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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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12-5 花の袂から、墨染めの麻衣へ

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 かつて大磯でその美貌を謳われた虎(虎御前)、そして彼女と共に歩むことを決めた手越の少将。


 「……行きましょう、少将殿」


 「はい、虎殿。どこまでも」


 かつて日本中の男たちが、その一挙手一投足に目を奪われた二人の美女。

 

 二人は、最低限の荷物だけを肩に掛け、住み慣れた宿場を後にした。目的地は、遥か北。信濃の国――善光寺。


 それは、あの日富士の裾野で散った十郎祐成、そして五郎時致。二人の魂を浄土へと導くための、過酷な修行の旅の始まりだった。


 箱根の険しい山を越え、いくつもの川を渡り、二人は信濃の地へと辿り着いた。


 善光寺の冷たく澄んだ空気が、旅でやつれた頬を打つ。


 二人の生活は、徹底した「祈り」のみで構成されていた。


 朝の霧が立ち込める頃から、夕暮れの鐘が響き渡るまで、彼女たちはただ阿弥陀仏の名を呼び続けた。


 「南無阿弥陀仏。……どうか、祐成様。貴方の魂が、戦いの苦しみから解き放たれますように」


 「南無阿弥陀仏。……五郎殿。貴方のまっすぐな心が、静かなる光に包まれますように」


 一〜二年という月日は、かつての大磯での華やかな日々を、遠い前世の記憶のように薄れさせた。かつての「人気遊女」としてのプライドなど、もうどこにもない。


 ただ、亡き人を想う「女としての真心」だけが、磨き抜かれた宝石のように、彼女たちの内に輝き始めていた。


 善光寺での修行を終えた二人は、次なる地を目指した。日本の中心、花の都・京都。


 そこで彼女たちは、当時「念仏の第一人者」として知られた高僧、法然ほうねん上人にまみえる機会を得た。


 「……上人様。私たちは、あまりに罪深き身にございます」


 虎は、上人の前で自らの過去を打ち明けた。遊女として人を欺き、愛欲に溺れ、最後は血塗られた復讐者の恋人となった。そんな自分が、本当に救われるのか。法然上人は、穏やかな眼差しで彼女たちを見つめた。


 「虎殿、少将殿。阿弥陀仏の誓願は、善人も悪人も、賢い者も愚かな者も、区別することはありません。ただ一心に『南無阿弥陀仏』と称える。それだけで、どのような魂も極楽へと迎え入れられるのです。貴女たちのその一途な想いこそが、亡き兄弟にとって最大の『善知識ぜんぢしき』となるでしょう」


 その言葉は、二人の乾いた心に雨のように染み渡った。「念仏の法門」を授かり、彼女たちの信仰は揺るぎないものへと昇華した。


 諸国を巡り、山々の寺々を拝み歩いた二人。長い放浪の末、虎の心にある感情が芽生えた。


 (……懐かしい。あの潮騒の音が。十郎様と過ごした、あの風の香りが)


 彼女が選んだ「ついの住処」は、やはり思い出の地、大磯だった。かつての華やかな宿場町ではない。彼女たちが向かったのは、大磯の北にそびえる高麗寺こうらいじの山奥。


 世間から切り離された静寂の地。そこに小さな柴の庵を結び、二人は籠もった。かつての贅沢な調度品は何もない。ただ、並んで座れるだけの狭いゆかがあるだけだ。


 「虎殿、今日も月が綺麗ですね」


 「ええ、少将殿。……十郎様も、五郎様も、きっと同じ月を見ておられますわ」


 二人の尼は、一つの庵で床を並べ、日々を祈りに捧げた。


 かつては恋のライバルや仕事仲間だったかもしれない二人が、今は魂の戦友ともとして、互いの背中を支え合っている。朝な夕な、彼女たちの口から零れるのは、恨みの言葉ではなく、澄み切った念仏の声だけだ。


 富士の裾野で燃え盛った復讐の炎は、こうして大磯の山奥で、静かなる「鎮魂の灯火」へと変わった。

 

 人は死ねば、それで終わりではない。残された者がその遺志を継ぎ、その名を慈しみ、祈り続ける限り、その魂は永遠に生き続ける。

 

 虎と少将。二人の聖女が綴った愛の物語は、富士の雪よりも白く、大磯の海よりも深く、日本の歴史に刻まれていった。




曾我物語 巻第二 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔とら少将せうしやう法然ほふねんにあひしこと


