↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最強の自爆魔道士は、今日も報われない ―幸せになると爆発します―  作者: かるたっくす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/80

ep043「充実度の下げ方を二十通り試したのに、今日は一つも効かなかった」


 充実度23%。


「――よし。今日は、これを下げる」


 馬が、草を食っていた。

 俺の話は、まったく聞いていなかった。


 昨日、この世界で初めて自分から自爆魔道士だと名乗った手前、中身のほうは下げておきたい。


 言い出したのは、こっちが先ではない。

 朝いちばんに、リゼが腹帯の革を指で挟んで、少し引いた。


「……荷が、重すぎるのだと思います」


 裂けたわけでも、切れたわけでもない。伸びただけだ。

 それでも、この人は街道の途中で足を止めた。


 街道からそれて、刈られたあとの草地へ荷馬車を寄せる。車輪が土に食い込んで、一度だけ大きく傾いた。


 青くさい匂いが立った。切られた草の断面が、まだ乾ききっていない。


 轅から馬を外すと、荷馬車がわずかに沈んだ。


 ……そんなに載ってたのか。


 馬は外された途端に首を下げて、草を食いはじめた。秣もやらないうちからである。


 リゼは革紐を歯で押さえて、腹帯を締め直している。今日の仕事は、それで終わりらしい。


 ならば、こっちには別の仕事がある。


 一つ目。孤独。


 木陰の縁から離れて、日なたに一人で座った。誰とも喋らない。何もしない。前世の俺が毎日やっていたことだ。


 刈られた跡は硬い。座ると、切り口が尻に刺さる。日は真上に近くて、首の後ろがひりひりと熱い。


 いい感じだ。誰にも必要とされていない。


 しばらくして、すぐ隣で草を食む音がした。


 馬だった。


 追い払う。二歩だけ離れて、また戻ってくる。もう一度追い払う。同じだけ離れて、また来る。


 三度目で、腕を上げるのをやめた。


 懐かれたわけではない。木陰の縁が、そのぶん動いただけだ。

 こいつは日陰に来た。俺のところに来たのではない。


 それは分かっている。分かっているのに。


 充実度28%。


 ……なんで上がる。


「あら。下げに来たのに、上がってるわねえ」


 荷の上で腹を出していた白い猫が、片目だけ開けた。


「……うるさい」


 荷を全部下ろすとき、布に包んだものが出てきた。結び目は、渡された日のままだ。


 俺はそれを、荷の上に置き直した。


 リゼが莚を広げはじめる。


「置いていく物を、選びます」


 昼。


 莚の上に、荷が順に並んでいく。壊れやすいものが先で、いちばん下に積むものが最後だ。順番は決まっていて、リゼは一度も迷わない。


 草を食む音が、さっきより近い。顔を上げると、馬は莚のすぐ向こうにいた。


 二つ目。惨め。


 莚から離れたところで、一人で飯を食った。木の実と、干した香の切れ端。


 噛むと、口の中の水気が全部持っていかれる。


 誰も呼ばない。誰も来ない。上出来だ。


 白いのが来て、俺の横で腹を出した。日なたのいちばん熱いところを選んで、ごろりと転がる。

 少し遅れて、リゼが莚をもう一枚、すぐ横に広げた。


「……なんで、そこ」


「次は、ここです」


 誘われたのでも、気を遣われたのでもない。次に莚を広げる場所も、この人の中では決まっている。


 白いのが寝返りを打って、背中を俺の腿に預けた。重い。


 三つ目。屈辱。


「……聞いてくれ。前にいた世界で、いちばん思い出したくない日の話だ。あれは――」


「それは、三度目です」


 言い終わる前だった。文箱は、膝のわきに閉じたままだ。


「……記録するな」


「していません。数えているだけです」


 もっと悪い。


 あとは運ぶだけになった。持ち上げて、積んで、下ろして、また積む。


 本気を出すと速い。

 革の袋を両脇に一つずつ抱えて、二歩で荷台まで運ぶ。下ろして、振り返って、また掴む。息は上がらない。上がらないのが腹立たしくて、次は三つ抱えた。


 袋の角が肩に食い込む。かろうじて労働らしいのは、それだけだった。汗が顎から落ちて、莚の端に丸い染みを作る。


 速すぎて、リゼが選び終わる前に、半分が荷馬車に戻っていた。


「あなた、下げに来たんじゃなかったの」


