ep007「俺を拝むな、爆発する」
「――この町の誰かが、ねえ」
卓の隅の白猫が、他人事のように繰り返す。俺は窓の外から流れてくる祝いの笑い声と、居間に積み上げられた贈り物の山を見比べた。
「つまり容疑者は、町ぐるみってことか」
「贈り主全員です」
リゼットが袖をまくった。
「今夜中に、全部検めます」
白猫が耳を伏せた。
「残業確定じゃない……」
検分の道具は三つだけだった。糸で吊るした振り子。細く焚く香。済みと未に分ける仕分け籠。
リゼットが品をひとつずつ膝に置き、振り子を垂らし、香の煙の流れを読む。
隣室ではクララが眠っている。俺たちは声を落とした。
で、俺の仕事は山の上げ下ろしである。
樽ほどもある贈り物の籠を片手でつまみ上げ、検分台へ運び、済みの山へ戻す。
人類最強の肉体、荷役に大活躍であった。
「ミツルさん。次を」
「へい」
蝋燭が三本、短くなった。
窓が白みはじめるころ、リゼットの手が止まった。
「……妙です」
「白か」
「三割検めて、呪いの気配がひとつも出ません」
振り子の糸を指に巻きつける。
「呪具は必ず、想いの澱を残します。何も出ないというのは――消されているからです」
「気配ごと消す封。偽装の封です。相手は、素人ではありません」
最後の一文だけ、声がわずかに弾んだ気がした。喜ぶな。
「じゃあ、探しようは」
「気配ごと消されているなら、私の検分では、拾えません」
行き止まりである。
リゼットは口数を減らし、代わりに手数を増やした。時計を見もせずに言う。
「祝言まで――二日と半日を切りました」
そこへテオが盆を運んできた。
徹夜に付き合わされて目の下が落ちくぼんでいるのに、俺たちの分だけ茶を淹れてくる。
「ど、どうぞ。夜通し、すみません」
目の端で、充実度が13%から14%へ動いた。
「徹夜明けの茶一杯で上がるな。俺の主観は安すぎる」
戸口で、近所のおかみさんの声がした。
「モーガン商会の若旦那様が、お見舞いにって」
仕立ての良い胡桃染めの上着に、上等な菓子折。
三十絡みの男は、居間の惨状を見ても笑顔を崩さなかった。
「モーガンです。町の胡桃は、だいたいうちが集めています」
差し出された手を握り返す。営業の愛想。儀礼の握力。
ゲージは、1%も動かなかった。
(……営業スマイルは、ノーカウントらしい)
「クララさんの具合は。……いや、こんな時に押しかけて申し訳ない。検分のほうは、進んでいますか」
「難航しています」
リゼットは手を止めずに答えた。
「そうですか」
モーガンは少し考えて、菓子折を卓に置いた。
「祝いの品の出所なら、うちの帳面に控えがありますよ。皆さん、集荷のついでにうちの荷へ相乗せしていくので。写しを届けさせます」
「助かります」
「よければ、クララさんに一目だけご挨拶を」
「患者は面会謝絶です」
にべもない。だがモーガンは気を悪くした風もなく、深く頭を下げた。
「では、また。いい祝言になるよう、祈っています」
テオが戸口まで見送りに立つ。その会釈が、すこし硬い。
茶器を下げに、テオが席を外した。
「いい若旦那じゃないか」
俺は伸びをした。
「この町、善人しかいないのか?」
白猫が前足を舐めながら、どうでもよさそうに言う。
「……あの男、花嫁の顔を見たがったくせに、花婿の目は一度も見なかったわね」
「猫の目線で何を見てるんだ」
そのとき、遠くから、どよめきが近づいてきた。
水を汲みに往来へ出た瞬間、指を差された。
「――あんた、噂の《カタストロフ》様じゃねえか!?」
ハゼルから歩いてきた行商と巡礼の一団。俺が街道で追い越した、あの目撃者たちだった。
「見たんだ、おれァ見たんだよ! 山ひとつ、光で消えるのを!」
「解呪師様の護衛に、《終末の爆炎》の魔道士様がついてなさる」
