ep038「俺の名前で英雄をやってる奴がいたので名乗り出たら、偽物扱いされたのは俺だった」
町の木戸の脇に、俺の名前が貼ってあった。
『自爆魔道士様 御用向き承り所』。名前も二つ名も合っている。ついている人相書きだけが、まったくの別人だった。
……あと、なんで下に「見舞金 受付」と書いてあるんだ。
街道が二手に分かれる関の町、ギンコ。どっちへ行くか決めるために寄っただけの町である。
顔のない敵を探しに出たはずが、先に行方不明になったのは自分の顔だった。
掲示板には紙が幾重にも重なっていて、風が来るたびに端がめくれる。並木の影が道を横切り、地面を縞にしていた。
荷車の輪が石を噛んで、脇を通り過ぎていく。
肩の白猫が、首を伸ばして紙に鼻を近づけた。
「あら、出世したじゃない。名前が先に着いてるなんて、大物の証拠よ」
言われてみればそうだ。悪い気は――
「……で、これ誰?」
白猫は人相書きを爪でつつき、それから長い欠伸をした。
俺が訊きたい。
四角い顎に、肩まで伸ばした癖のない髪。どこも似ていない。ただ、目つきの悪さだけが合っている。
そこだけ合ってるのが、いちばん腹が立つ。
俺の噂が先に着いて、下手な似顔がついた。それだけの話だと、このときの俺は思っていた。
充実度40%。
隣でリゼが、紙の下の隅を指でつまんだ。
「絵は当てになりません。字を見ましょう」
わずかに反らせて、光にかざす。
「墨がまだ新しいですね」
木戸の番人が、こちらを見て笑った。
「あんた、運がいいよ。自爆魔道士様は、先だってお発ちになった」
「……はあ」
「居合わせたら、あんたの荷まで焦げてたろうよ」
――俺は、この町に来ていないぞ。
木戸をくぐって町に入るころには、日が傾いていた。竹箒の音が、あちこちから同じ拍で聞こえてくる。
並木の下に落葉がたまり、掃いても掃いても追いつかないらしい。
その音の下に、俺の知らない俺の武勇伝が転がっていた。
街道に出た魔物を、大爆発ひとつで残らず吹き飛ばした御方。しかも、土地の者から礼金を一銭も受け取らなかった御方。
……立派だな、そいつ。
落葉を掃いていた娘が、箒を止めて頭を下げた。マレン、と名乗る。
「あの方に助けていただいたので、お返しをしないといけないんです」
恩人の話になった途端、口が早くなる。
「あの方は、魔物を退けたあとで、もう一度、大きいのを見せてくださって」
……二度目は、要るのか。
訊けなかった。マレンの顔が、あんまり誇らしげだったからだ。
荷を担いだ町の男が、脇から口を添える。
「あの方は、壊したものはご自分で直すお人でしてね。焼けた屋根と荷の後始末は、名代の方が引き受けてくださる。町は、その後始末の費えをお納めしているんです」
男の指した先に、木戸のそれと同じ札が下がっていた。下に、蓋のついた預かり箱がひとつ。
「うちが一番、大きく焼けたので」
マレンが箒の柄を握り直す。
「あの方が、うちのために一番大きいのを使ってくださったから」
声を荒らげなかったのは、我ながらよくやったほうだと思う。
「――それ、俺だ」
名乗り出た。
町の男は俺を上から下まで眺めて、手のひらを自分の頭より高く掲げた。
「ご冗談を。自爆魔道士様は、お背丈がもっとこう……」
「外套も焦げてませんね」
焦げないんだよ、これは。
充実度24%。
俺の名前で稼いだ金は、俺の懐に一銭も入っていない。
マレンが、まっすぐにこちらを見た。
「じゃあ、爆発してみせてください」
人の通りの絶えた広場まで、ぞろぞろと場所を移した。日は傾ききって、並木の影が長く伸びている。
その隅に、荷の重しらしい石が転がっていた。
