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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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58/109

5-10 十六歳の尼僧。愛を捨てた女たちが辿り着く場所

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 建久四年(1193年)。鎌倉殿・源頼朝が主催する「富士の巻狩り」が、ついにその幕を開けようとしていた。


 だが、復讐という名の修羅道を突き進む兄弟、曾我十郎と五郎の周囲では、彼らの執念に引き寄せられるように、あまりにも美しく、そしてあまりにも凄絶な「愛と死」の物語が完結を迎えようとしていた。


 前回、王を道連れに深淵へと沈んだ貞女の物語を語ったが、実はその話には、震えるような「後日談」が存在する。


 そしてその伝説は、五郎がかつて想いを寄せた鎌倉・化粧坂けわいざかの女性の運命を、劇的に変えることになる。


今回は、異国の王を討った「剣の羽」の伝説。そして、五郎の愛した女性が十六歳で髪を下ろした、あまりにも早すぎる出家の真実を語ろう。


 貞女が夫の後を追って深淵に身を投げた後、その場所には不思議なことが起きた。暗い淵の底から、二つの赤い石が浮かび上がってきたのだ。その石は、まるで生きているかのように、互いに固く抱き合ったまま離れようとしなかった。


「これは、亡くなった夫婦の化身に違いない」


 噂を聞きつけた大王は、自らの傲慢が招いた悲劇を忘れることができず、再びその淵へと行幸した。王の目に映ったのは、寄り添う二つの石。


 すると突然、その石の上から一対の鴛鴦おしどりが飛び立った。仲睦まじく戯れる鳥の姿に、王が見惚れたその瞬間――。


 鴛鴦の一羽が、空中で鋭く身を翻した。その美しい翼の先端、「思羽おもひば」と呼ばれる場所が、陽光を反射して一振りの鋭利な刃と化したのだ。

 

 ザシュッ!!

 

 鳥が通り過ぎた後には、首を失った大王の体が残されていた。鳥はそのまま、愛する者の眠る淵へと消えていったという。それ以来、鴛鴦のその羽は、敵を討つ刃――「剣羽つるぎば」と呼ばれるようになったのである。


 この伝説を、鎌倉・化粧坂の女性は自らの運命に重ね合わせていた。彼女は、エリート武将・梶原景季と、復讐に燃える浪人・曾我五郎、二人の男に想いを寄せられ、その板挟みとなっていた。


(……貞女は両夫にまみえず。私は、どちらの男のものにもなれない)


 五郎が残していった悲痛な和歌。「夢の中でしか逢えないのなら、その夢から覚めない宿が欲しい」という彼の想いに、彼女の心は決まった。


「女は自分を知る者のために、その姿を美しく整えると言います。……ですが、今の私を本当に知ってくれる人は、もうすぐこの世からいなくなる。ならば、この若さも、この美貌も、何の意味がありましょうか」


 彼女は、鏡の前で自らの長い黒髪を、一筋の迷いもなく切り落とした。生年、わずか十六歳。

 

 花の盛りを捨て、彼女は墨染めの衣に身を包んだ。梶原景季の権力も、五郎の激しい情愛も、もはや彼女の心に触れることはできない。彼女は、復讐のために死にゆく五郎と、彼を嘲笑う景季の姿を、仏門という静寂の中から見守る道を選んだのだ。


 この知らせは、すぐに梶原景季の元に届いた。


「……何だと!? あの女が出家しただと!? まだ十六だぞ!」


 景季は激しく動揺した。自分が権力と和歌で手に入れたと思っていた「愛」が、掌から砂のようにこぼれ落ちていったのだ。


 彼はその怒りと悔しさを、曾我五郎への憎悪へと変換した。


「すべては五郎のせいだ。あいつを平塚の宿で追い詰めた時、あの場で殺しておけばよかった……!」


 一方、このことを風の便りに聞いた五郎は、ただ静かに天を仰いだ。


「……優しい人だ。そして、残酷な人だ」


 五郎は、彼女が自分のために「未来」を捨ててくれたことを悟った。彼女が尼となり、祈りの道に入ったことで、五郎は自分を繋ぎ止めるこの世の最後の未練を断ち切ることができたのだ。


