↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最強の自爆魔道士は、今日も報われない ―幸せになると爆発します―  作者: かるたっくす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/80

ep044「人助けのつもりで荷を上げて、生まれて初めて謝った」


 両手が塞がっていた。


「ミツルさん。もう一つ、お願いできますか」


 ……軽くするって話は、どこへ行った。


 昨日の夕方、言い出したのは俺のほうだ。その振り子、俺が持つ。荷を軽くするんだろ。自分の口から出た言葉である。


 リゼは礼を言わなかった。荷の紐を締め直して、包みを一つ、こちらへ寄こしただけだ。


 で、受け取った。手のほうが先に出た。


 右に一つ、左に一つ。指はとっくに曲がったままだ。


 振り子は上着の内側に入れてある。歩くたび、木の錘が脇腹に当たる。上着の裾は焦げたままだ。直す当ては、まだない。


「アルーダ」


 リゼは荷の紐を締め直していて、顔を上げなかった。


 行き先の名だけだった。なぜそこなのかは言わない。俺も訊かない。


 充実度46%。


 街道を歩く。朝のうちは人が少ない。荷馬車が前をゆっくり進んでいく。


 リゼは身軽だ。白いのに至っては歩いてもいない。荷の上で丸くなって運ばれている。


 抱えているのは、俺だけである。


 一度、脇に挟んでみた。包みの角が肋に刺さって、結局また両手に戻した。中で何かが動く。何が入っているのかは知らない。


 充実度40%。


 ……なんで下がる。

 こんな下げ方があるか。


「あら。よかったじゃない、下がって」


 荷の上の白いのが、尻尾の先だけ動かした。


「……よくない」


 昼過ぎ、道の先で正面が塞がった。


 崖だった。灰色の岩が、まっすぐ空へ立っている。


 上に、町がある。


 石段が一本、崖の腹を真上へ伸びていた。


 人が一人ずつ上がっていく。手ぶらだ。籠を提げている者も、包みを抱えている者も、一人もいない。


 荷は上がらない。


 代わりに、崖の途中を籠が上がっていた。思ったよりゆっくりだ。


 崖の縁に滑車が一つ突き出ている。綱はそこを通って下まで垂れていた。


 きし、きし、と鳴る。


 その音は、耳を澄まさなくても届いた。町のどこかで、ずっと同じ音がしていた。


 ……あれで、一日に何往復するんだ。


 石段の下には、荷が積み上がっている。包みと、革の袋と、籠。


 脇に人が何人か立って、上を見ていた。誰も座らない。自分の荷を見て、それから上を見る。急かす者はいない。急かしても上がらないからだ。


「荷は、上がらないんだ。人だけ上がる」


 声のしたほうに、娘がいた。


 綱を両手で握って、体ごと下へ引いている。引くと、崖の上で籠が動いた。


 一度手を止めて、掌に唾をつけて、握り直す。


 掌の付け根が、綱の太さのぶんだけ硬くなっていた。


 リゼが横で綱を見ていた。


「上がるときだけ鳴ります。下ろすときは、鳴りません」


 それだけ言って、また荷の紐に手をやった。


 娘は籠を一つ上げ切ると、次の籠を鉤に掛けた。掛けてから、一度、下へ引いて確かめる。


 それから、また綱を握った。


 ……全部あれで上がるのか。この町の荷が、一つ残らず。


「今日の分は、明日になる」


 誰に言うでもない言い方だった。


「三日後が上げの日だからさ。それまでに片づけないと、積み上がる。片づかないんだよ、どうやったって」


 愚痴である。頼まれてはいない。


 助けてくれとは、一言も言われていない。


 娘が、一度だけ上を見た。


 石段のずっと上のほうを見て、それきり何も言わずに綱へ戻る。


 積んであるのは、上へ行く荷だ。持ち主は、そこに立っている。


 俺は、抱えていたものを地面に置いた。


 それから、積んであるほうの荷を膝に乗せた。


 背負い縄をかけた。肩当ての位置を直して、立つ。


