↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最強の自爆魔道士は、今日も報われない ―幸せになると爆発します―  作者: かるたっくす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/80

ep032「本を返しに恩人の町へ戻ったら、俺の爆心地が名所になっていた」


 川を渡って半日、栗の毬が転がる街道の先に、半月ぶりの門が見えた。


 前に来たときは、この門を見ただけで数字が振り切れた。今日は四十二から動かない。慣れというのは、ありがたいものだ。


 ――そう思ったのは、門をくぐるまでだった。


 内側で誰かが、俺の名前を呼んだ。呼ばれ慣れていないほうの名前だった。


「《カタストロフ》様だ! 《カタストロフ》様がお戻りだぞ!」


 動かないと言った端から、数字が動いた。


 門の外に並んでいたはずの市が、内側まで溢れていた。両側に台が出て、品数も声も倍になっている。「本物の出る町」と墨で書いた看板の下で、木槌が新しい店の釘を打っていた。


 荷馬車は市の外れへ寄せるしかない。馬を柱に繋ぐ。焼き栗の匂いが、革と紙の匂いに混ざって流れてくる。


 台の一つに、焦げた布の切れ端が並んでいた。


 値札がついていた。


 俺の服より高かった。


 俺の服だった。


 隣で呪い屋が真顔で財布に手を伸ばしたので、腕を掴んだ。


「やめろ。それ、俺だ」

「原価の分かっている仕入れは強いですよ」

「強くない。買うな。売るな」


 その隣は小袋に詰めた土だった。爆ぜ跡の土、と札にある。走ってきた子供が両手を広げて「ばーん」とやって、駆け抜けていった。


 ……なあ、それ、俺だぞ。


 訂正しようとして、やめた。前に一度やったことがある。話が三倍こじれた。


「《カタストロフ》様、これ持っていってくだせえ」

「うちに泊まってくだせえよ。銭はいらねえ」

「いや、宿は」


 言い終わる前に焼き栗を握らされ、片方は口に入れられた。背中を叩かれる。名を呼ばれる。手が触れるたび、数字が一段ずつ上がる。


 呪い屋は値札の桁を眺めて、目を細めていた。


「半月で、ここまで上がりますか」

「何がだ」

「値が」


 それだけ言って、次の台へ移る。理由は言わなかった。


「呪い屋の姐さんじゃねえか! 教会をやり込めた」

「その節はどうも。呪具が入り用でしたら、荷は市の外れに」


 称賛を、その場で商売に変換している。こういうことが、俺にはできない。


 外套の内側で、白い頭が身じろぎした。


「人が多いわ。毛が乱れる」

「出てこないのか、課長」

「出ないわよ。混雑手当が出ないもの」


 礼と歓声の輪がじわじわ閉じてくる。


 充実度88%。


 ……おい待て。まだ挨拶もしてないぞ。


 背中を叩かれ、栗を握らされ、名を呼ばれ続けて、輪はさらに膨らんだ。


 充実度98%。


 ……九十八。町に入って、まだ百歩も歩いてないぞ。


 人目のない場所を探した。半月前ならいくらでもあった広場の外れは、石畳を敷き直されて荷車が三台停まっている。


 残るのは、門を出た先の空き地だけだ。


 俺が最初にこの町で爆ぜた場所。俺だけが内心で爆心地と呼んでいて、町の連中は爆ぜ跡と呼んでいる。


 そこは、名所になっていた。土手には見物の人が並び、下には露店まで出ている。


 人目のない場所は、この町にもう一つも残っていない。


 仕方なく真ん中まで歩いていって、空を見上げた。


 町衆の動きは、速かった。誰も逃げない。慣れた手つきで土手へ上がり、輪をつくって、そこで足を止める。


 止まった位置に、線があった。草が焦げて色の変わっている縁だ。半月前、俺の爆風がちょうど届いたところ。


 この町は、俺の爆発の届く距離を実測して、そこに境を引いていた。避難ではない。見物の陣形だった。


 名乗りもいらない。口上もいらない。名所のど真ん中で、名所の由来を再演するだけだ。


 息を吸って、俺は爆ぜた。


 煙が晴れると、拍手が起きた。歓声と、口笛と、もう一度俺の名前。


 充実度0%。


 服はまた駄目になった。外套だけが、いつも通り焦げていない。


 拍手はやまない。やまないので、数字がまた上がりはじめた。


 ……下げた端から上げるな。


「値がつきますね、これも」

「言うな」


 門をくぐって町へ戻る道すがら、通りの角に人の列が見えた。荷を抱えた町の連中が、十人ばかり並んでいる。


 ……あれ、なんの列だ。


 辿っていくと、見覚えのある家の前に出た。日が傾いて、通りの片側だけが赤い。


 文庫番の家だ。


 蔵の戸が、閉まっていた。


 半月前、この家の当主は中身をぜんぶ持っていかれた空の蔵を、それでも毎日開けていた。風を入れるのが仕事だと言って。


 中身が戻ったいま、戸は閉まっている。


