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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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46/109

4-10 かつての恋と、残酷な奪還

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 源頼朝の冷徹な統治下で、牙を剥く機会をじっと待つ曾我兄弟。しかし、彼らの前途には、仇討ちという大願以外にも、過去の「女の因縁」という名の厄介なイベントが待ち受けていた。


 それは、曾我兄弟がまだ伊豆の伊東にいた頃の話だ。十郎には、幼馴染おさななじみの恋人がいた。土肥弥太郎の娘。二人は従姉妹同士であり、幼い頃から共に育ち、やがて自然に惹かれ合った。


(……いつか、この人と添い遂げられたなら)


 そんな淡い夢を抱いたこともあった。だが、十郎は自らの宿命を知っていた。父の仇討ち。それは、いつ死んでもおかしくない修羅の道だ。


 十郎は彼女を愛しながらも、正式な妻として迎えることをあえて避けた。愛する者を「未亡人」にするわけにはいかない。その優しさが、結果として二人を引き裂くことになる。


 事情を知らぬ彼女の父は、年頃になった娘を一人にしてはおけぬと、鎌倉の有力者・三浦平六兵衛義村との縁談を決めてしまった。


 彼女は十郎に何度もふみを送ったが、十郎は心を鬼にして返事を出さなかった。

 

 結局、彼女は三浦家へと嫁ぎ、十郎の初恋は「未練」だけを残して終わった――はずだった。


 数年後。三浦義村が京都での任務(在京)のため鎌倉を離れていた時のことだ。十郎の元に、彼女から一通の文が届いた。

 

「……まだ、忘れられません」


 かつての恋心に火がついた彼女が、留守中に十郎に連絡を取ってきたのだ。十郎は、「これはまずい。今の彼女は三浦の妻だ。返事を出せば、彼女の身を危うくする」と、この文を完全に無視し、返信も一切しなかった。


 しかし、鎌倉という場所は恐ろしい。「壁に耳あり」だ。


 『曾我の十郎が、三浦の留守を狙って奥方に文を送っているらしい』


 そんな歪められた噂が、京都にいる義村の耳に届いてしまった。任務を終え、憤怒の形相で鎌倉へ戻ってきた義村。その脳内には、曾我兄弟への殺意が渦巻いていた。


 運命の日。曾我兄弟が三浦から曾我の里へと戻る途中、鎌倉の入り口・腰越の浜辺で、向こうからやってくる重装備の一団と鉢合わせた。


 先頭に立つのは、当代随一の智勇を誇る武将、三浦義村。対する曾我兄弟は、貧しい浪人ろうにん姿の二騎。

 

 兄弟は相手が三浦の軍勢とは知らず、「お偉いさんが通るなら」と馬を傍らに寄せて道を譲った。だが、義村は通り過ぎるどころか、わざと馬を兄弟の目の前に押し寄せ、進路を塞いだ。


「――おい、十郎。俺が京都にいる間、随分と面白いことをしてくれたそうだな」


 義村の声は、地を這うような怒りに満ちていた。周囲を六、七騎の精鋭が取り囲む。十郎は、あざ笑うように軽やかに答えた。


「……はて。何のことやら。人の讒言ざんげんに耳を貸されるとは、三浦殿ともあろうお方が情けない。もしや、身に覚えのない嫉妬でお狂いですか?」


「貴様……ッ!」


 義村が刀の柄に手をかけた、その瞬間。背後にいた弟の五郎が、目にも止まらぬ速さでうつぼから巨大な雁股かりまたの矢を引き抜いた。


「――一歩でも動いてみろ。その首、この矢で貫いてやる」


 義村は、息を呑んだ。目の前にいる十九歳の少年の顔には、恐怖など微塵もなかった。そこにあるのは、「いつ死んでもいい。だが、死ぬ時はお前を必ず道連れにする」という、極限の狂気。


(……こいつら、本物だ)


 義村は計算した。自分はこの後、鎌倉幕府の重職に就き、栄華を極める身。片や曾我兄弟は、明日をも知れぬ浪人。こんな「失うものがない狂犬」と刺し違えるのは、あまりにもコスパが悪い。


