4-4 死した首が王を喰らう、異国のダークファンタジー
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
物語の舞台は、箱根の山。父の仇・工藤祐経から「守り刀」を授けられ、屈辱の涙に暮れた箱王。
彼が寺の静寂の中で思いを馳せたのは、遥か異国に伝わる、あまりにも凄絶で、あまりにも美しい「復讐の完成形」の物語だった。
それは、古代中国・楚の国を舞台にした、眉間尺という名の少年の伝説。
今話は、箱王が自らを重ね合わせた、この「三つの首」が釜の中で踊る狂気の物語を語ろう。
昔、大国・楚に一人の大王がいた。ある日、大王の后の一人、東陽夫人が不思議な行動をとった。熱を帯びた体を冷やすためか、彼女は鉄の柱に抱きついて涼をとっていたのだが、なんとそれだけで懐妊してしまったのだ。
大王は喜んだが、妊娠期間は三年にも及んだ。ようやく産み落とされたのは、赤子ではなく「鉄の塊」だった。
大王はこの鉄を伝説の鍛冶師・莫邪に渡し、剣を打たせた。完成した剣は、世にも稀なる光を放つ名剣。大王はこれを「雄剣」として片時も離さず愛用した。
しかし、不可解なことが起きる。この剣、なぜかいつも「汗」をかいているのだ。占い師が告げた事実は衝撃的だった。
「この剣は夫婦です。鍛冶師は雄剣だけを献上し、雌剣を隠しました。夫(雄剣)が妻(雌剣)を恋しがって泣いているのです」
激怒した大王は鍛冶師を召喚した。
召喚された鍛冶師は、己の死を悟った。彼は家を出る際、妻にこう言い残す。
「大王は必ず私を殺すだろう。雌剣は南山の麓に埋めてある。今、お前の腹にいる子が三歳になったら、成人した時にその剣を掘り出し、私の仇を討たせてくれ」
鍛冶師は予言通り拷問の末に殺された。
やがて、その息子が成長した。少年の名は眉間尺。その名の通り、左右の眉の間が「一尺(約30cm)」も離れているという、異相の持ち主だった。21歳になった彼は、母の教えに従って伝説の雌剣を掘り出した。
一方、大王は恐ろしい夢を見ていた。「眉の間が一尺ある者が、自分を殺しに来る」という夢だ。王は即座に国中に高札を立て、眉間尺の首に莫大な賞金をかけた。
山に逃げ込んだ眉間尺の前に、伯仲と名乗る謎の男が現れた。
「君の首には懸賞金がかかっている。だが、君にとって王は親の仇だ。もし君がその『首』と『雌剣』を私に預けてくれるなら、私が王に近づき、必ずや仇を討って進ぜよう」
普通なら詐欺を疑う場面だが、復讐に燃える少年の決断は早かった。
「父の仇を討てるなら、私の命など惜しくはない。……頼みます!」
眉間尺は自ら自分の首を斬り落とし、その首は伯仲の手に渡った。驚くべきことに、切り落とされた首は剣の先を口に含み、死んでもなお復讐の意志を失っていなかった。
伯仲は約束通り、首と剣を持って王宮へ向かった。大王は眉の間が一尺ある首を見て大喜びしたが、不気味なことに、その首は釜の中で煮られても、眼をカッと見開いたまま大王を睨み、あざ笑い続けた。
「大王、これは王への執念が強すぎるのです。王が自ら釜を覗き込み、威光を見せつければ、この首も成仏しましょう」
伯仲に促され、大王が釜を覗き込んだその瞬間――!
釜の中から眉間尺の首が口に含んでいた剣の先を吹き矢のように放ち、大王の首を見事に跳ね飛ばした。跳ね飛ばされた王の首が釜の中に落ちる。伯仲は叫んだ。
「私も王に野心がある! ついて行くぞ!」
彼は自らの首をも斬り、釜の中へと投げ入れた。釜の中では、「眉間尺の首」「大王の首」「伯仲の首」が、一日一夜にわたって激しく噛み合い、戦い続けた。
最終的に王の首がボロボロに負け、三つの首は泥のように溶け合ったという。それらを埋めた墓は、後に「三王塚」と呼ばれた。
箱王は、この異国の凄惨な物語を噛み締め、深く、深く嘆息した。
「流れ長じては、即ち尽き難く、願い深くては、即ち朽ち難し」
(流れる水が長いほど途絶えにくく、願いが深いほど、その意志は腐ることはない)
眉間尺は首だけになっても王を喰らった。ならば、自分はどうだ。仇敵・工藤祐経から授かったあの短刀。今はそれを受け取り、膝を屈して「はい」と答えるしかない。だが、自分の胸に燃えるこの黒い炎は、眉間尺が釜の中で見せた執念に劣らない。
(笑っているがいい、祐経。今はまだ、お前は天高く舞う鳥のようなもの。だが、私が飲み込んだこの『復讐の鉤』は、いつか必ずお前の喉を突き破る……!)
