12-1 虎、絶望の淵で見つけた答え
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
富士の裾野に轟いた復讐の咆哮。十七年の執念を遂げ、露と消えた曾我十郎祐成と五郎時致。
仇討ちというメインクエストを完遂した英雄たちの影で、残されたヒロインたちはどのような「選択」をしたのか。
「――十郎様が、討たれた」
その知らせが届いた瞬間、大磯の虎の時間は止まった。
かつて大磯の宿で、その美貌と才覚で名を馳せた彼女。十郎祐成という一人の男と出会い、彼の過酷な運命をすべて受け入れた彼女にとって、彼の死はこの世界の終焉に他ならなかった。
(いっそ……いっそ、私も深い淵や河に身を投げて、十郎様の後を追ってしまおうか)
そんな考えが、幾度も頭をよぎった。自死を選べば、暗い闇の中で彼に再会できるかもしれない。だが、虎は思い留まった。
「……いいえ。私が今死んでしまえば、誰が十郎様の菩提を弔うというの。誰が、彼の魂を浄土へ導く祈りを捧げるというの」
虎は決意した。この「浮き世」の華やかさをすべて捨て、一生をかけて亡き人のために生きることを。彼女は袈裟や墨染めの衣を整え、聖地・箱根山へと向かった。
建久四年、秋。箱根の御山では、曾我兄弟の「百箇日の法要」がしめやかに執り行われていた。
「南無……阿弥陀仏……」
読経の響きが霧の中に消えていく。その儀式の最中、虎は周囲の誰もが息を呑むような行動に出た。
彼女は、かつて十郎が愛した自慢の黒髪を束ねていた「翡翠の簪」を静かに外した。そして、その美しい髪を、ハサミで迷いなく切り落としたのである。
かつては花のように美しく、色鮮やかな袂を揺らしていた彼女が、今は質素な黒一色の衣に身を包んでいる。
その徹底した「志」の深さ、十郎への純粋な愛情に、居合わせた僧侶たちも涙を禁じ得なかった。
「……ああ、虎殿……なんと気高い……」
曾我兄弟の母もまた、その光景を見て胸を突かれた。
「虎殿、貴女がそこまでされるというのなら……」
母もまた、震える手で自らの髪に手をかけた。
「私も同じ墨染めの袂になりましょう。あの子たちがいないこの世で、この『白い髪を残しておいて何になりましょう。私も一緒に弔いたい……!」
母の瞳には、子を失った親にしかわからない絶望が宿っていた。
だが、そこへ割って入ったのが、箱根権現の別当であった。
「……待ちなさい、母上殿。早まってはなりません」
別当は、母の悲しみを深く理解しながらも、彼女にはまだ「現世での役目」があると諭した。
「貴女は、兄弟が遺した曾我の家を守り、頼朝様から賜った所領を管理し、彼らの名を絶やさぬようにしなければならない。虎殿の覚悟は素晴らしいが、貴女まで形を変えてしまえば、曾我の家はどうなるのですか」
別当の重厚な言葉に、母は力なく頷き、その手を下ろした。彼女は、五郎が修行していたこの箱根の地に別れを告げ、故郷・曾我の里へと戻る決意を固めた。
下山の時。母は虎の細い肩を抱き寄せ、優しく語りかけた。
「虎殿。もしよかったら、私と一緒に曾我の里へ来てください。十郎の形見として、私と共に暮らしてはくれませんか」
母にとっては、虎こそが亡き長男・十郎の唯一の「生きた証」だった。彼女を側に置くことで、十郎の面影を追い続けたいという切なる願い。
しかし、虎は静かに、しかし断固とした口調で断った。
「……母上、その温かいお言葉、一生忘れません。……ですが、私には心に決めた道がございます。私はこれから、善光寺へと向かうつもりです」
「善光寺へ……? 一人でですか?」
「はい。あちらの阿弥陀如来様にお願いし、十郎様の魂が一日も早く苦しみから救われるよう、一筋に祈り続けたいのです。曾我の里へは、その巡礼が終わった後に、必ずお伺いいたします」
虎の瞳には、かつての遊女としての華やかさは微塵もなく、ただ一人の「求道者」としての透徹した光があった。
箱根の峠道。一人は、息子たちの遺志を継ぐために曾我の里へと下る、母。一人は、愛する人の菩提を弔うために信濃の国へと旅立つ、虎。二人の女性は、霧深い山道で、互いの手を強く握り締めた後、反対の方向へと歩き出した。
「――十郎様、見ていてください」
虎の歩みは、迷いがない。曾我兄弟の物語は、血塗られた復讐劇として終わりを迎えたが、彼女たちの「祈り」という名の物語は、ここから静かに、そして永遠に続いていく。
富士の山に響いた鬨の声は、今、箱根の風に乗り、一人の尼僧の詠唱へと変わっていった。
曾我物語 巻第十二 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔虎、箱根にて暇乞して、行き別れし事〕
然る程に、大磯の虎は、十郎祐成討ち死にの由を聞きて、如何なる淵河にも入らばやと思ひけれども、なき人の菩提のつとにも成るまじければ、偏に浮き世を背きはてて、彼の人の後世弔はんと思ひ立ち、袈裟、衣など調へて、箱根山に上り、百ケ日の仏事のついでに、泣く泣く翡翠のかんざしをそり落とし、五戒を保ちけり。さしも、美しかりつる花の袂を引きかへて、墨の衣にやつしはてける、志の程こそ、類少なき情なれ。母、是を見て、「我も、同じ墨の袂に成りて、彼等が菩提をも弔ふべし、今、此のつくも髪を付けても、何にかはせん」とぞ歎き悲しまれける。別当、様々(さまざま)に教訓して、申し止められける。母御前力無く、五郎が遺跡なれば、名残惜しくは思へども、此処にて、日を送るべき事ならねば、別当に暇をこひ、帰るとて、虎御前に申されけるは、「曾我へいざさせ給へ、十郎が形見に見参らせ候はん」と言はれければ、虎、「もつとも御供申し候ひて、形見にも見え参らせたくは候へ共、是より善光寺への志候ふ。下向にこそ参り候はめ」とて、行き別れぬ。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




