5-1 馬もない、金もない、あるのは殺意だけ
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
建久四年。鎌倉殿・源頼朝の権威を誇示するため信濃の国、浅間野に於いて大規模な軍事パレードが計画された。
だが、この華やかなイベントの陰で、ボロボロの草鞋を履き、殺意だけを研ぎ澄ませた二人の男がいた。
「信濃の浅間野で大規模な巻狩りが行われるらしいぞ」
鎌倉中に触れが出回った。近国の武士たちは、こぞって最高級の馬と鎧を新調し、頼朝にアピールしようと躍起になっている。そんな中、曾我五郎は兄の十郎に目を輝かせて言った。
「兄上、チャンスです! 浅間野なら混乱に乗じて奴(工藤祐経)を仕留められる。行きましょう!」
だが、兄の十郎は溜息をついた。
「……五郎、現実を見ろ。信濃まで行くのに、俺たちの今の懐で何ができる。最低でも馬が四、五匹はいなきゃ、他の武士に笑われるし、何より移動が持たん」
これに対する五郎の返答は、後の「曾我五郎」の狂気と合理性を象徴するものだった。
「兄上、考え方が古いです。馬を引かせ、着飾って見栄を張るのは、世間に認められたいヤツらのすること。俺たちは復讐者ですよ? 恥なんて捨てればいいんです。
蓑を被り、笠を被り、ワラ草鞋で足元を固めて、雑兵に紛れればいい。荷物持ちのフリをして宿場に潜り込むのが、一番確実な潜伏です。鎌倉殿だって、まさか俺たちが徒歩でついて来ているなんて夢にも思わないでしょう」
「……お前、本気か?」
「本気です」
十郎は弟の迫力に押され、「わかった……やってみよう」と頷いた。
こうして、伝説の「曾我兄弟」は、きらびやかな武士団の後ろをトボトボと歩く、ボロを纏った「自称・雑用係」として信濃への旅を開始した。
頼朝の一行が武蔵の国・関戸の宿に着いた。警備は厳戒態勢だった。
「泥棒に馬を盗まれるな! 怪しいヤツは即刻捕らえろ!」
梶原景時率いる警備隊が目を光らせている。兄弟は夜も眠れず、暗殺の隙を窺って宿の周りを徘徊したが、あまりのガードの固さに手が出せない。
翌日、入間の久米では、空を舞う鳥を狙う「追鳥狩」が始まった。兄弟は勢子(せこ:獲物を追い出す役)に紛れ、木の杖を振り回して山を走り回った。
(クソッ……!)
五郎は歯噛みした。目の前を仇の工藤祐経が馬で颯爽と駆け抜けていく。だが、自分たちは徒歩。おまけに武器は隠し持った太刀一本。弓矢を持った武士たちの中では、あまりにも「射程」が足りなかった。
その夜、一行は入間川の宿へ。五郎は一か八かの賭けに出た。なんと、夜回りの番兵のフリをして工藤祐経のテント(屋形)に近づいたのだ。
「火の用心! 怪しい他国者が紛れ込んでいるそうですぞ、お気をつけて!」
太刀をさりげなく隠し、堂々と各テントを呼び歩く五郎。
(これならいける……!)