「……ふん。冗談だ。十郎の度胸を試しただけよ」


 義村は、にがにがしい表情を作りながら、無理やり笑って刀から手を離した。


「……行け。お前たちの不遇ふぐうに免じて、今日は見逃してやる」


 兄弟は悠然と、義村の軍勢の間を通り過ぎていった。五郎が弓を仕舞いながら呟く。


「……兄上。あいつ、次は殺しておきましょうか」


「よせ。今は工藤祐経が先だ」


 この日、兄弟が生き延びたのは、彼らが「弱く見えなかった」からではない。「命を軽く見せ、名を重く見せた」からだ。死を恐れぬ執念は、数千騎の軍勢をも凌駕りょうがする武器になる。


 しかし、女の因縁はこれで終わったわけではない。この一件により、三浦一族と曾我兄弟の間には、消えない「火種」が残されることになった。




曾我物語 巻第二 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔平六兵衛へいろくびやうゑ喧嘩けんくわこと


 此処ここに、十郎じふらうにあてて、おもはざる不思議ふしぎこそけれ。ゆゑ如何いかにとたづぬるに、三浦みうら平六兵衛へいろくびやうゑ妻女さいぢよは、合沢あひざは土肥とひ弥太郎やたらうむすめなり。の人々とは従姉妹いとこなり。幼少えうせうより、叔母おばやうぜられて、伊藤いとうりけるほどに、十郎じふらうと一所にそだちけり。やうやう成人せいじんするほどに、十郎じふらうかれしのびて、なさけけたりける。たがひのこころざしふかければ、いへにもりすゑ、まことつまにもさだむべかりしを、かたきたんとおもひけるあひだいへわすれて、ただをんなのもとへぞかよひける。かくて、日数ひかずをふるほどに、ちちこれをばらずして、平六兵衛へいろくびやうゑにあはすべしとてこひけり。しのことなりければ、らで、成人せいじんむすめ一人ひとりおくべきにあらずとて、三浦みうらりにけり。をんなまた、「かることり」とふべきにあらねば、十郎じふらうかたへ、しのびてふみり、くはしくふ。れども、けはけはしく、まことつまともたのまざりければ、うらみのそでしをるるのみにて、おやにはからはれて、ちからおよばずして、義村よしむらかたきにけり。れども、こころざしふかければ、とき義村よしむら在京ざいきやうひまに、しのびて十郎じふらうがもとへふみつかはしけり。従姉妹いとこふみなりければ、祐成すけなりて、くるしからずとおもひけれども、留守るすあひだは、しかるべからずとて、返事へんじもせざりけり。人のくちのはかなさは、義村よしむららせたりけり。不思議ふしぎおもひ、内々(ないない)たづかばやとおもほどに、京都きやうと御用ごようぎて、鎌倉かまくらまゐりけるに、曾我そがの人々(ひとびと)は、三浦みうらよりかへさまに、腰越こしごえにてひけり。兄弟きやうだいの人々(ひとびと)は、三浦みうら殿とのばらとはらで、馬鞍むまくらぐるしとおもひければ、かたはらこませ、人々(ひとびと)をとほさんとす。平六兵衛へいろくびやうゑは、曾我そが十郎じふらうて、日頃ひごろ便宜びんぎよろこび、郎等らうどう二三騎りけるを、はるかのあとのこしおき、むねとのもの六七騎あひして、の人々(ひとびと)のかくたるふねかげせ、「まことや、御分ごぶんは、義村よしむら在京ざいきやうあひだことり」と、にがにがしくけたり。れども、十郎じふらうことともせず、あざわらひ、「いかさま、人の讒言ざんげんおぼさうらふ。よくよくたづこしさうらへ。斯様かやう次第しだい見参げんざんり、ぢきにうけたまはさうらところ所縁しよえんしるしぞんずるなり仮令たとへあやまとも一度いちど御免ごめんにやかうぶるべき」とぞひける。五郎ごらうは、義村よしむらおほきにいかりたる気色きしよくて、うつぼよりだい雁股かりまただし、矢先やさき義村よしむらにあて、ただ一矢おも顔魂かほたましひあらはれたり。義村よしむら五郎ごらういきほひて、まこと大剛だいかうのをこのものなり命勝負いのちしようぶしては、そんなり、後日ごにちをこそとおもしづめて、なに辞儀じんぎして、しづまりぬ。の人々(ひとびと)、ことよわくもえなば、すなはうちちがへべきていなりしかども、五郎ごらうも、おもりたるいろえければ、ままとほりにけり。をかろくして、おもくすれば、十分じふぶんぬべきがいのがるるとは、斯様かやうことふべきにや、不思議ふしぎなりしことどもなり。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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