5-12 十七年の執念が生んだ『言霊』の奇跡
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
物語の舞台は建久四年(1193年)。鎌倉殿・源頼朝が主催する「富士の巻狩り」がいよいよ始まろうとしていた。
復讐の刃を研ぎ澄ませ、十七年という気の遠くなるような時間を耐え抜いてきた兄弟、曾我十郎と曾我五郎。そして五郎が愛した鎌倉・化粧坂の女性が、わずか十六歳で出家するという衝撃の展開を語った。
彼女が髪を下ろす際、その心に刻んでいた言葉がある。
「花に鳴く鴬、水に住む蛙だにも、歌をば詠むものを」
鳥や蛙といった小さな生き物でさえ、愛し、嘆き、それを言葉(歌)にする。ならば人間である私たちが、魂の叫びを歌に託さずにはいられないのは、あまりにも当然のことではないか――。
それは、今から遥か昔。仁王八代、孝元天皇がこの国を治めていた時代の話だ。大和の国、葛城山の頂近くにある「高間寺」という古寺に、一人の老いた僧が住んでいた。彼は深く沈んでいた。唯一の肉親であり、わが子のように慈しんできた愛弟子を先に亡くしてしまったのだ。
「……阿弥陀仏。なぜ、私のような老いぼれが生き残り、あのように若く才気溢れる者が先に逝かねばならぬのか」
冬が過ぎ、新しい春が来ても、老僧の心は凍てついたままだった。そんなある日の朝。寺の軒端にある梅の木に、一羽の鴬が飛んできた。鴬は、老僧を励ますように喉を震わせ、こう鳴いたのだ。
「初陽、毎朝来、不相還本栖」
それは、鳥のさえずりというにはあまりにも規則正しく、澄み渡った響きだった。老僧が耳を疑い、その音を和歌に直してみると、驚くべき言葉が浮かび上がった。
「初春の 朝ごとには 来たれども 逢わでぞ帰る もとの住み処に」
(春の朝が来るたび、私はここへやってきます。でも、あなた(弟子)に会うことは叶わず、独り寂しく巣へと帰るのです)
「……おお、お前は……亡くなった弟子の化身か」
老僧の頬を、熱い涙が伝わった。言葉を喋れぬ鳥であっても、その心には「会いたい」という切実な願いがあり、それが歌となって空に放たれる。この「鴬の歌」の伝説は、執念が形を変えて言葉になる証明として、後世まで語り継がれることになった。
それから数百年後の平安時代。良定という名のある男が、どうしようもない恋の苦しみに悶えていた。
「この想いを断ち切りたい。……そうだ、住吉へ行こう」
彼は、恋心を忘れさせてくれるという伝説の草「忘草」を探しに、住吉の浜へと向かった。愛する女性に会うこともできず、その面影を振り払うための必死の旅路。だが、浜辺をどれほど歩いても、心は晴れない。
(……忘れたいと願うほど、あの人の声が耳の底に蘇る。私は、救われぬ男だ)
絶望し、砂浜に座り込んだ良定の目の前を、一匹の蛙がのそのそと通り過ぎていった。何気なく、その蛙が這った後の砂模様を見た良定は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
そこには、乱れのない見事な文字――仮名で、一首の歌が記されていたのだ。
「住吉の 浜のみるめも 忘れねば 仮初人に また問われけり」
(住吉の浜であなたを『見る目(海藻の意も掛ける)』が忘れられません。だからこそ、通りすがりの人にさえ、こうして尋ねられてしまうのです)
蛙の這った跡が、そのまま恋の未練を綴った歌になる。それは自然の偶然などではない。蛙という生き物でさえ、自分の恋心が「忘れられること」を拒み、地面にその証を刻みつけたのだ。
これらの物語を思い返しながら、曾我五郎は富士の裾野で自らの太刀を研いでいた。
(鳥も、蛙も、その魂を歌に託してこの世に遺した。……ならば、俺はどうだ?)
化粧坂の女性は、自分への想いを断ち切るために尼となった。兄の十郎は、大磯の虎への愛を形見に託した。
彼らが選んだのは、華やかな言葉ではない。「工藤祐経を討つ」という、命懸けの実行行為そのものを、自分たちの人生という名の『一首の和歌』にしようとしたのだ。
「兄上。鴬が春の朝に戻るように、俺たちもあの日の『約束』の場所へ戻りましょう」
五郎の瞳から、もはや迷いは消えていた。
もし失敗して死んだとしても、自分の執念は風に乗り、雨に混じり、いつか誰かの耳に届く「歌」になる。その確信が、彼を最強の復讐者へと完成させた。
曾我物語 巻第五 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔鴬・蛙の歌の事〕
扨も、「花に鳴く鴬、水にすむ蛙だにも、歌をばよむ物を」と言ひけるは、仁王八代御門孝元天皇の御時、大和の国の葛城山、高間寺と言ふ所に、一人の僧有りけるが、又も無き弟子を先立てて、深く歎き居たり。次の年の春、彼の寺の軒端の梅の梢に鳴く鴬の声を聞けば、「初陽毎朝来、不相還本栖」と鳴きける。文字に移せば、歌なり。初春の朝ごとには来たれどもあはでぞ帰るもとの住み処にと、鴬のまさしく詠みたる歌ぞかし。又、蛙の歌詠みけるとは、良定、住吉に忘草を尋ね行きにし、彼の女房にはあはずして、あくがれ立ちたりし時、蛙、其の前をはひ通る跡を見れば、歌有り。住吉の浜のみるめも忘れねば仮初人にまた問はれけり是又、蛙のまさしく詠みし歌なり。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