片手で持ち上げて、頭の上まで掲げてみせる。誰ひとり、驚かなかった。
後ろのほうで感心したような声がひとつ上がって、それきり続かなかった。
「力自慢なら、うちの荷方にもおりますよ」
「自爆魔道士様は、力じゃなくて、爆発でしょう」
石を置いた。人類最強の肉体が、荷方と同格に落ちた瞬間である。
手を離した石が、思ったより鈍い音を立てる。
……いや、それなら爆発だ。やってやる。
そう思って息を吸い込んだところで、腹の底が空っぽなのに気づいた。
できない。
溜まっているはずのものが、どこを探しても見つからない。指先まで、静かなものだ。
吸った息を、そのまま吐いた。それだけで終わりだった。
町の男が首をかしげる。マレンは箒を抱えたまま、まだ待っている。
肩の白猫が、鼻を鳴らした。
「24%じゃ無理ねえ。あと七十六、幸せになってきなさい」
爆発したい、と思った。たぶん、初めてだ。
拳を握った。握ったところで、何も起きない。手のひらに、石の埃が残っているだけだ。
あれは偽者だ、と言えばいい。
言えば、この子の恩人がいなくなる。
だから黙った。石の埃を手のひらから払って、それだけで済ませた。
マレンが箒を抱え直して、もう一度頭を下げてくる。
「変な話につきあわせてしまって……聞いてくださって、ありがとうございます」
礼を言われた。
数字は動かなかった。
上がらないほうが楽なはずなのに、なんで気分が悪いんだ。
顔を上げたマレンの目は、まだ誇らしげだった。恩人の話をしていたときのまま、少しも曇っていない。
言っても、信じてもらえない。
マレンは掃き寄せた落葉を袋へ押し込みながら、当たり前のことのように続けた。
「自爆魔道士様は、四日後にまた見回りに来られます。そのときに、残りをお納めするんです」
袋の口を縛る手つきに、迷いがない。四日後が来るのは、この子にはもう決まったことなのだ。
信じてもらえないなら、四日後を止められない。
充実度12%。
日が落ちて、木戸が閉まった。
竹箒の音は、いつのまにか止んでいた。人通りの絶えた道に、軒先の灯りがぽつぽつと点きはじめる。
番人は木戸に閂を通して、こちらへ会釈をひとつよこした。焦げなかった荷を、まだ運がいいと言いたいらしい。
掲示板の前まで戻ると、紙はもう暗くて読めない。それでも、あの一枚がどのあたりに貼ってあるかは、手を伸ばせば分かる。
板に触れると、貼り重ねた紙が幾重にも指に当たる。いちばん上が、あの一枚だ。
昼に掃かれた並木の下には、また落葉が積もりはじめていた。
爪先で寄せると、乾いた音がした。
俺の名前は、この町でよく働いている。働いた分の礼も、後始末の費えも、俺の知らないところに集まっていく。
俺が飯の心配をしている間も、あいつは俺の名前で人を助けている。ずいぶん働き者だ。
肩の上で、白猫が丸くなった。夜は寝るものだと決めているらしい。
リゼが暗い板を見上げたまま、口を開いた。
「その方は、あなたの名前だけを使っています」
板から目を離さないまま、しばらく黙っている。
指先が、見えない紙の高さで止まる。人相書きの、ちょうど顔のあたりだった。
「……つまり、あなたを見たことがない」
殴る理由なら、もう立っている。殴る相手の顔だけがない。
顔がないなら、四日後に見に行けばいい。
拳を開いて、また握った。指の節に、石の埃の感触が残っている。
顔を上げた。腹は、かえって据わっていた。
四日後。それまでに、俺は俺に戻らないといけない。
「――おい猫。俺、これから幸せになるぞ」
「あなたが言うと、脅迫に聞こえるわねえ」
充実度12%。
――この町で俺が俺だと証明する方法は、幸せになって、爆発することだけだ。




