↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最強の自爆魔道士は、今日も報われない ―幸せになると爆発します―  作者: かるたっくす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/80

ep060「敵のいない町で走って爆ぜた帰り、その呪い、置いていけますよと言われた」


 飯が出てきた。

 頼んでもいないのに、俺の前に置かれている。

 湯気が、まっすぐ立っている。

 出したほうは、もう向こうを向いていた。


 出したのは、リゼではなかった。


 通りの縁台に腰を落としただけだ。座って、息をついただけで、木の椀が目の前に置かれた。

 麦と豆と、汁。匙が添えてある。


 出した女は、こちらが椀に触れるより先に、もう戸口の内へ入っていく。


「あの、これ」


 声は届いたはずだが、返ってきたのは背中だった。振り返りもしない。

 戸の内で水を使う音がして、それきりになる。


 飯が、俺の前にある。俺が食っていいやつか、これ。


 汁は熱かった。豆は柔らかく煮てあって、麦は少し芯が残っている。

 口に入れてから、ようやく腹が減っていたことに気がついた。


 隣の縁台に、荷を背負った男が腰を下ろした。

 下ろした、と思ったら椀が出た。男は驚かない。


「どうも」


 それだけ言って食いはじめる。出したほうは、もう次の戸口へ向かっている。


 誰にでもそうするのだ。

 礼を言えば、笑う。笑って、そのまま向こうを向く。こちらが何か返す間がない。返す物もないのだが。


 リゼは俺の隣にいる。同じ椀を前にして、匙を持って、何も言わない。

 飯のことも、道のことも言わない。


 荷馬車は通りの端に停めたままで、幌はそのままだ。

 荷の上で白い猫が目だけを開けた。開けて、また閉じた。


 通りの向こうへ、女が声を投げる。


「ミルヴォの井戸は、その角ですよ。冷たいから、汲んでいってくださいな」


 誰に言ったのかは分からない。俺は訊かなかった。


 充実度59%。


 どこかで、何かを打つような音がしている。同じ間隔で、途切れずに続いている。

 誰も気にしていない。


 椀を返しに立った。

 差し出すと、女は受け取って笑った。礼を言おうとしたときには、その顔がもう向こうを向いている。この町では、礼が間に合わない。


 町を歩く。


 人がいる。通りに水を撒いている者がいる。子どもが走っていく。畑から戻ってくる者がいる。

 暮らしが立っていて、荒れているところが一つもない。


 歩いているうちに、妙なことに気がついた。

 この町には、呪いを持ったまま暮らしている者が、一人もいない。


 訊いて回ったわけじゃない。向こうから出てくるのだ。


「うちの人も、置いてきました」

「あたしも置いてきましたよ」


 声を低くしない。隠さない。悪く言う者が一人もいない。


「その、置いてきたっていうのは、どこに」

「あちらにいらっしゃいます」


 それで話が終わる。

 誰に訊いても、返ってくる言い方は二つだけだった。


 ついでに、こっちの話もしてみた。


「あー……俺、『自爆魔道士』って呼ばれてまして」

「まあ。それは、ご立派に」


 立派じゃない。そもそも伝わっていない。

 もう一人に言ってみたら、首を傾げられた。


「じばく、というのは。お仕事の名ですか」

「まあ、仕事といえば仕事ですけど」

「精が出ますねえ」


 その次の者は、話の途中で椀を出そうとした。


 誰も俺を強い男だと思っていない。思っていないというより、そういう見方が最初から無い。


 二つ名が、ここでは何の音でもない。


 充実度37%。


 井戸のそばで、娘が水を汲んでいた。

 桶に水を落として、腕で額を拭って、こちらを見る。


「旅の方ですか」

「まあ、そんなとこ」

「わたしも置いてきましたよ。呪い」


 汲むのをやめずに言う。


「戻ってきたのは、この町だとわたしだけですけど」


 なんでもないことのように言って、桶を持ち直して、そのまま行ってしまった。


 どの家も、戸が開いている。中に人がいる家と、いない家がある。

 いない家も、荒れていない。


 通りへ戻ったところで、袖を引かれた。


「まあ、これ」


 上着の焦げ跡を見られている。

 焦げているどころではない。前は形が残っているが、背中側はもう布と呼べるかどうかというところだ。


「座ってください。いま、手当てを」

「いや、これは怪我じゃなくて」

「気の毒に」


 一人が言うと、隣の戸口からもう一人出てきた。

 縁台に座らされる。椀がまた出てくる。