だが、祐経のテントを覗き込んだその瞬間。
丁度、中にいたの新田三郎と目が合った。新田は、笠の奥にある五郎の「鋭すぎる眼光」に直感的な違和感を覚えた。
「……ん? 貴様、誰の部下だ?」
「ひ、ひぇっ! 上様にお仕えする下働きでございます! 失礼いたしました!」
五郎は光速でバックステップを踏み、闇の中へと消えた。まさに九死に一生である。
逃げるようにテントを離れた五郎だったが、運悪くあるいは運良く、頼朝の御前から下がってきたばかりだが、畠山重忠と鉢合わせしてしまった。
松明の光が五郎を照らす。重忠の部下が「止まれ! 何者だ!」と声を荒らげた。五郎は終わったと思った。
だが、重忠は五郎のボロを纏った姿をじっと見つめた後、静かに言った。
「……咎めるな。その者は、通してよい」
重忠は、すべてを察していたのだ。かつて自分が命を救ったあの少年の成長した姿を。そして、なぜ彼がこんな格好でここにいるのかを。
後日、兄弟の元に重忠から極秘のメッセージと差し入れが届いた。
「お前たちの志、しかと見た。私は何も言わん。だが、もし何かあれば私が後ろ盾になろう。これを食って、耐えろ」
届けられたのは、わずかばかりの兵糧。十郎と五郎は、何も言わずにその糧食を噛みしめた。
「……重忠殿は、見ていてくれるんだな」
一行はついに上野と信濃の境、碓氷峠に達した。
朝倉山の美しい景色。勢子たちの叫び声が響き渡り、いよいよ巻狩りの本番が始まろうとしたその時。空が、豹変した。凄まじい雷鳴。バケツをひっくり返したような豪雨。それまでの豪華絢爛な武士たちの姿は一瞬で崩れ去った。
頼朝も、祐経も、大名たちも。みんなビショ濡れになり、高価な直垂はしおれ、泥にまみれ、慌てて茅で作ったボロ蓑や笠を被って避難した。その光景を見て、五郎は不敵に笑った。
「兄上、見てください。あいつら、結局俺たちと同じ『ボロ蓑』姿じゃないですか」
最高に「ダサい」姿になった権力者たち。その日はあえなく狩りは中止となり、一行は碓氷へと引き返した。
暗殺は、今回も果たせなかった。だが、兄弟は確信していた。この嵐の中でも、自分たちの殺意だけは一滴も濡れていないことを。
浅間野の狩りは不完全燃焼に終わった。だが、頼朝は次の開催地を決めている。
「次は……富士の裾野だ。あそこで、もっとデカいヤツをやるぞ」
工藤祐経は、まだ自分の背後に死神が張り付いていることに気づいていない。ターゲットとの距離、残りゼロ。曾我兄弟は、再びボロを纏い、富士へと向かう。
曾我物語 巻第五(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔浅間の御狩の事〕
刑鞭蒲くちて、蛍空しくさり、諌鼓苔深うして、鳥驚かせぬ御世、静かなるに依り、頼朝は、昼夜の遊覧に、月日の行くを忘れさせ給ひけり。或る時梶原を召して、「さしたる事も無きに、国々の侍を召すに及ばず、近国の方々(かたがた)、有り合はんに従ひて、用意有るべし。信濃の国浅間野をからせて見ん」と仰せ下されけり。景時承りて、此の由相ふれけり。面々の支度、分々の大事とぞ見えし。曾我の五郎聞きて、兄に申しけるは、「信濃の浅間をからるべきにて、近国の侍にふれられ候ふ。哀れ、御供申して、便宜を窺ひ候はばや。斯様の所こそ、よき間も有りぬべく候へ。思し召し立ち候へ」と申しければ、「如何せん、信濃まで御供仕り候はば、我等が中に、馬の四五匹も有りてこそ、思ひ立ため」と言ふ。「斯様に思し召し候はば、此の事、一期の間、適ふべからず。恐れ入りて候へども、悪しき御心えと存じ候ふ。君に仕へ、御恩かうむり、いみじき身にても候はば、馬をも引かせ、乗りがへをも具して、美々(びび)しく候ふべし。斯様の事思ひ立つ身は、恥をも思ふべからず、栄華名聞は、世に有りての事にて候ふ。