4-12 彼らが愛した人々、彼らを愛した人々
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
物語の舞台は、鎌倉幕府が盤石の態勢を整えつつあった建久年間。源頼朝の冷徹な統治下で、牙を剥く機会をじっと待つ曾我兄弟。
しかし、復讐という大願を完遂するためには、時に愛する人さえもその渦中に巻き込み、嘘を重ねて生きなければならない。
兄・曾我十郎 祐成がその魂を唯一預けた女性、絶世の美女・大磯の虎との、あまりにも美しく、そして切ない物語。
大磯の宿場町に、その名は轟いていた。長者の娘、虎。母は大磯の有力者、父はかつて東国へ流された京都の貴族・伏見大納言 実基。
彼女は単なる遊女ではない。和歌を嗜み、古の物語に精通し、その立ち居振る舞いは雲居の上の貴人にさえ劣らぬ、まさに「高嶺の花」だった。
(……男の心ほど、頼りないものはないわ)
五月、雨の季節。虎は簾の近くに立ち、ぼんやりと外を眺めていた。十郎祐成。あの人が私の元に通い始めて、はや三年。千代万世の契りを交わしたはずなのに、最近は足が遠のいている。
「時鳥……。鳴き声が今の私にはあまりにも切ないわ」
夏山に鳴く時鳥の声に、虎は自らの儚い運命を重ねていた。武士の妻にはなれない。かといって、ただの遊び相手でもない。この「宙ぶらりん」な関係が、いつか音を立てて崩れる予感に、彼女の目には涙が浮かんでいた。
その時だった。激しい馬のいななきが響き、一騎の武者が虎の広縁のすぐ側まで駒を寄せた。三浦での一悶着を終え、泥に汚れながらも、その瞳に鋭い光を宿した男――曾我十郎祐成だ。
「――虎! しばらくだな。寂しい思いをさせたか?」
十郎は馬を下りると、手に持った鞭で無造作に簾を跳ね上げ、部屋へと踏み込んできた。虎は驚き、そしてあまりの「放置」への恨めしさから、顔を伏せて奥へと逃げようとした。
「なっ……何です、急に! 返事もしませんわ!」
「おやおや、手厳しい。無骨な俺を嫌いになったか?」
十郎が強引に腕を掴む。虎は泣き顔を見られたくなくて抵抗したが、ついに折れて十郎の胸に顔を埋めた。
「……酷いですわ。この数日、どれほど不安だったか。あなたがどこか遠くへ行って、二度と戻らないのではないかと……」
「……その通りだ。だからこそ、今夜はここには止まらない」
十郎の言葉に、虎がハッと顔を上げた。
「え……?」
「俺の里、曾我へ来い。お前を馬に乗せて、今すぐ連れて行く」
十郎は、虎を自らの愛馬に乗せると、背後から彼女を抱くようにして手綱を握った。五月雨に煙る夜道。
本来なら、母の目が厳しい曾我の館に、馴染みの女を連れて帰るなど正気の沙汰ではない。だが、十郎は知っていた。これが、彼女を「十郎の妻」として曾我の土を踏ませる、最初で最後の機会になることを。
「……十郎様。どうして、急に?」
「……。ただ、お前に見せておきたい景色があるだけだ」
十郎の背中越しに伝わる鼓動。虎はその温もりに身を任せながらも、彼が纏う「死」の気配に、密かに震えていた。
曾我の里に着くと、十郎は母の目の届かない北向きの離れに、虎を静かに隠し置いた。そして、行縢を脱ぐ間も惜しんで、最愛の母の元へと向かった。
「――母上、祐成が戻りました」
母は、十郎の顔を見て、安堵の溜息を漏らした。
「……祐成。どこをほっつき歩いていたのです。箱王のあのアホウは行方も知れず、不孝の極み。ですが、あなただけは……。あなただけは、亡き夫(河津三郎)の形見だと思って、毎日生きた心地がしませんでしたよ」
母は十郎の肩を叩き、くどくどと言葉を重ねる。
「どうか、私のために生きて。五日に一度、いや三日に一度は顔を見せておくれ。お前までいなくなったら、私は……」
十郎は、ただ静かに扇を握り直し、床を見つめていた。その瞳から溢れそうになる涙を、必死に堪えて。
(母上……。ごめんなさい。……俺はもうすぐ、あなたの前からいなくなります。あなたの愛を裏切り、父上の仇を討つために、この命を捨てに行きます)
「……はい。何事もなく、親しい者のところで遊んでいただけですよ」
十郎のついた嘘。それは、この世で最も悲しい「孝行」だった。
母の元を辞した十郎は、虎の待つ離れへと戻った。外では雨音が強くなり、時折、風が激しく館を揺らす。