 誰かが自分の上着を持ってきて、俺の前に置いた。


「これを」

「いいって。ほんとに、いい」

「遠慮なさらないで」

「遠慮じゃなくて。着てもまた焦げるんですって、これ」

「まあ。よく焦げなさるんですねえ」


 うなずかれた。感心までされた。上着はまだ俺の前にある。


 断ると、困った顔をする。困った顔をして、それでも置いていこうとする。押し返すのに息が要った。


 誰も俺を英雄だとは言わない。強いとも言わない。

 ただ、焦げた上着の男が通りに座っていることを、放っておかない。それだけだ。


 上着が焦げているだけで、町ぜんぶが動く。

 俺は何もしていない。何もしていないのに、次から次へと出てくる。


 充実度98%。


 ……走る場所は、どっちだ。


 首を巡らせる。通りの先で家が切れて、その向こうに草の色があった。あっちだ。


 立つ。椀を縁台に置く。


「ちょっと外します」


 言ったが、たぶん誰にも通じていない。


 走った。


 子どもが走っている脇は通らない。回り込む。

 井戸のそばに人がいる。そこも避ける。


 荷馬車から離れる方へ。戸の開いている家から離れる方へ。

 風がどこから来ているかを、頬で確かめる。向かい風だ。煙は町へ行かない。


 それだけを見て、足を出す。


 家が切れる。踏むものが土に変わる。

 草が膝の高さになって、そのうち背丈のあたりまで伸びているところに入った。


 まだだ。まだ足りない。

 爆風は誰を選ぶわけでもない。選ぶのは、俺のほうだ。


 息が上がる。背中のほうで、町の音が薄くなっていく。


 かわりに、あの音が近づいてきた。何かを打つ音。この先だ。外れの、もっと先のほうから鳴っている。

 近づいているのに、大きくならない。さっきと同じ大きさで、同じ間隔で鳴っている。


 振り返った。町が遠い。誰もこっちを見ていない。


 草を踏んで、もう少しだけ先へ出る。

 踏んだ草の丈を見る。土は乾いている。燃え移るものは無い。

 膝を折って、身を低くする。低くするほど、飛ぶものは上へ行く。


 位置を取る。守る者はいない。巻き込む者もいない。敵に至っては一人もいない。


 ――正しい。手順どおりだ。誰にも文句を言われない爆ぜ方だ。

 文句を言う者も、見ている者も、いないのだが。


 そして、爆ぜた。


 視界が白くなる。音より先に、体が持っていかれた。

 空と草が入れ替わる。背中から落ちて、口の中に土が入った。


 上着がまた焦げた。草が焦げて、土が黒くなった。それだけだ。


 充実度0%。


 仰向けのまま、空を見る。煙が細く立って、ゆっくりほどけていく。


 起き上がって町のほうを見た。

 誰も出てこない。誰も走ってこない。煙のほうを見ている者が、一人もいない。


 そして、あの音が、さっきとまったく同じ大きさで続いている。


 通りへ戻る。


 誰も逃げていない。誰も驚いていない。

 椀を出した女は、また別の旅の者の前に椀を置いていた。


 焦げて戻ってきた俺を見て、一人が言った。


「あら。座ってください」


 ――さっきと同じだ。何も変わっていない。


 リゼは荷馬車のそばに立っていた。幌はそのままだ。

 荷の上で、猫が尻尾の先だけ動かしている。


 座らされたついでに、訊いてみた。


「その、置いてくってのは。何を、どこに」

「呪いを」


 あっさり出てきた。


「引き受けてくださる方が、一人いらっしゃるんです」

「……一人」

「あちらにいらっしゃいます」


 それだけだった。

 名前も、顔かたちも、どんな者かも出てこない。町の者は、それで話が済んだ顔をしている。


 猫のほうを見た。


「なあ、フェリ課長。呪いって、置いていけるもんなのか」


 猫が、一度だけ耳をこちらへ向けた。

 それから、体ごと娘のほうへ向いて、言った。


「……こっちだと、そういうの、取次が要るのよねえ」


 娘が「はあ」と返事をする。猫はそのまま娘に何か話し続けている。


 俺の質問はどこへ行った。


 娘は相槌を打ちながら、桶を持ち直している。

 呪いを一つ置いてきて、それきり、水を汲んで暮らしている。


「……そりゃ、いいな」


 言ってから、何がいいのか分からなくなった。


 娘がこちらを見る。焦げた上着を見て、それから俺の顔を見て、当たり前のことのように言った。


「――置いていけますよ。その呪い」

 ……置いていける。呪いを。置いて。

 隣で、リゼの足が半歩、前に出た。

 充実度36%。

「……なあ、リゼ。いま、お前のほうが先だったぞ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。