修行僧としての仮面の裏で、箱王の心は完全に「武士」へと回帰していた。
母の願いも、神仏の教えも、箱王の執念を止めることはできない。
曾我物語 巻第四(明治四十四年刊 國民文庫本)
〔眉間尺が事〕
此の心にて、古きを思へば、昔、大国に、楚しやう大王有り。后数多持ち給ふ中に、とうやう夫人と申す后、御身つねづね劣りければ、鉄の柱にむつれつつ、御身をひやしけるが、程無く、懐妊し給ひける。大王聞き給へて、位をゆずるべき王子も無かりつるに、誕生成り給はん事よと、喜び給ひけれども、三年まで、生まれ給はず。大王、不思議に思し召し、博士を召し、御尋ね有りければ、「誠に、君の御宝をうみ給ふべし。さりながら、人にては有るべからず」と申す。「何物なるべき」と、覚束無くて待ち給ふ所に、博士の申す如く、人にてはあらで、鉄のまるかせをうみ給ひけり。大王是を取り、莫邪を召し、剣に作らせ給ひければ、光世に越え、験あらたなる名剣にて有りける。大王賞玩し、昼夜身をはなし給ふ事無し。然るに、此の剣、つねに汗をぞかきける。不思議なりとて、又博士を召し、うらなはせ給ふ。勘文にて、申し上げけるは、「過ぎにし金は、雌剣・雄剣とて、剣二つ作り、是夫婦なり。雄剣ばかり参らせて、雌剣を隠す故に、妻をこひて、汗をかき候ふ。是を召し、添へて置かるべし」と奏聞申しければ、即ち、其の鍛冶を召されける。鍛冶、家を出づるとて、妻女にあひて申しけるは、「我隠し置きたる剣、尋ね給ふべきにぞ、召さるらん。取り出だすまじければ、定めて攻め殺されなんず。彼の剣は、南山の其処許にうづみ置きたる。我が三歳の男、成人の後、ほり出だしてとらせよ」と言ひ置きて、王宮へ参りぬ。陳じ申しければ、拷問の後、遂に攻め殺されにけり。さて、鍛冶が子、二十一歳にして、母の教へに従ひ、彼の剣ほり出だして持ちけり。然れども、王威を恐れて、里へは出でず、山に隠れ居たりける。或る時、君王の夢に、眉の間一尺有る者来たり、我を殺すべし、其の名を眉間尺と言ふと見えたり。王、此の夢に恐れて、「斯様の者あらば、搦めても参らせよ」と、国々に宣旨を下さる。「勲功は、こふによるべし」とぞ聞こえし。此処に、伯仲と言ふ者、眉間尺がもとに行き、「汝が首、多くの功に仰せられたり。然るに、汝が為に、君王は、まさしき親の敵ぞかし。さぞ、打ちたくぞ思ふらん。我が為にも、又重き敵なり。己が首を切りて、我にかせ。件の剣、共に持ちて行き、大王に近付き、打たん事安かるべし。然れば、御分が首をかりて、本意をとぐるにおきては、我とても、遅速の命、王の為に失ひなん」と言ひければ、眉間尺聞きて、「父の敵、打たんにおきては、我が命、何か惜しかるべき。構へて」と言ひて、自ら首をかき落として、出だしけり。然れども、件の剣の先をくひ切りて、口にふくみて、持ちたりけり。伯仲は、剣に取り添へ、王宮に捧ぐ。大臣に見せられければ、夢に違はず、眉の間一尺有る首。又、剣も、我が持ちたる剣に、露も違はず」とて、君王喜び給ふ事限り無し。然れども、此の首の勢、未だつきず、眼を見開きたり。大王、いよいよ恐れ給ひて、「然らば、釜に湯を沸かしてによ」とて、大きなる釜に此の首を入れて、三七日ぞ、にたりける。然れ共、猶眼をふさがず、あざ笑ひて有りければ、其の時、伯仲申す様、「是は大王の御敵なれば、王を見奉らんとの執情に依り、勢残り覚え候ふ。何かは苦しく候ふべき。一目見えさせ給ひて、彼が念をもはらさせ給へかし」と申したりければ、君王聞こし召し、「然らば」とて、端近く出でさせ給ひて、釜の辺に近付き給ふ。其の時、眉間尺が首を見せ申す時に、彼の首、口にふくみ置きし剣の先を、王にふき掛けければ、即ち、大王に飛び付き、首を打ち落とす。伯仲走り寄り、大王の首を取り、眉間尺がにらるる釜の中へ打ち入れたり。王の首も、勢劣らで、眉間尺が首とくひ合ひけり。其の時、伯仲、山にて約束せし事なれば、「我も、大王に野心深し。此の為ぞかし」と言ひもはてず、我が首をかき切り、釜の中へ投げ入れたり。此の三つの首、釜の中にて、一日一夜ぞ、くひ合ひける。遂には、王の首、負けにけり。其の後、二つの首も、威勢衰へにけり。執心の程ぞ、恐ろしき。さて、此の三つの首を、三つの塚につき込めて、三 王塚とて、今に有りとぞ伝へける。今の箱王も、未だ幼き者なれども、親の敵に心を染め、昼夜忘れぬ志、是にも劣らじとぞ見えける。是や、文選の言葉に、「流れ長じては、即ちつき難く、願ひ深くしては、即ちくち難し」と見えたり。然れば、此の人々の成長の末、おにとほめざるは無かりけり。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