 言い返さなかった。黙って、次の袋を担いだ。


 充実度17%。


 ……下がった。

 なんで、いま。


 日が回って、木陰の縁がまた動いた。

 喋ったのは、荷のことばかりだ。それは重い、それは割れる、それは下でいい。


 俺が持ち上げて、リゼが指をさす。それだけを何度も繰り返した。


 充実度34%。


 莚の端に、振り子が一つ残っていた。

 値札がついていない。糸が切れて、錘だけが布の上に転がっている。


 どの順番にも、入っていなかった。


 新しいのは荷にある。糸の切れていないのが、ちゃんと一つ。

 それなのに、こっちも持っている。


 錘は木でできていた。塗りが剥げて、角が丸くなっている。

 握った手の形に、へこみが残っていた。俺の手ではない。


 訊くつもりはなかった。口のほうが先に動いた。


「それ、直せるのか」


 物のことなら、訊いていいはずだ。

 今朝、伸びた革を締め直したばかりの人である。


 リゼの手は止まらなかった。


「直しません」


「……なんで」


「兄のですので」


 手が、止まった。

 一度だけだった。すぐにまた、袋の口を縛りはじめる。


 兄。

 この人が身内の話をするのを、聞いたことがない。


 日は真上から少し外れて、莚の上を白くしていた。

 昼下がりの草地に、隠れるところは一つもない。


「家は、解呪師の工房でした」


 言い方は、荷の中身を数え上げるときと変わらなかった。


「一度だけ、うちで手に負えない呪いを、請けました」


 荷の上で、白いのが体を起こした。


「――ねえ、ミツルくん。お腹すかない?」


「……いま?」


 リゼは構わなかった。手も、口も止めない。


 白いのは、体を起こしたままだった。行き場をなくした前足が、荷の上で一度だけ宙を掻く。


「暴発しました」


 二つ目の袋の口が縛られる。


「工房は、もうありません」


 三つ目の口も縛られた。


「兄は、いまも眠ったままです」


 革紐の端が、きゅっと鳴った。


 それから、リゼは片手を地面から少しだけ上げた。手のひらを下に向けて、そこで止める。


「これくらいの背丈のときです」


 手のひらは、それきり動かなかった。


 何年前とは、言わなかった。

 どこの話なのかも、言わなかった。


「……いつか、行きたい場所があります」


 どこ、とは続かなかった。


 前に一度だけ、解けない呪いに挑んで負けた、と言ったのは、この人だ。


 俺は、何も言わなかった。


 慰めは、たぶん違う。

 大変だったな、も違う。俺なら言われたくない。

 訊いていいことが、一つも思いつかなかった。


 だから、黙って手近な袋を持ち上げた。


 馬は、そのあいだもずっと草を食っていた。


 ぶち、ぶち、と根の切れる音がする。尾が動いて、蠅を払う。

 腹が、呼吸のたびに膨らんでは戻る。

 音は、一度も止まらなかった。


 どれくらいそうしていたのか、影の位置でしか分からない。


 リゼが手を下ろして、次の袋を引き寄せた。


 日が傾いた。


 荷はまとまり、革の袋の口は全部縛られた。

 置いていく物は、結局ほとんど選ばれなかった。


 莚に残ったのは、欠けた匙が一つと、口の裂けた袋が一つ。それだけだ。


 この一日で聞いた声は、三人ぶんしかない。


 四つ目。


 俺は莚から少し離れたところに座り直した。


 今度は、馬も来なかった。


 座り方は、朝と同じだった。


 草地の色が抜けていく。日はもう横から差していて、草の一本ずつが長い影を引いていた。地面の熱が引いて、尻の下だけがまだ温かい。


 蠅の音も、いつのまにか聞こえない。

 草を食む音だけが、遠くで続いている。


 上着の裾は焦げたままだ。日の色で、焦げ跡の縁だけが赤く見える。


 布に包んだものが、荷の上に置いてある。

 朝は、置き直せた。

 手を伸ばして、引っ込めた。


 充実度46%。


 ……今日、俺は誰も助けてない。何もしていない。

 一日じゅう、下げようとしていた。


 それで、これだ。


 何もしない日が、いちばん危ない。


 振り子は、まだ莚の端にあった。


「――その振り子、俺が持つ。荷、軽くするんだろ」


 馬が、顔を上げた。


 草を食む音が、止まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。