舞らんぶる。此処ここに、またはじめたる土器かはらけとらまへにぞきける。げけるを、いま一度いちどとしひられて、けてちける。義盛よしもりこれて、「如何いか御前ごぜんさかづき、いづかたへもおぼさんかたへ、おもひざししたまへ。これぞ、まことこころならん」とりければ、七分ぶんけたるさかづきに、こころをちぢに使つかひけり。和田わだたてまつらんこととき賞玩しやうくはんのいかんなし、れども、祐成すけなりこころづかしさよ、ながれをたつるなればとて、ひとうちきながら、座敷ざしきづるは、本意ほんいならず、ましてや、さかづき義盛よしもりしなば、綺羅きらにめでたりとおもたまはんも口惜くちをし、祐成すけなりにさすならば、座敷ざしきことこりなん、かくるべしとるならば、はじめよりでもせで、うちにて如何いかにもるべきを、二度ふたたびおもかなしさよ、よしよし、これ前世ぜんぜこと、もしおもはずのことあらば、和田わだまへがりにたまかたなこそ、わらはものよ、さゆるていにもてなし、うばり、一刀かたなし、とにもかくにもとおもさだめて、義盛よしもり一目ひとめ祐成すけなり一目ひとめこころ使つかひ、あんじけり。和田わだは、われにならではとおもところに、さはくて、「ゆるさせたまへ、さりとては、おもひのかたを」とわらひ、十郎じふらうにこそされけれ。一座の人々、はせ、「これ如何いかに」とところに、祐成すけなりさかづきげて、「たまはらんこと狼籍らうぜきたる。これをば御前おんまへに」とふ。義盛よしもりきいて、「こころざしよこどり、無骨ぶこつなり。如何いかでかるべき。はやはや」と色代しきだいなり。さのみすべきにあらず、十郎じふらうさかづきげ、三度さんどほす。義盛よしもり、ゐだけだかにり、「としほどものことし。義盛よしもりよはひ、二十だにもわかくは、御前ごぜんにはそむかれじ。仮令たとひ一旦いつたんきらはるるとも斯様かやうおもひざし、余所よそへはわたさじ。南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と、高声かうしやうなりければ、ことほかにて、にがにがしくえければ、九十三騎の人々も、義秀よしひでかたりて、ことなんといろめきたるていあらはれける。十郎じふらう、もとよりさわがぬをのこにて、何程なにほどことるべき、ことなば、何十人なんじふにんもあれ、義盛よしもりみて、勝負しようぶをせんずるまでとおもり、あざわらひてぞたりける。 此処ここに、五郎ごらう時致ときむね曾我そがたりけるが、ちちため法華経ほけきやうみて、本尊ほんぞんかひ、念誦ねんじゆしけるが、しきりにむなさわぎしけり。こころいまむなさわぎや、いかさま、祐成すけなり大磯おほいそへこしたまひぬるが、東国とうごく武士ぶし富士野ふじのづる折節をりふしなり。ながれの遊君いうくんゆゑことだしたまふにやと、こころもとおもひければ、帳台ちやうだいはしり、緋威ひをどし腹巻はらまきつてけ、伊藤いとう重代ぢゆうだい四尺しやく六寸ろくすん赤銅しやくどうづくりの太刀、十文字じふもんじむすびさげ、くらおくべきひまければ、膚背はだせうまりて、二十余町ちやうほどただ一馬場ばばとほし、門外もんぐわいわたせば、長者ちやうじやもんほとりくらおき、うま一二百匹ぴきひつたてたり。侍所さぶらひどころには、ものおとしきりにして、只今ただいまことぬとぞえける。るべきところくして、もんそとをめぐり、日頃ひごろ祐成すけなりきつれてとほりしかん小路にめぐり、竹垣たけがきをくぐり、とら居所ゐどころにこそつきにけれ。「十郎じふらう殿どのは、如何いかに」とへば、「和田わだ殿どのさかづきろんじて、只今ただいまことぬ」とまうす。ればこそとおもひ、透垣すいがきをはねえ、あにたりけるうしろの障子しやうじへだちけり。時致ときむねこれりとられんために、かうがひにて、障子しやうじごしに、はかま着際きぎはしければ、十郎「そ」とふ。五郎ごらう小声こごゑりて、「時致ときむねこれり」とふ。十郎じふらうきて、万騎のつはものうしろにちたるよりたのもしくぞおもひける。義盛よしもりこゑして、「上も振舞ふるまものかな」とこえける。祐成すけなり御事おんことぞとこころて、何事なにごともあらば、障子しやうじ一重ひとへやぶりて、でて、いちの太刀にて義盛よしもり、二の太刀たちにて朝比奈あさいなほかやつばら何十人なんじふにんもあれかし、ものかずにてあらばこそとおもり、四尺しやく六寸ろくすん太刀たちつゑにつきてつ。