↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最強の自爆魔道士は、今日も報われない ―幸せになると爆発します―  作者: かるたっくす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/80

ep051「返してくれと言われて返さず、これは俺のだと嘘をついた」


 壁に、釘が二本になっていた。


 一本は、前からある。


 もう一本は、頭だけが光っている。


 打った者は、壁を一度だけ掌でなでてから、金槌を持ったまま、何も言わずに帰っていった。


 戸を叩きもしない。声もかけない。振り返らずに、金槌を提げた手をそのままにして、二軒先の家のほうへ歩いていった。


 四角い跡の隣に、一本。そのまた隣に、もう一本。


 俺は数えた。二本。何度見ても二本だ。


 釘の頭を、日が白く光らせている。前からあるほうは、光らない。


 壁に短い影が二本ならんでいる。日が高くなるぶんだけ、少しずつ詰まってきた。


 その下の四角い跡に日が当たって、そこだけ色が違うのがいちばんはっきり見えた。隣の家にもある。その隣にもある。高さは家ごとにばらばらだ。


 充実度10%。


 通りには人が出ていた。桶を提げた男がうしろを抜けていって、子どもが家と家のあいだを走っていく。話し声はいくつも続いていて、そのどれもこちらへは向かない。


 真ん中のあたりで、人の歩く筋が一本だけずれていた。


 誰も顔を上げない。戸口の前に立っている俺たちのほうへ、目を向ける者が一人もいなかった。


 充実度6%。


 ……いや、なんで俺、他人の家の壁を見張ってんだ。


「……6。まだ何も起きてないのに6。まあ、静かでいいわねえ」


 荷台の縁で白猫が座り直した。


 荷馬車は通りの端に寄せたままだ。上着は袖だけになっていて、前を合わせようにも合わせるものがない。リゼは荷馬車の脇にいた。


 戸が、開かない。


 内側で何かを動かす音がしていた。止まって、また動いて、しばらくして、また止まる。探している音だった。


 戸の前で待っているのは、俺たちだけだった。


 だいぶ経ってから、戸が開いた。


「おはようございます」


 アデルが出てきた。明るい声だった。


 手は、後ろに回っていた。


 そのまま戸口に立った。


 通りの向こうから、男が歩いて来た。


 誰も顔を上げなかった。俺たちにも上げない。その男にも上げない。桶が横を通りすぎて、子どもの声が家のあいだで跳ねた。よそから来た者を見る目つきが、通りに一つもない。