「――虎。今夜はゆっくり休め。明日からは、また忙しくなる」
十郎は虎を抱き寄せ、枕元で睦言を囁いた。だが、その言葉の一つ一つが、永遠の別れを告げるレクイエムのように、虎の心に響いた。
曾我物語 巻第四 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔虎を具して、曾我へ行きし事〕
かくて、月日を送りけるが、定むる妻もつべからずとて、只虎が情ばかりに引かれて、折々(をりをり)通ひなれける。互ひの志の深さは、たたふつくんにも劣らず、千代万世とぞ契りける。抑、此の虎と申すは、母は、大磯の長者、父は、一年東に流されし、伏見の大納言実基卿にてぞ坐しましける。男女の習ひ、旅宿の徒然、一夜の忘れがたみなり。然れば、虎が心様、尋常にして、和歌の道に心を寄せ、人丸・赤人の跡を尋ね、業平・源氏の物語に情を携へ、春は、花の梢にちりまがふ霞がくれの天つ雁、雲居の上に心を残し、秋は、月の前にくもらぬ時雨の夜嵐に、明け行く雲のうき枕、鹿の音近き虫の声、哀れを催す小田守の、庵寂しさまでも、心を遣らぬ方は無し。住みも定めぬ世の中の、移り変はるも恨めしく、こひの暮れとや偽りを、頼み顔なるうら情、向かひて言ふもさすがなり。さてまたいつと夕つ方、五月始めの事なるに、南面の御簾近く立ち出でて、来し方行く末の事共、つくづく思ひつらぬるに、誠に男の心程、頼み少なき物は無し、実に浅からず契りしも、空しかりける妹背の中、頼みP195し末もいつしかに、変はりはてぬる言の葉かな。さて又、いつの同じ世に、あひて恨みを語るべき。実にや、昔を思ふに、「物は遠きを珍しと、しはまれなるを尊しとす」と雖も、何とてさのみうときやらんと、涙にむせぶ夕暮に、五月雨の風よりはるる雲の絶間、其れとしも無き時鳥、只一声に聞き絶えぬ、憂き身の上もかくやらんと、古歌を思ひ出でて、夏山に鳴く時鳥心あらばもの思ふ身に声な聞かせそ W004と打ちながめて、立ちたる所に、十郎、三浦より帰りけるが、たたずみたる縁の際に、駒打ち寄せ、広縁に下り立ち、「如何にや、程遙かに、見参に入らざる、心許無きよ」とて、鞭にて簾打ち上げ、立ち入りければ、虎は返事もせずして、内に入りぬ。祐成、心得ず思ひ、「情は人の為ならず、無骨の所へ参りたり。又こそ参らめ」とて、駒引き寄せ、乗らんとす。虎、急ぎ立ち出でて、「然様には思ひ奉らず。此の程、かき絶え給へる恨めしと言ひ、万世の中のあぢきなくて、涙のこぼるる顔ばせの恥づかしくて」と、打ち笑ひて、袖差しかざし、「申すべき事の候ふ。しばしや」とて、直垂の袖に取り付きたる。心弱くも、祐成は、引かるる袖に立ち返り、「さぞ思すらん。此の程は、立つ名の余所にやもるると、粗略は無きを、何と無く打ち守られける、本意無さよ」と、こまごまと語りP196て、「今宵は、此処に止まりつつ、枕の上の睦言を、夢にもさぞと思へ共、さして所望の子細有り。いざさせ給へ」とていざなひ、乗りたる馬に打ち乗せ、曾我の里へぞ帰りける。日頃、世に無し物の君を思ふとて、内々(ないない)母の制し給ふ由、ほの聞きければ、幾程有るまじき身の、心苦しく思はれ奉らじとて、母がもとより北に作りたる家有り、此処に隠し置きぬ。祐成、此の程、遙かに母を見奉らず、参りて見参らせんとて、沓・行縢、未だ脱がざるに、母の方へぞ出でける。祐成を見給ひて、「如何にや、遙かにこそ覚ゆれ。中々(なかなか)、御房、斯様にあらば、見んとも思ひ寄らじ。いきて、童が孝養に、つねに見え給へ。わ殿の父、打たれ給ひて後は、偏に形見と思ひ、いとほしくも、頼もしくも思ふぞとよ。箱王と申せし悪者は、不孝にして、行方も知らず。わ殿は何を不審して、此の程遙かに見え給はぬぞ」とくどき給ひけり。後に思ひ合はすれば、添ひはつまじきにて、斯様也と哀れ也。十郎承りて、無慙の子やと御覧ぜんも、今幾程と哀れにて、「何と無く、親しき方に遊び候ふ」とて、扇を取り直し、忍ぶ涙は、隙も無し。母又仰せられけるは、「是程にことことしく、親に思はれて何にかはせん。せめて五日に、一度は見え給へ」と有りければ、十郎涙を抑へ、「承りぬ」とて、罷り立ちにけり。虎をば、其の夜止め置きけり。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