しのねたる有様ありさまは、刀八毘沙門びしやもん悪魔あくま降伏がうぶくたまふかとぞおぼえける。夕日脚あしことなれば、太刀影たちかげ障子しやうじにすきてえければ、朝比奈あさいなこれ推量すいりやうし、まことや、かれ兄弟きやうだいは、あに座敷ざしきときは、おととうしろにひ、おとと座敷ざしきる時は、あにうしろにものを。いかさま、五郎ごらうは、うしろにりとおぼえたり。さしたることきに、大事だいじだして、なにせんかあらん。また、いつしやう他人たにんにもあらざるなり。なにていにもてなし、座敷ざしきたばやとおもひければ、くれなゐ月出だしたるあふぎひらき、「なにとやらん、御座敷ざしきしづまりたり。うたへや、殿とのばら、はやせや、はん」とて、すで座敷ざしきちければ、面々にこそはやしけれ。義秀よしひで拍子ひやうしちたてさせ、「きみが代は千代ちよ八千代やちよをさざれいしの」としをりげて、「いはほりてこけのむすまで」と、みしかくまうてまはりしに、 五郎ごらうちたる前の障子しやうじきあければ、あんたがはず、時致ときむねは、四天王してんわうつくそんじたるさまにて、みしかりてぞちたりけれ。朝比奈あさいなあやまたず、狂言きやうげんして、「これにも、客人きやくじんしますぞや。此方こなたらせたまへ」とて、草摺くさずり一二間げん、むずとりてきけれども、すこしもはたらかず。磐石ばんじやくなりとも義秀よしひでけなば、うごかぬことるべきかとおもひ、ちからまかせ、ゑいやゑいやときけれども五郎ごらうものともおもはねば、くともく、かるるともく、あざわらひてぞちたり。大力だいぢからかれて、横縫よこぬひ草摺くさずりこらへず、一度いちどにきれて、朝比奈あさいなは、うしろへ、どうどたふれければ、五郎ごらうは、すこしもはたらかで、二王だちにぞちたり。さて、五郎ごらう時致ときむねは、みぎはまさりの大力だいぢからと、余所よその人までりける。まことや、者父河津かはづ三郎さぶらうは、東八ケはつかこくこゆる又野またの五郎ごらうに、片手かたてをはなちて、相撲すまふ三番ばんちてこそ、大力だいりきおぼえはりたりしが、なるをや、ちからくらべはかなふまじ、すかさんものをとわらひ、「これこれへ」としやうずれば、「あまりの辞退じたいはいこくじん異体いてい御免ごめんさうらへ」とふ、座敷ざしきでけるが、ちたる太力と草摺くさずりにて、末座ばつざなる人々のくびまはり、側顔そばかほちなぐり、ぎて、朝比奈あさいなが下なるたたみになほりける、座敷ざしきあまりてえたり。朝比奈あさいないそ座敷ざしきちて、義盛よしもりの前にりけるさかづき五郎ごらうまへにぞきたりける。時致ときむねさかづきげて、しやくちたる朝比奈あさいな色代しきだいして、「御盃の前後は、遅参ちさん無礼ぶれい御免ごめんあれ。御盃さかづきたまはりさうらふ」とて、三度さんどまでこそほしたりけれ。さかづき朝比奈あさいなり、「はるかにひさしうさうら御盃さかづきおもひどりまうさん」とて、もと座敷ざしきになほりけり。五郎ごらうも、しやくけ、「ちかくもまゐらぬ御酌しやくに、時致ときむねたん」とゆるぎつ。四郎左衛門さゑもんつて、「それがしこれさうらふ」とて、銚子てうしけば、五郎ごらうもしばし色代しきだいす。義盛よしもりこれて、「客人きやくじん御酌しやくしかるべからず。れ」とりければ、つねうぢ、しやくにぞちける。朝比奈あさいなさかづきげ、三度さんどほし、さかづきとらのみて、義盛よしもりにさす。とき五郎ごらうあふぎしやくなほし、「いましばらくもさうらふべけれども、曾我そがにさしたるいそことさうらふ。後日ごにちおそまうさん」とて、あにもろともちければ、とらも、おなじくちにけり。一座も、無興ぶきよう至極しごくにして、和田わだは、鎌倉かまくらとほりければ、の人々はちつれて、曾我そがへとてこそかへりけれ。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

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〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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