「これで、もう何も怖くない。……景季、お前が俺を臆病者と呼びたければ呼ぶがいい。俺はもう、お前たちの住むこの歪んだ世界にはいないのだから」


 物語には、遥か未来の結末がある。化粧坂の女性は、その後、諸国を巡る修行の旅に出た。やがて彼女は、大磯の地で、同じく十郎という愛する人を失った虎と出会う。曾我兄弟を愛した二人の女性は、手を取り合い、共に仏道に励んだ。彼女たちは、五郎や十郎が駆け抜けた「一瞬の閃光」のような人生を、八十歳を超える長寿の中で語り継ぎ、静かに往生の素懐を遂げたという。


 「人は世に有りとも、よくよく思慮有るべきものを」


 五郎時致が富士の裾野で工藤祐経を討ち、その首を掲げた時、かつて彼を笑った景季は、その圧倒的な「志」の前に一言も発することができなかった。

 

 復讐、愛、出家、そして伝説。すべてが富士の煙の中に消えていく中で、彼女たちの祈りだけが、今も風の中に響いている。




曾我物語 巻第五 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔鴛鴦おし剣羽つるぎばこと


 幾程いくほどくして、ふちの中に、あかきいし二出たり、いだきはせてぞりける。「これ不思議ふしぎなり。かんはく夫婦ふうふ姿すがたなるをや」と、人申まうしければ、大王だいわうこしし、なほりし面影おもかげわすがたくて、また官人くわんにんもろともに、ふちほとり行幸ぎやうがうり、叡覧えいらんりければ、まうすにたがはず、まこといし二有り。不思議ふしぎおぼところに、いしうへに、鴛鴦おし鳥一ひとつがひがりて、鴛鴦ゑんわうふすまの下なつかしげにたはぶれけり。これも、かれせいにてもやと御覧ごらんじけるに、鴛鴦おしがり、思羽おもひばにて、わうくびをかきとし、ふちせにけり。れよりして、思羽おもひばをば剣羽つるぎばともまうすなり。


 〔五郎ごらうなさけけしをんな出家しゆつけこと


 貞女ていぢよ両夫りやうふにまみえずとは、をんなことなり。如何いかなる貞女ていぢよか、二人ふたりおつとえし、如何いかなるにてか、数多あまたまれつらん。らぬだに、われ風情ふぜいものは、欲心よくしんまひすると、ならはせり。「おのれものために、かたちをつくろふ」と、文選もんぜん言葉ことばなるをや。われまた、かひがひしくければ、景季かげすゑまこと妻女さいぢよるべきにてもし、来世らいせこそつひなれ。うへうたには、神もほとけ納受なふじゆし、慈悲じひをたれたまふ。れば、花にうぐいすみづにすむかはづだにも、うたをばよむぞかし。いはんや、人として、如何いかでかこれぢざるべき」とて、うたみて、かずならぬこころの山のたかければおくふかきをたづねこそつるなほおもでとものふにはれぬなさけなりけりまことや、「天人のいんせざるところは、わざわひりて、しかもわざわひし」と、東方朔とうばうさく言葉ことばおもられて、しかるべき善知識ぜんぢしきたづね、生年しやうねん十六歳さいまうすに出家しゆつけして、諸国しよこく修行しゆぎやうして、後には、大磯おほいそとらたづね、道心にぎやうして、いづれも八十余にして、往生わうじやう素懐そくわいげにけり。がたかりしこころざしとぞきし。源太げんだ左衛門さゑもん景季かげすゑは、こときて、もとよりをんなこころざま尋常じんじやうにして、うたみちにもやさし。いまは、曾我そが五郎ごらうこそかたきなれ。はんところにて、本意ほんいたつせんとおもひければ、さてこそ、平塚ひらつかの宿まではおひたりけれ。とき景季かげすゑいきほひまたならぶ人やるべきなりしかども富士野ふじの裾野すそのにては、まことをとこがましくもえざりしぞかし。れば、「人はりとも、よくよく思慮しりよるべきものを」とて、皆人みなひとまうはれけり。五郎ごらうも、ことつたきて、やさしくも、またこころもとくもぞおもひける。これりて、いよいよとも、ともらで、おもことのみいそぎけるは、ことわりぎてぞ、あはれなる。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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