ep054「自分の爆発の跡を捨てようとしたのに、初めて来た町でおかえりと言われた」
手の上にある。
入れた覚えはない。
だが、見覚えはある。
――俺が、爆ぜたあとの土だった。
黒い。乾いている。指先でこまかく落ちる。握れば崩れそうなのに、崩れきらない。削り取られた形のまま、手の上でじっとしている。
片面が平らだった。そこだけ、手ざわりが違う。焼けた匂いは、もうしない。
思ったより、なんでもない。
握って、開いた。同じ形だった。手を傾けてみた。落ちない。こまかいところだけが指を伝って、あとは形のまま残る。
朝だ。荷馬車はもう動いている。俺は荷の上に座って、手を開いたままでいた。
リゼは手綱を持って前を向いている。白猫は荷の上で体を伸ばして、目だけ開けていた。馬は道だけを見て歩いている。
「……お前か」
「いいえ」
それきりだった。訊き返しもしない。リゼの手は手綱から離れない。顔もこちらへ向かない。白猫も何も言わなかった。
朝の道は明るい。土も草も、色が薄い。上着は焦げている。袖しか残っていない布は、朝のうちだと茶色に見えた。
道にも、荷にも、黒いものは他に一つもなかった。
俺は荷馬車から降りた。降りるときに、荷馬車は止まらなかった。歩く速さと同じだったから、そのまま足がついた。何も言わなかったし、誰にも訊かれなかった。
リゼも降りた。手綱を持って、馬のわきを歩きだす。白猫は乗ったままだ。降りる気配もない。
足の裏に道が来る。土は乾いていて硬い。歩いても、手の中のものは崩れない。
充実度40%。
……なんで俺が、俺を持って歩いてるんだ。
道の脇に、窪みがあった。草も生えていない。土がむき出しになっている。捨てるのに、ちょうどよさそうな深さだった。
窪みの前で、一度だけ立ち止まった。それだけだ。
放った。
放るときに、少し力が要った。乾いているのに、指から離れにくい。窪みの底に当たって、少し崩れた。形は、だいたい残っている。窪みの中で、それは朝と同じ形をしていた。
指に、こまかいのが残った。払っても、少し残った。
誰も、何も言わなかった。
何か言われると思っていた。何も言われなかった。
リゼは歩く速さを変えない。白猫は見もしない。馬は首も動かさなかった。
俺は歩きだした。速さは変えなかった。そのまま歩いた。しばらくして、窪みは見えなくなった。
「……いま、あなたのお金を捨てたわよ」
白猫が荷の上から言った。姿勢は変えていない。
「なんの話だ」
答えなかった。目も開けない。もう一度訊いた。それでも同じだった。
充実度20%。
……いや、待て。売れるのか、それ。
俺が残したものに、俺じゃない誰かが値を付けている。付けた覚えは、こっちには無い。爆ぜたのは俺だ。あとに残ったものの話までは、聞いていない。
自分の残りかすが、どこかで待たれている。
歩いた。誰も、この話を続けなかった。
荷の上では、日の当たるところがだんだん広くなっている。白猫はそっちへ移った。道はずっと同じ調子だった。人にも会わない。日が上がっていく。手のほうは、何も持っていない。
日が高くなったころ、荷の上に、それがあった。
朝と同じ形で、片面が平らなところも同じだった。
誰も何も言わない。
「誰が――」
「……窓口の話の、続きなんだけどね」
俺の言いかけたところへ、そのまま被せてきた。白猫は荷の上で、姿勢も変えない。
「……その話、まだ続いてたのか」
「続いてはいないわ。止まったところから、分かったことがあるだけ」
「窓口ってのは、お前のところのか」
「そう。私が行って、そのたびに帰らされたところ」
「で、その続きが、これか」
「そう」
白猫は、続けた。
「あなたの爆発の跡って、うちの記録だと、あなたじゃないの」
「……は?」
「あなた、うちの記録に載っていないでしょう。載っていない人の物は、記録の上では、誰の物にもならないの」
「俺の跡だぞ」
「そうよ。あなたの。うちの記録が違うだけ」
「うちの記録ってのは、そんなに偉いのか」
「偉くはないわ。ただ、うちはそれしか見ないの」
「じゃあ、いま荷に入ってるやつは」
「誰の物でもない物を、あなたが持ってるってだけよ」
白猫は間を置かない。
「持ち主のない物はね。誰が持っていても、うちは口を出せないのよ」
「口を出せないって、何にだ」
「全部よ」
声はいつもと同じ高さだった。途中で止めもしない。規則のところは、最後まできちんと喋った。
規則のところだけ、やたら手際がいい。
笑うところなのか、腹を立てるところなのか、決まらなかった。
リゼは前を向いたままだ。この手の話に、口を挟んだことがない。
「……じゃあ、誰が持っていったのかは」
「……それ、うちの所管じゃないのよ」
「所管」
「所管」
「規則のほうは、あんなに詳しかったのにな」
「規則は、うちの所管だもの」
リゼは手綱を持って、いつもの速さで歩いている。その片手が、いつのまにか荷のほうへ伸びていた。荷を見てもいない。
気づいたのは、手が離れたあとだ。
荷の、どの順にも入らないところ。そこに、それが入っていた。
入れた手は、そのまま手綱に持ち替わった。速さも変わらない。何も言わない。理由も付かなかった。
充実度36%。
……そこは、上がるところじゃないだろ。
白猫が耳だけ向けた。そのあとで、音が来た。
人の声だ。物を動かす音もまじっている。町より先に、音のほうが着いていた。
まだ、町は見えない。
……音だけ先に来られても、困るんだが。
音のほうへ歩いた。かん、かん、と何かを叩く音がまじっている。人の声は、その下にあった。歩いていくと、音の一つ一つが分かれてきた。声と、物の音と、それから、水の音。
どれも近い。近いのに、まだ町は見えなかった。
道の脇に、家の裏が出てきた。そこから、音がずっと続いていた。歩く速さを落とした。落としたところで、音は近づいてくる。
道が曲がって、そこで急に広くなった。
屋根が見えた。高いものは一つも無い。道の両側に家が続いている。人が出入りしている。こちらを気にしている者はいない。
リゼが馬を止めた。町の入り口だった。
俺は自分の手を見た。何も無い。持っていたものは、荷の中にある。白猫は荷の上にいる。目を開けたまま、何も言わない。
上着の裾を引いた。焦げて袖だけになったやつだ。引いたところで、袖は袖のままだった。やっても何も変わらない。
リゼは手綱を持ったままだ。前を見ている。
荷馬車のわきを、人が通っていった。手にした物はそのままだ。歩く速さも変えない。立ち止まりもしなかった。
頭だけ、少し下げた。深くはない。すれ違いざまの角度だった。
「……ああ。おかえりなさい」
充実度21%。
俺は、この町に来たことがない。
「……リゼ。お前、ここ――」




