ep026「自分の呪いを掘ってみたら、容疑者は荷馬車に二人だった」
「掘る順番は、俺が決める」――ゆうべ、確かにそう言った。
言った男は翌朝、荷馬車の荷台で胡桃の数を数えている。十七個。昨日より二個減っていた。減った二個は、俺の朝飯だ。
掘る順番は俺が決める。決めるが――まず、どこに鍬を入れればいいのかが、分からない。
振り返れば、坂の上に鉱山町の灰色が残っている。前を向けば、街道の土と草の色だ。
山は下りきった。街道に出た。だが、どっちへ行くかは、まだ決めていない。
昨日掘り当てた柘榴石の脈は、検分が済むまで一粒も動かせない。よって俺の全財産は胡桃十七個である。
宝の山を掘り当てた男の朝飯が、木の実。
充実度26%。ゆうべの見送りで戻ったぶんが、朝もそのまま貼りついている。
肩の白猫が伸びをした。
「言っておくけど、発掘案件は他部署の管轄よ。私は査定係。掘るのは現場の仕事」
「誰も掘れとは言ってない」
「私の有給、残り三日しかないの。掘るなら来期にして」
焦げない外套の裾を折り込んで、荷台の板に寄りかかった。
他人の坑なら簡単だった。困っている奴がいて、悪い奴がいて、殴って、爆発すれば終わる。
だが自分の呪いには、殴る相手が見当たらない。
人類最強の肉体が、この一件では一度も出番をもらえていない。
御者台の鉄面皮が、手綱を持ち替えて振り向いた。
「では、記録から始めるのが筋かと。――ミツルさん。これまでに何回爆発したか、覚えていますか」
「……数えたこと、なかった」
なかった。俺は自分のことを、一度も数えたことがなかった。
リゼットが荷台の文箱を開けて、束を抜き出した。角の丸くなった帳面が一冊、二冊、三冊。
「……何冊あるんだ、それ」
「六冊です。七冊目は、今日から使います」
◇
というわけで、荷馬車の上で呪いの棚卸しが始まった。
「ハゼル。初回」
「はい。石車の下敷きになりかけた娘を助け、礼を言われた直後に発火。着衣は全焼、柵が一枚」
「柵は数えなくていい」
ティナに礼を言われた。それだけで爆ぜた。あのときは、呪いの名前すら知らなかった。
「アーモ。祝勝会」
「村じゅうから感謝され、肩車をされた時点で発火。ネルさんの証言では、麦酒の樽が三つ空いています」
「樽も数えなくていい」
「ウォルナ。祝言の席で祝福され、発火。カスタン。蔵で頭を下げられ、発火」
「畳むのが急に速いな」
「町名と一行で足りますので」
「グラナ。賄いの娘に――」
「言わなくていい」
「記録します」
「記録もしなくていい」
荷台の隅から白猫が口を挟んだ。
「期末の在庫評価ね。労災の件数だけ立派な部署だわ」
充実度24%。棚卸しで減る在庫が、たぶん俺の尊厳だ。
リゼットが帳面を開いたまま、こっちへ向けた。町名と日付と、目盛りの動き。列が上から下まで並んでいる。
上から下まで目で追った。
全部そうだった。
上がっているのは全部、他人のために動いて、礼を言われた瞬間だ。
自分のために何かして上がった行が、一行もない。
俺の幸せの目盛りは、自分では一度も動かせたことがない。
「……これ、俺の呪いっていうか、他人のせいじゃない?」
「それを他人のせいにできる人は、たぶん呪われません」
「どういう意味だ」
「記録します」
「答えろよ」
――25%。数えたこともない回数を、六冊ぶん数えてもらっていた。
見てくれてる奴がいるだけで持ち直すのか。安い男だ。
白猫が伸びをして、鼻先で膝の上の手記をつついた。
「で、掘れてるの? それ」
……掘れてない。棚卸しは棚卸しであって、鍬ではない。
◇
借り物の手記を両手で膝に開いた。次に栗の町へ寄ったら返す、という約束の一冊だ。
ここまでに読めているのは二つ。この呪いは術では解けない。外からかけられた形跡もない――継ぎ目がない。
その先の頁を、五日ぶりにめくった。声に出して読む。書き取る係が御者台にいるからだ。
――継ぎ目のない呪いは、外から編まれたものではない。……おおむね、内側から生えている。
内側。
背中の真ん中が、一拍だけ冷えた。
そういえば、この猫が前に言っていた。
――あんたが「かけ直す」相手は、案外近くにいるかもしれないわよ。
近くにいる。内側から生えている。
……内側というのは、そういう意味じゃないんだろう。分かっている。分かっているが――
俺は顔を上げた。
荷馬車の内側には、三人しかいない。荷台に俺と白猫、御者台に呪い屋。
俺を除けば、二人だ。
「……犯人は、この中にいる」
リゼットが手綱を引いた。荷馬車が止まる。……止めるほどのことか。
「内側から生える呪い。……興味深いです。標本が欲しい」
「聞いてたか。あんた、いま容疑者なんだが」
「株分けができるものなら、一枝いただきたいのです。……あ、比喩です。八割ほど」
「二割は本気じゃねえか」
白猫は前足で顔を洗ってから、やけに丁寧な声を出した。
「言っておくけど、現地の呪詛は現地の管轄よ。私が照会したら監査が入るの」
「照会って何だ」
「上に問い合わせること。越権行為よ。私、書類が増えるのが世界でいちばん嫌いなの」
神様の役所にも、開けていい引き出しと開けると怒られる引き出しがあるらしい。
――で、話はそこで済んだ。済んだのに、猫は喋るのをやめなかった。
「そもそも私、有給の残りが三日でね。人事考課の面談も今期は飛ばされたし、他部署は休日出勤に手当が出るのよ。出るのよ! こっちは弁当も出ないのに」
……なあ。
「話はもう終わってるよな。なんでまだ喋ってるんだ」
「……喋りたい気分なの」
他人の坑ばかり掘ってきた男が、自分の坑に鍬を入れた。最初の一鍬で身内に当たった。
日が傾いた。今夜、俺はこの二人と焚き火を囲むことになる。
◇
街道沿いの窪地に火を熾した。宿は取らない。取る銭がない。
晩飯は胡桃だった。朝は十七個あった。今は十二個だ。
外套のまま火の番につく。
膝の手記を布で包み直したところで、思い出した。
「これ、栗の町に返さないといけないんだよな」
「借り物ですので」
「返したら、読めなくなるんだが」
「借り物ですので」
返しに行く道と読み続ける道が、同じ方向にない。行き先を決めていない理由の半分は、たぶんこれだ。
リゼットがカルテを閉じ、膝の上で揃えた。
「掘る場所が分からないなら、まず、掘らない場所を決めることです」
「掘らない場所」
「掘らない場所が決まれば、残りが掘る場所です」
……解呪師の言い方というより、坑夫の言い方だった。
焚き火の向こうで、白猫が欠伸まじりに言った。
「ねえミツルくん。掘るのはいいけど――掘った先に、何が埋まってても、掘るの?」
「掘るに決まってんだろ」
白猫は「……そう」とだけ言って、それきり火を見ていた。
誰も助けていない。誰にも礼を言われていない。焚き火で胡桃を食っているだけだ。
――充実度43%。
手のなかの胡桃が殻ごと膝に落ちた。
おい。なんで今、上がった。