 男が抜けていくところだけ、話し声が途切れた。抜けたあとで、また続いた。


 真ん中のずれた筋の上を、男は普通に歩いていた。


 男は壁を見なかった。


 釘を見ない。四角い跡も見ない。戸のほうへも目を向けなかった。


 アデルは戸口に立ったままだった。手は、まだ後ろにある。


 男は、その戸口のほうへは寄らなかった。


 そして、俺の前で足を止めた。


 手ぶらに見える。提げているものも、抱えているものもない。両手とも空いている。


「掛かっているものしか、持っていかない」


 声は平らだった。大きくも小さくもない。


「……は?」


 俺は壁のほうを見た。釘が二本。どちらにも何も掛かっていない。


 男は説明しなかった。言い方を変えもしない。訊き返す間を待ってもいない。


「今日は、掛かっていない」


 ……いや、そういう話じゃなくてだな。


 言い返す言葉が、そこから先へ出てこなかった。


 男の目は、俺の顔から動かない。驚きも、惜しがりも、急ぐ様子もなかった。俺の前で足を止めて、俺の顔を見て、それだけだった。


 男が歩き出した。速さは来たときと変わらない。壁のほうへは、とうとう一度も顔を向けなかった。


 俺は男の前に立ったままだった。よけられもしなかった。


 視界の端で、リゼが一歩下がった。口は開かない。


 俺も、その背中に何も言えなかった。


 通りの向こうから、誰かがアデルに声をかけた。


「……早いほうが、楽よ」


 責める調子ではない。急かしてもいない。


「はい」


 アデルが戸口で体をそちらへ向けて、明るく返事をした。


 声をかけたほうは、そのまま自分の家のほうへ行った。こちらは一度も見ない。


 俺には、一言もなかった。


 充実度4%。


「……4。ちまちま減るわねえ」


 男の背中が、通りの人にまぎれて見えなくなった。


 しばらく、誰も何もしなかった。


 それからアデルが手を前に戻した。


 そして、釘に掛けた。


 背伸びもしない。目も閉じない。戸を開けるのと同じ手つきだった。二本のうちの片方に掛けた。


 掛けてから、もう一度だけ指をかけて、動かないのを確かめた。


 アデルの指は掛けたところに触れたまま、少しのあいだ止まっていた。それから離して、掛かっているところを見た。


 掛けるあいだ、アデルは一度もこちらを気にしなかった。


 日がいちばん高いところにあった。壁の影は、指の幅ほどしかない。


 気がついたら、壁に手が届いていた。


 俺は、両手でそれを外した。


 外して、掌の中を見てしまった。


 見るつもりはなかった。外したはずみで、目のほうが先に入った。


 そこから、手が動かなくなった。


 指も、腕も、肩も。外したときの高さのまま、どこも動かない。


 アデルは取り返そうとしなかった。声も上げなかった。俺の掌のほうを見ていた。


 通りでは、まだ話し声が続いている。子どもが走っていって、器のぶつかる音がして、誰かが誰かを呼んだ。どこかの家の内から笑い声もした。


 このあたりだけ、何も動いていない。


 誰かが通りをこちらへ歩いてきて、外へ寄って、そのまま行った。


 日が壁の上を少しだけ移った。影の詰まり方が、さっきと変わっている。


 俺の腕は外したときの高さで止まったままだ。肘のあたりが、そのうち痛くなってきた。


 掌の中のものは、掌の中にある。それ以上のことは何も起きない。


 アデルは、掛かっていたところを一度だけ見た。それから俺の手のほうへ目を戻した。


 どれくらいそうしていたのか、分からない。


 ……いや、待て。俺、今、何やった。


「……返してもらえますか」


 明るい声だった。


 アデルは掌を上に向けて、俺のほうへ差し出していた。急かさない。言い直さない。手は水平のまま、そこで止まっている。


 俺はその手を見た。それから自分の掌を見た。


 どちらの手も、動かない。


 俺は、返さなかった。


 握り込むでもない。うしろへ回すでもない。ただ、外したときの形のままだった。


 白猫は荷台の縁でこちらを見ている。何も言わない。リゼも何も言わなかった。


 掌の中のものを見たまま、俺は口を開いた。


「……あのさ。俺、一個だけ、誰にも言ってないことがあるんだけど」


「言えなかった、っていうか。言う相手がいなかったのが先で、そのうち言わないほうが普通になってた」


「長いこと黙ってると、そのうち無かったことみたいになるんだよ。こっちにだけ、ずっと残ってるのにさ」


「べつに大した話じゃない。人に言うほどのことでもないんだ。ないんだけど」


「……まあ、そういうのが、ある」


 言いながら掌の中を見ていた。顔は上げなかった。


 アデルは何も訊かなかった。


 待っていた。俺が喋りだしても、待つのをやめなかった。


 喋り終わったところへ、数字のほうが先に入ってきた。


 充実度3%。


 一つぶんだけ動いていた。


「……1?」


「……あら、1。がんばったのにねえ」


 白猫が荷台の縁で尻尾を一度振った。


「……私も昔ね、ひとつだけ、処理を間違えたことがあるのよ。ええ、些細なこと。ほんとに些細な」


「それ以来ずっと、再発防止に努めてるわけ」


「……なんで急に自分の話すんだよ」


「あら、話の流れでしょう」


 白猫は前脚をなめて、それからまた喋りだした。誰も止めなかった。リゼも口を挟まない。


 アデルは手を出したまま黙って聞いていた。急かさない。相槌も打たない。掌は、さっきの高さのままだ。


 白猫のほうを見て、それからまた俺のほうへ目を戻した。手は動かない。


 通りには、まだ人が出ている。誰もこちらを見ない。


 町のどこかで話し声が続いている。ここだけが静かだった。


 釘の影が壁を横へ伸びていた。指の幅ほどだったのが、掌ぶんはある。二本とも同じだけ伸びている。


 影は、俺の足のところまで来ていた。


 リゼが、アデルのほうを向いた。


 通りにも届く声だった。


「……無くなっていません。また、できています」


「……はい」


 アデルはリゼのほうを見て、それだけ言った。


 驚かなかった。訊き返しもしない。


 リゼはそれきり続きを言わなかった。一歩も動かない。


 アデルは戸口に立ったままだった。戸を、閉めなかった。


 戸口の内は暗いままだ。


 そして、手を下ろした。


「……あれ、わたしが、掛けたんです」


 明るい声だった。ずっと、同じ声だ。


 充実度22%。


「――これは、俺のだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。