 軒下には包みが積んであった。下のほうは埃をかぶり、いちばん上のは新しい。断って、断って、それでも置かれていった数だ。


 戸口では、タニアが声を張っている最中だった。


「何度来ても同じだって言ってるでしょ! うちは売らない!」

「はい。承知しております」


 相手は落ち着いた身なりの男で、深く頭を下げた。顔色がぴくりとも動かない。


「また、うかがいます」


 新しい包みを軒下に置く。それから帰りぎわに足を止めて、俺の外套を見た。


「失礼ですが、それは渡り人の……お売りになりませんか」

「売らない」


 自分でも驚くくらい早く出た。


 ……俺は、他人には何でもくれてやる男のはずなんだが。


 男はもう一度だけ頭を下げて、去っていった。


 タニアが振り返る。開口一番だった。


「遅い」

「いま着いた」

「半月かかってる」

「川が止まってた」


 それから、蔵の戸を親指で指した。


「席は空けてある。……今、そこに知らない人間が座りたがってるだけ」


 戸の脇に、当主が立っていた。半月前より、背中が丸く見える。


「おお。お戻りでしたか」

「爺さん。なんで蔵を閉めてるんだ」

「開けると、覗きに来ますのでな」


 当主は戸に寄って、隙間を指先で撫でた。


「風入れは、もう毎日はできませんな。……湿っておりますな」


 それの何が問題なのか、俺には半分しか分からなかった。


 袖を引かれた。呪い屋が小声で言う。


「紙と革です。風を通さないと、黴が来ます」

「来ると、どうなる」

「読めなくなります」


 開けると覗かれる。だから開けない。開けなければ風が入らない。


 守り手が守るほど、守りたい物が黴びていく。


「買い手ですわい」


 当主が言った。


「渡り人の物を集めておられる御方がおりましてな。あの手代は、その使いで」


「役人か」

「いいえ。役所は、もう来ませんわい」


 解呪局の主任は、本庁の監査に引かれていったきりだと聞いている。


「じゃあ、何を根拠に居座ってるんだ」

「銭ですわい」


 奪いに来るのではない、と当主は言った。買いに来るのだ。


 値は正当。むしろ高い。断られても脅さない。声も荒げない。頭を下げて帰って、また来る。


「あなた方より、私のほうがこの本を守れます。……そう仰るそうで」


 殴る相手が、また、いない。


 しかも、湿った戸の前で聞くと、その言い分は正しく聞こえてしまう。


「半月で、ここまで上がりますか」


 呪い屋が市の方角へ目をやって言った。門の内側の話ではなかった。


「本物が一冊出た町だと知れ渡ったんです。それまでは、九割が鍋の蓋でしたから」

「一冊出ると、どうなる」

「贋物ばかりの棚に本物が一つ混じったと分かれば、棚ぜんぶに値がつきます。この町の物、ぜんぶに」


 当主が蔵の戸に手をかけた。


「今夜は、ここで休んでいってくだされ」


 蔵の一番いい席の約束が、こういう形でだけ、半分果たされた。


 充実度35%。


「ときに、あの書は」


 俺は荷を解いた。


 蔵の中は行灯ひとつだった。棚には帳が戻り、封蝋の箱が戻り、半月前は空だった場所が埋まっている。埋まっているのに、空気が重い。紙と革と、その奥にかすかな黴の匂い。


 俺は手記を両手で差し出した。


「返しに来た」


 当主は、それを見た。


 受け取らなかった。


「いま、この蔵に戻すのは、この書のためになりませんな」

「爺さんの家の物だろ」

「読める御方が持っておるのが、いちばん安全ですわい」


 差し出した手が、そのまま宙に残った。


 半月前にも、ほとんど同じ言葉を、同じ人から聞いた。あのときは、貸すための言葉だった。


 川を渡って、半日歩いて、ここまで来て、まだ返せない。


 手を下ろすまでに、少し時間がかかった。


 戸が開いて、タニアが入ってきた。包みを一つ抱えている。


「置いてった。あと、言伝」


 覚えた通りに、平らな声で言った。


「旦那様は、四日後にこの町を発たれます。買い付けは、その日まで。それまでに、お返事を」


 脅しの言葉は、一つもなかった。


 四日経てば、この町から渡り人の物がまとめて出ていく。売る家は売って、売らない家だけが残る。


 市の棚は、もう空きはじめていた。


 ……四日後。俺の旅は、どうしてこう、いつも日が切ってあるんだ。


 膝の上で白猫が欠伸をした。


「ねえミツルくん。この町の物に値がついたのは、いつからだと思う?」

「……半月前だ」

「そうね。町の名を上げた男が、ひとりいるものねえ」


 蔵の外で、また誰かが俺の名前を呼んでいる。呼ばれ慣れていないほうの名前だ。


 ――充実度15%。


 呼ばれるたびに、少しずつ、下がっていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。