「花嫁様を救いに来てくだすったんだ!」
町の空気が、音を立てて書き換わった。
「17%」
白猫が楽しそうに実況する。
「一気に3%よ」
一人に拝まれて2%なら、町ぐるみで名前が割れる瞬間はその上、ということらしい。
そこからは坂道だった。
差し入れの籠を押しつけられて2%。手を握られて2%。母親に抱かれた子どもに手を合わされて2%。
19、21、23――数字が階段を駆け上がっていく。
「魔道士様なら、花嫁様の呪いもきっと」
「解呪は専門家の領分だ。うちの解呪師に言ってくれ」
看板を差し向けても、期待の輪は膨らむ一方だった。三十を越えたあたりで、俺は数えるのをやめた。
代わりに、肩の上の実況が数字を刻みつづけた。
42%で路地裏に逃げ込み、膝を抱えて前世の記憶を冷やした。2%下がった。
「あんた、腹減ってんのかい。持ってきな」
通りすがりのおかみさんにパンを握らされた。2%上がった。
「善意が、防げない……!」
殴りかかられたら受け止められる。人類最強だからだ。
だが善意は肉体を素通りして、まっすぐゲージに届く。
五十を越え、六十を越え、昼過ぎには72%。
差し入れは食い物ばかりで、俺の資産は香と保存食だけになった。
(拝むな。頼むから俺を拝むな、爆発する)
声に出せない叫びである。
家に逃げ帰ると、テオが待っていた。深く頭を下げられる。
「あの……ありがとうございます。あなたたちが来てから、クララが、初めて笑ったんです」
98%。
「お前そこで止めるの好きだな!?」
誰に言っているのかテオが不思議そうな顔をしたが、説明はできない。
満杯の器には、善意の一滴で足りる。
この町でいま一番安全なのは、たぶん俺に殴りかかることだ。
――そのとき、隣室の窓辺に、白い影が立った。
クララだった。青い顔で、それでも自分の足で。
俺たちのほうへ向き直り、「いいえ」を封じられた喉の代わりに、深く、深く、頭を下げた。
言葉は封じられても、想いは封じられないらしい。
100%。
満杯に、最後の一滴が落ちた。
「ミツルさん。走ってください」
「言われなくても!」
胡桃並木を外れ、畑を抜け、誰もいない川原の荒れ地まで。
「――爆ぜろ、俺」
閃光。轟音。降ってくる灰。
0%。
夕暮れの帰り道、町はもう爆発の話で持ちきりだった。
「日課の修練らしいぞ」
誰が言い出したのか知らないが、そういうことになっていた。すれ違いざまに拝まれて2%。
「リセットした側から積むな!」
「爆発が広報になる男、初めて見たわ」
白猫が肩の上で笑う。
居間に戻って腰を下ろしたら、安堵で1%。着地、充実度3%。
贈り物の山は、まだ半分以上が未のまま残っていた。
俺が爆ぜている間も、リゼットはずっと振り子を垂らしていたらしい。
済みの山を眺めて、俺は愚痴をこぼした。
「……全部白って、そんなことあるか? 町中の祝いだぞ。籠ひとつ、想いの一つも残ってないのかよ」
振り子が、止まった。
「……ミツルさん」
リゼットが顔を上げた。鉄面皮の下で、何かが噛み合う音がした。
「もう一度、山を検めます。今度は、呪いを探しません。――想いを、探します」
道具は変わらなかった。振り子と、香と、仕分け籠。ただ、問いだけが裏返った。
祝いの品には、贈り主の想いが薄く残る。呪いのない品はあっても、想いのない品は、あり得ない。
傾いた光が、床の埃を照らしていた。
済みの山が、少しずつ低くなっていく。
やがて、その手が止まった。
「――ありました」
夕暮れの光の中、リゼットが摘み上げたのは、磨かれた胡桃殻の細工だった。町中の祝いの山で、ただひとつ――どんな想いも宿していない、空っぽの殻。
「固い契りの縁起物です。……いい趣味を、していますね」