 膝から背へ回して、縄が肩に食い込んだところで、体が思い出したように持ち上がった。


 誰も止めなかった。荷の持ち主は目の前に立っていて、口を開けたままこっちを見ている。


 石段を上がった。


 途中で、下から誰かが何か言った。振り返らなかった。


 段は高さがまちまちで、上へ行くほど踏み面が斜めになる。踊り場で一度止まって、また上がった。


 欄干に手をつくと、下の道が思ったより小さくなっていた。


 上がっているあいだ、ずっと鳴っていた。きし、きし。すぐ横の崖を、籠が同じ速さで上がっていく。


 音は、上がるあいだだけ続く。籠が縁に着くと、消える。


 鳴っているのは、あっちだ。俺の背中は鳴らない。


 崖の籠は、俺より遅かった。踊り場で追い越した。


 上の町の戸口が、次々に開いた。


「荷が上がってる」


「上がるはずのないものが」


 置く場所を訊いたら、黙って指をさされた。さしたまま、誰も手を下ろさない。


 荷を下ろして振り返ると、戸口の人数が増えていた。


 俺は下りた。下りるほうが速い。


 石段の下では、誰も何も言わなかった。次の荷を膝に乗せる。それだけだ。


 二往復目。


 三往復目で、石段の下から荷が消えた。


 今日の分も、明日に回るはずだった分も、その次も。


 片づいた。


 空になった地面に、四角い跡だけが残っている。


 誰かが手を叩いた。一人が叩くと、二人になった。


 その音は、崖に当たって戻ってきた。


 充実度68%。


 ……ああ、これはよくない。


 よくないが、悪いことはしていない。


 白いのが、欄干の上を歩いてきた。


「ミツルくん、あなた今日ぜんぶ一人でやったわねえ」


「……余ってたからな、力が」


 リゼは止めなかった。


 荷の紐に手をかけたまま、一度だけ下を見た。石段の下のほうを、しばらく見ていた。


 何を見ていたのかは、訊かなかった。


 日が傾いた。


 上の町の壁はまだ白い。下の道のほうが、先に暗くなっていた。


 石段を下りきると、あの娘が立っていた。


 娘は綱のそばにいた。綱は垂れたままだ。誰も握っていない。


 籠は空だった。鉤には何も掛かっていない。


 鉤は綱の先で揺れていた。掛けるものがないと、あれはただ揺れる。


 昼に上を見ていた人たちは、もういない。


 朝から俺が抱えていた包みが、置いたところにそのまま残っている。俺が置いたときのままだ。誰も動かしていない。


 娘は俺を見た。

 それから、空の籠を見た。


 目が合っていた時間より、籠を見ている時間のほうが長かった。


「余計なことを」


 それだけだった。声は高くなかった。責める調子ですらない。


 少し後ろで、リゼが足を止めた。白いのも黙っている。


 理由は言わなかった。訊けば言ったかもしれない。訊かなかった。


 訊く必要もなかった。空の籠と、掛かっていない鉤と、俺を先に見た目の順番と。


 背中の縄はもう外してある。肩の当たっていたところだけが、まだ熱い。


 言い返さなかった。

 言い返す材料が、一つもなかった。


 両手は、空いていた。


 充実度9%。


 ……下がった。

 今度は、ちゃんと下がった。


「……悪かった」


 自分の声が、思ったより小さかった。


 娘は、答えなかった。


 空の籠を持ち上げて、鉤に掛けて、一度、下へ引いた。


 掛かったのを体で確かめる手つきだった。中身のあるときと、まったく同じだ。中身は入っていない。手順だけが残っている。


 娘は、籠から手を離さなかった。


 上の町では、まだ誰かが手を叩いた話をしている。声が崖の上から、途切れ途切れに落ちてくる。


 俺の背中には、まだ上の町の光が当たっていた。娘の立っているところは、もう暗い。光は上から来ている。俺のいるところまでで、切れていた。


 石段の上から、声が降ってきた。


「――その荷、どなたのお許しで上げなさった」


 綱は、鳴らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。