只、蓑笠・粮料持ちたる者、四五人召し具し、姿をかへて、わら沓しばりはき、弓矢はことことし、太刀ばかりにて、雑人に交はり、宿々にて、便宜を窺ふにはしくべからず。曾我には、三浦・北条にて、いつもの如く遊ぶらんと思し召し候ひなん」と申しければ、「然るべし」とて、出でにけり。其の日ばかりは、馬にぞ乗りたり。誠に思ひ入りたる姿、哀れにぞ見えし。鎌倉殿は、武蔵の国関戸の宿につかせ給ふ。「旅宿の習ひ、盗人に馬取らるるな。あやしき者あらば、かたく咎むべし」など、用心厳しかりければ、寸の間も無かりけり。兄弟の人々は、夜もすがら微睡む程の枕にも打ちねずして、此処や彼処に徘徊して、明かしけるこそ、無慙なれ。明けければ、入間の久米にて、追鳥狩ぞ有りける。此の人々(ひとびと)も、勢子の者共に交はり、かり杖振りたてて、心も起こらぬ鳥をたて、落葉に目をば懸けずして、もしも尋ぬる人もやと、岡の遠見立ち交はり、此処や彼処に狙へども、敵は馬にて馳せめぐり、彼等はかちなる上、弓矢持たざれば、空しく余所目ばかりにて、其の日も暮れてはてにけり。入間川の宿に、其の夜は、つかせ給ふ。国々の人々 参りて、辻がため厳しかりければ、此の人々は、夜まはりの者にかきまぎれ、「御用心候へ。他国より、盗賊数多こして候ふなる。宿々の番の人々、打ちとけ給ふべからず」と、太刀引きそばめ、屋形屋形を言ひめぐる。見知りたる人無ければ、哀れよきかと打ちうなづき、祐経が屋形へぞ忍び入る。不運の極めにや、折節、新田の三郎客人にて、若党数多立ち隔て、馬見て、庭に立ちたりしが、笠の内、あやしと見入れ、立ちのけば、また便宜悪しくて、「是は、御前へ参り候ふ雑色なり。帰りて参らん」と陳じて、足早にこそ出でにけれ。畠山の重忠、御前より帰られけるに、行き合ひたり。あはやと思ひ、松明のかげへぞ忍びける。雑色、燈火を振りたてて、「何者ぞ」と咎めにけり。重忠聞きて、「咎めず共の者ぞ」と宣へば、物をも言はで、過ぎにけり。姿ばかりにて、見知り給ひつると、後には思ひ知られける。重忠、此の人々の屋形へ消息有り。「御志共、哀れに覚え候ふ。わざと詳しくは申さず候ふ。後楯にはなり申すべし。御用意こそ候ふらめ」とて、粮物少し送られけり。此の人々(ひとびと)は、返事言ひ難くして、「只畏まり存じ候ふ」とばかり言ひて、返しける。かくるるとはすれども、然るべき人は知りけり。万、余所目を忍ぶ事なれば、其の夜も、空しく明けにけり。次の日は、大倉・児玉の宿々にて、便宜を窺ひけれども、七党の人々、用心厳しくしければ、其の日も打たで、暮れにけり。其の夜は、上野の国松井田の宿につき給ふ。其の夜、其れにて狙へども、山名・里見の人々(ひとびと)、宿直に参り、用心隙無くて、打つべき様は無かりけり。明くれば、信濃と上野との境なる碓氷の南の坂の下につき給ふ。其の夜も、両国の御家人集まりて、辻々を固め、知らざる者を咎むれば、よりて打つべき様も無し。次の日は、碓氷峠に打ち上がりて、矢立の明神に上矢を参らせ、御狩始め渡らせ給ひけり。朝倉山に影深く、露ふき結ぶ風の音、まつばかりとやたはぶらん。又立ち残るうす雲の、峰よりはるる朝ぼらけ、梢まばらの遠里は、小野の里にや続くらん。所々の高草の、下に声有る谷の水、岩間岩間に伝ひ来て、勢子声、かり杖、音しげく、折から心すごくぞ、からせ給ひける。野守も、驚くばかりなり。然る程に、はれたる空、俄にかきくもり、なる神おびたたしくして、雨かき暮れてふりければ、鎌倉殿を始めとして、皆々とどこほり、興を失ひ、花やかなりし姿共、思ひの外に引きかへて、茅草の蓑、菅の小笠、変はりはてたる村雨に、袂はしをれ、裾はぬれ、上下共に露けき色、無興と言ふも余り有り。其の日は、碓氷に帰り給ひぬ。旅宿の盗人有るべしとて、国々の侍、参り集まり、辻々をぞ固めける。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




