12-4 偽りの恋を売る日々を捨て墨染めに染まる
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
富士の裾野で巻き起こった、日本史上最大の復讐劇。
亡き十郎の恋人・大磯の虎。そして、あの運命の夜に敵・祐経の側にいながら、密かに兄弟を導いた手越の少将。
虎のやつれ果てた、しかし神々しいまでの尼姿を前にして、手越の少将は堰を切ったように語り始めた。
「……虎殿。貴女のそのお姿を見て、私は、己の愚かさが身に染みました」
少将の瞳からは、止まることのない涙が溢れ落ちた。
「人は皆、この世は無常だと言います。けれど、言葉で聞くのと、こうして現実に突きつけられるのとでは、天と地ほどの差がございます。……同じ女の身でありながら、私たち遊女の積み重ねてきた罪は、あまりにも深すぎるのです」
「私たちの仕事は、一生をかけて、人を欺き続けること。通り過ぎる男たちに心があるふりをし、行きずりの輩にその身を預ける。……陽が西に沈めば、夢の中の幻のような姿を鏡の中で作り上げ、月が東の嶺に昇れば、名前も知らぬ誰かを待つ。……それが私たちの日常でした」
少将は自らの華やかな袖を、忌々しげに見つめました。
「夜ごとに変わる男たちの移り香を身に纏い、自分の心はどこにあるのかさえ分からなくなる。朝が来れば、手枕に置いた涙の露を拭いながら、偽りの名残惜しさを演じる……。返す返すも、なんと口惜しく、虚しい日々を過ごしてきたことか」
少将は、かつて自分が侍った工藤祐経、そして彼を討った曾我兄弟の最期を想い、声を震わせる。
「この世は、ついの住処ではございません。草葉に結ぶ露よりも危うく、水に宿る月よりも儚いものです。……曾我の若殿たちの結末を聞き、そして今の貴女の気高いお姿を見て、私の心は決まりました」
彼女は、かつての十郎たちの姿を脳裏に描き出す。
「昨日は曾我の里で、誰もが羨むほど花やかだった英雄たち。それが今日は、富士野の露と消えてしまった。……『朝に紅顔あって、世路に誇れども、暮には白骨となりて、郊原に朽ちぬ』。古人の言葉が、これほどまでに胸を突くことはございません」
「万事は無益です。虎殿……。貴女は亡き十郎様を『善知識』として、この浮き世を背負われました。ならば、私は……貴女を私の善知識として、この衣を墨に染めたいと思います」
「……本気なのですか、少将殿」
虎の問いに、少将はただ、静かに微笑んだ。
彼女は、その美貌を飾っていた最高級の翡翠の簪を、自らの手で抜き取りました。
パチン。
髪を束ねていた紐が解け、艶やかな黒髪が肩に零れ落ちます。少将は脇差を手に取ると、迷うことなくその髪を根元から切り落としました。
かつて男たちを惑わせた、花の袂を脱ぎ捨てます。代わりに身に纏ったのは、何の色味もない、深い闇のような墨染めの衣。
「今日、私は手越の少将としての命を捨てました。……これからは、ただの一人の罪深き女として、あの方々のために祈りを捧げます」
手越の少将、行年二十七歳。彼女は住み慣れた手越の宿、そして自分の帰りを待つ家族や仲間たちのいる故郷を、たった一人で立ち去る決意をした。
「……行きましょう、少将殿。共に、あの方々の待つ浄土を信じて」
虎の言葉に、少将は深く頷きました。世を捨てた身とはいえ、長年住み慣れた故郷を離れる辛さは、察するに余りある。しかし、彼女の足取りは、かつて客を待っていた時よりもずっと力強く、真っ直ぐだった。
手越の宿の門をくぐる二人の背中。一人は、大磯から。一人は、手越から。
かつては、曾我十郎という一人の英雄を巡って、見えない糸で繋がれていた二人の美女。彼女たちは今、復讐という血塗られた物語の果てに、「祈り」という名の新たな物語を紡ぎ始めた。
富士の山を吹き抜けた嵐は止み。二人の聖女が歩む道には、ただ静かな、秋の夕暮れが広がっていた。
曾我物語 巻第十二 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔少将出家の事〕
又、少将申しけるは、「生死無常のはかなき事、人の言はねども、現れ候ふぞや。然らぬだに、人は、五障三従の罪深しと申すに、同じ女人と言ひながら、我等は、罪深き身なり。其の故は、只一生、人をたぶらかさんと思ふ計なれば、心を行ききの人に掛け、身を上下の輩に任す、日も西山に傾けば、夢の内のかりなる姿を飾り、月東嶺に出でぬれば、誰とも知らぬ人をまつ。夜ごとに変はる移り香、身に止めて、心を悩まし、朝な朝なの手枕の露に、名残を惜しみつつ、胸をのみ焦がす事、返す返すも、口惜しき憂き身なり。此の世は、遂の住み処にあらず、草葉に結ぶ露よりも危ふく、水に宿れる月よりもはかなし。折節、此の人々(ひとびと)の事を承り、御身の姿を見て、いよいよ浮き世に心も止まらず。咋日は、曾我の里に花やかなりし姿、今日は、富士野の露と消ゆ。「朝に紅顔有つて、世路に誇れ共、暮には白骨と成りて、郊原にくちぬ」とは、言ふも理也。然れば、万事無益なり。御身は、十郎善知識として、浮き世を背く。我は又、御身の姿を善知識として、衣を墨に染めんと思ひ候ふ」とて、やがて、翡翠のかんざしを切り、花の袂を脱ぎかへて、濃き墨染にあらためつつ、年二十七と申すに、駿河の国手越の宿を立ち出でにける。世を捨つる身と言ひながら、心強く、住みなれし故郷を立ち離れけん心の内、誠にやさしく哀れなり。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