 ほどに、二人打ちつれ、麻衣あさごろもかみふすまかたけて、諸国しよこく修行しゆぎやうし、信濃しなのくに善光寺ぜんくわうじに、一両年いちりやうねんほど他念たねんをまじへず、念仏ねんぶつまうし、過去くわこ聖霊しやうりやう頓証とんしよう菩提ぼだいいのり、またみやこのぼり、法然ほふねん上人しやうにんにあひたてまつり、念仏ねんぶつ法門ほふもんうけたまはり、


 〔とら大磯おほいそこもりしこと


 れよりまた、山々寺々 をがみめぐりけるが、とら、さすがに古里ふるさとこひしかりけん、また、十郎のりしほとりやなつかしくおもひけん、大磯おほいそかへり、高麗寺かうらいじの山のおくり、しばいほりこもり、一向いつかう専修せんじゆぎやういたして、九品くほん往生わうじやうののぞみおこたらず、二人のあま一庵ひとついほりゆかならべ、おこなひすましてぞさうらひける。


 〔とらひ、れしこと


 ややひさしくちめぐり、此方こなた彼方かなたければ、うちにかすかなるこゑにて、日中の礼讚らいさんもはてぬとおぼしくて、念仏ねんぶつしのしのびに、こころぼそまうしけるをき、たつとおぼえ、たたき、「物申まうさん」とへば、とらでて、「そ」とこたふるをれば、いまだ三十にもならざるが、ことほかにやせおとろへ、いつしかおいの姿すがたえて、墨染すみぞめの衣に、おなじ色の袈娑けさけ、さをなる数珠じゆずに、むらさき蓮華れんげして、かうけぶりにしみかへり、かしこくもおもりたる姿すがた竹林ちくりん七賢けん商山しやうざんりし四皓しかうも、これには如何いかまさるべきと、うらやましくぞおぼえける。の人々をただ一目ひとめて、ゆめ心地ここちして、「あらめづらしと、おんわたさうらふや。さらうつつともおぼえずさうらふ。うちらせたまへ」とて、二間なる道場だうぢやうはらひ、「これへ」としやうれつつ、なき人のははあねぞとるよりも、ながるるなみだおさがたし。ははあねも、庵室あんじつていまはせば、三間げんつくりたるを、二間けんをば道場だうぢやうにこしらへ、阿弥陀の三尊ぞん東向きにたてまつり、浄土じやうど三部経ぶきやう往生要集わうじやうえうしふ八軸ぢく一乗いちじよう妙典めうでんも、つくえうへかれたり。またかたはらに、古今こきん万葉まんえふ伊勢物語いせものがたり狂言きやうげん綺語きぎよ草子さうしどもらされたり。仏の御前おんまへに、六時花香かうあざやかにそなへ、二人の位牌ゐはいまへにも、花香かうおなじくそなへたり。二宮にのみやあねひけるは、「あらがた御志おんこころざしほどや。これわするまじきことおもたまひて、二人の位牌ゐはい安置あんぢし、とぶらたまことよ。偕老かいらうちぎあさからずとまうすも、今こそおもられてさうらへ。ただし、これ十郎じふらう殿どのばかりをこそとぶらたまふべきに、五郎ごらう殿どのまでとぶらたまことがたさよ。わらはは、現在げんざい兄弟きやうだいにてさうらへども、これほどまではおもらず、いずれも前世ぜんぜ宿執しゆくじうにて、善知識ぜんぢしきとなりたまひぬ」とひもはてず、なみだながしければ、はは少将せうしやうも、こゑつるばかりにぞかなしみける。ややりて、ははひけるは、「十郎じふらうことわすれることさうらはねば、つねにもまゐたてまつりたくさうらひしかども、こころにもまかせぬをんななれば、人のこころをもはばかるなどとせしほどに、今までかるおんまひをもまゐらせずさうらふ。ものども七年ねん追善ついぜん曾我そがにていとなみ、また御有様おんありさまをもまゐらせたくさうらひて、これなる女房にようばう(さそ)ひ、これまでたりてさうらふぞや。また親子しんし恩愛おんあいのいたつてせつなること、人のまうならはすをも、うへかとおもはれさうらふ。年月としつきやうやうぐれども、わするることさうらはず。れば、さまをかへんとおもふも、おさないものどもがたくて、おもひもらずさうらふ。これまうすも、こころざしのいたつてせつならざるかと、ながらも、うたてくおぼさうらふ。御身おんみも、さしてひさしきちぎりにてもしまさず。うへ所領しよりやうちて、たよことならねば、おもがましきことし。