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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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4-9 絶世の美女との恋と、目の前の仇の首

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 物語の舞台は、鎌倉幕府が盤石の態勢を整えつつあった建久年間。相模の海風が吹き抜ける宿場町、大磯。


 そこに、天下にその名を知られた長者の娘、虎という名の傾城けいせいがいた。数えで十七。その美しさは、かつて唐の皇帝を狂わせた楊貴妃の再来か、あるいは天女が地上に降り立ったかと言われるほど。


 そんな彼女の元へ、曾我十郎は三年前から密かに通い詰めていた。


「楊貴妃のえくぼを写し取り、絶世の美人の唇を現したかのようだ……」


 人は彼を「恋に溺れた色男」と笑った。だが、その裏側。十郎が虎の元へ通うのは、単なる享楽のためではない。弟の五郎もまた、影のように兄から離れず、常にその背後に控えていた。


 大磯は、鎌倉と伊豆を結ぶ交通の要衝。ここを拠点にしていれば、いつか必ず、仇である工藤祐経が通る。彼らは愛の囁きを聞きながら、同時に街道を行き交う馬の足音に、全神経を集中させていた。


 ある日のこと。いつものように大磯に潜伏していた兄弟の元に、激震が走った。


「――兄上、来ましたよ。あの『香色の直垂ひたたれ』……間違いありません。工藤祐経です!」


 五郎が、鋭い眼光で街道の先を指差した。伊豆の領地から鎌倉の御所へと参上する、祐経の一行だ。十郎の心臓が、ドクンと跳ね上がった。


「ついに……ついにこの時が来たか。十七年、この瞬間のために俺たちは泥をすすって生きてきたんだ。……五郎、準備はいいか」


「もちろんです。弓の弦は張り詰め、矢も十分にあります。この先の砥上原とがみがはら……あそこは遮るものがない。あそこで一気に追い付き、奴を馬から射落としましょう!」


 兄弟は馬に飛び乗り、土煙を上げて仇の背後を追った。視界の先には、憎き祐経の背中。今、この瞬間に矢を放てば、復讐は終わる。


 だが、砥上原で敵の全貌を捉えた瞬間、十郎の動きが止まった。


「……待て、五郎。様子がおかしい」


 祐経の周囲を固めているのは、ただの郎党たちではなかった。一団の中央に、一際落ち着いた、しかし凄まじい威圧感を放つ若き武将がいた。


 江間えま小四郎こしろう。後の鎌倉幕府二代執権、北条義時である。彼の周りには、選りすぐりの精鋭武者、五十余騎が隙なく並び、祐経を鉄壁の陣で守っていた。


「……五郎。今の俺たちは、たった二騎だ」


 十郎の声は、冷徹なまでに冷静だった。


「あの中に飛び込めば、祐経の首を獲る前に、俺たちは北条の軍勢に揉み潰されるだろう。し損じて逃げられれば、二度とチャンスは来ない。……これは、俺たちの全人生を賭けた一撃だ。こんな博打で、無駄にするわけにはいかない」


 五郎の拳が、馬の鞍をミシリと鳴らすほどに握りしめられた。


「……しかし、兄上! 目と鼻の先に、あの男がいるんですよ!? 逃がすというのですか!」

「逃がすのではない。『最高の死に場所』を待つのだ。……今は、ただの通りすがりの旅人を装うぞ」


 兄弟は、弓を隠し、表情を殺した。そして、平然とした顔で祐経の一行の横を通り過ぎた。


 祐経が、ふとこちらを見た。


 かつて箱根で対面した少年(箱王)だと気づいているのか。それとも、単なる浪人だと思っているのか。すれ違う瞬間。空気の温度が数度下がったかのような緊張感が走る。


 馬のいななき。鎧の擦れる音。兄弟は、祐経の喉笛を噛み切りたい衝動を抑え込み、ただ真っ直ぐに前を見据えて歩ませた。


 一行が通り過ぎた後、五郎が吐き出すように言った。


「……ここで引き返せば、怪しまれますね」


「ああ。奴は鎌倉へ行く。俺たちはこのまま三浦みうらへ向かうぞ。親戚への挨拶という名目でな。……祐経、お前の命、もう少しだけ預けておいてやる」


 鎌倉へと悠然と向かう工藤祐経。三浦へと馬を向ける曾我兄弟。道は分かれた。だが、この日の「ニアミス」は、兄弟の殺意をより純粋に、より冷酷に研ぎ澄ませることになった。


 数の暴力。権力の壁。それらを突破するには、もはや正面突破では不可能だ。

 

 狙うは、軍勢の目が逸れる「一夜」。そして、頼朝が計画しているという、富士の裾野での「大規模な巻狩り」。


 そここそが、自分たちの墓場であり、祐経の終着駅になる。


「兄上、次は……逃しませんよ」


「ああ。富士の山を、奴の血で染めてやろう」




曾我物語 巻第四 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔大磯おほいそとらおもむること


 れば、しうれんのせいつきずして、大磯おほいそ長者ちやうじやむすめとらひて、十七歳さいになりける傾城けいせいを、祐成すけなりの、年頃としごろおもめて、ひそかに三年みとせかよひける。これや、ふる言葉ことばに、「うつたりや楊妃やうひらうのえくぼを、あらはせりにんみんあをきたるくちびるを」なんどおもだして、折々(をりをり)なさけのこしける。五郎ごらうも、かげごとく、すんはなれずして、もろともとほりけり。これただかたき便宜びんぎねらはんためとぞえし。あはれなる有様ありさまこころざしほど無慙むざんふもあまり。ときかたき左衛門さゑもんじよう伊豆いづより鎌倉かまくらまゐりける折節をりふし曾我そが兄弟きやうだい大磯おほいそりけるが、五郎ごらうけて、十郎じふらうげたりP188ければ、「斯様かやう便宜びんぎねらはんためにこそ、年来ねんらいこれへもかよひつれ。砥上原とがみのはらこそ、よきはらなれ。いざや、き、ひとん」とて、ゆみしはり、かきおひ、むまり、れば、江間えま小四郎こしらうちつれて、五十騎ばかりにて、ちかこみあゆませければ、「左右さう二騎にきりて、たんことかなふまじ。一期いちご大事だいじにてりければ、しそんじ、はられんより、ただなにとほらんとおもふは、如何いかに」とふ。時致ときむねも、「かうこそ」とて、ちつれて、とほりけり。「これよりかへらば、人もあやしとおもふべし。ついでに三浦みうらとほり候ヘ」とて、はるかにがりて、あゆませほどに、かれ鎌倉かまくらきぬ。兄弟きやうだいは、三浦みうらへこそきにけれ。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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