ただひとへ前世ぜんぜ宿執しゆくじうかれて、たがひに善知識ぜんぢしきになりたまひぬと、あまりにたつとく、あはれにおぼえて、われまでも、一蓮ひとつはちすえんむすばばやとおもさうらなりおよそ、人間の八苦天上てんじやう五衰ごすい、今にはじめぬことにてさうらども前業ぜんごふのつたなきなれば、無常むじやうことわりにもおどろかず、つれなくにながらへさうらふ。ながらも、あさましくさうらふ。しかるに、五障ごしやう三従さんじゆうながらも、さいはひに仏法ぶつぽふ流布るふまれて、出離しゆつり生死しやうじみちもとむべくさうらへども、女人のおろかさは、れもかなはずさうらふ。面々は、ほどおもたまことなれば、後生ごしやうたすかるべきことをもらせたまひてさうらふらん。あはれ、かたらせたまへかし。かなはぬまでも、こころけてさうらはん」とひければ、とらなみだとどめてまうしけるは、「まことこれまでおんり、ゆめ心地ここちして、御志こころざしがたおもまゐらせさうらふ。かるりはてぬるも、しかしながら、十郎じふらう殿どのゆゑおもたてまつれば、ときも、わするることはんべらず。不定ふぢやうさかひれは愛別離苦あいべつりくかなしみをひるがへして、菩提ぼだい彼岸ひがんいたこともやと、聖教しやうげう要文えうもんども、少々 たづもとめ、しかるべき善知識ぜんぢしきにもあひたてまつるかと、諸国しよこく修行しゆぎやうし、都にのぼり、法然ほふねん上人しやうにんにあひたてまつり、念仏ねんぶつ一行かうけ、一筋ひとすぢ浄土じやうどねがさうらふなり。あのあま御前ごぜんは、あねにてしましさうらふ。みづからをうらやみて、おなじともに様をかへ、一庵ひとついほりこもり、おこなさうらふなり。いまおもさうらへば、の人は、発心はつしん便たよりなりけりと、うれしくおぼさうらふ。うへわれ不思議ふしぎ釈尊しやくそん遺弟ゆいていつらなりて、比丘尼びくにけがす、かたじけなくも、本願ほんぐわん勝妙しようめうたのみ、三時六根こんきよめ、一心いつしん生死しやうじはなれんことねがさうらふ。本願ほんぐわん如何いかでかあやまたまふべきと、うたがひのこころさうらはず。五郎ごらう殿も、おなけぶりたまひしかば、二人共ともに、成仏じやうぶつ得脱とくだつとぶらたてまつらんために、二人の位牌ゐはい安置あんぢしてさうらふなり。諸法しよほふ従縁起じゆうえんぎとて、何事なにごとえんかれさうらふなれば、二人共ともに、順縁じゆんえん逆縁ぎやくえんに、得道とくだうえんとならんことうたがるべからず。およそ、分段ぶんだん輪廻りんゑさとまれて、かなら死滅しめつうらみをえ、妄想まうさう如幻によげんいへては、つひ別離べつりかなしみり。づるいきの、いきたぬの中にまれ、あまつさへ、あひがた仏教ぶつきやうにあひながら、たびむなしくぐることたからの山にりて、手をむなしくするなるべし。いそぐべしいそぐべし、頭燃づねんはらごとくとえてさうらへば、あひかまあひかまへ、仏道に御心おんこころけ、浄土じやうどまゐらんとおぼすべきなり」とまうしければ、ははも、二宮にのみやあねも、渇仰かつがうきもめいじて、随喜ずいきなみだながして、まうしけるは、「世路せいろまじはるならひ、の中のいとなみにこころけ、二度ふたたび三途さんづ故郷こきやうかへり、如何いかなる苦患くげんをかうけさうらはんずらんと、かねかなしくさうらふ。れば、たつときにもあひたてまつり、女人の得道とくだうすべき法門ほふもんかまほしくさうらどもしかるべきえんければ、とかくさうらところに、いま法門ほふもんうけたまはさうらへば、たつとおもたてまつさうらふ。念仏ねんぶつまうすとて、人なみなみにとなまうせども、なにこころち、如何様いかやうなるおもむきにて、往生わうじやうすべくさうらふや、かつておもけたることさうらはず。おなじくは、ついでに、くはしくうけたまはさうらはば、如何いかばかりうれしくさうらひなん」とひけれ。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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