↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最強の自爆魔道士は、今日も報われない ―幸せになると爆発します―  作者: かるたっくす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/80

ep017「焼かれるはずの本物に、もう値札がついていたらしい」


 転生十七日目の朝。荷馬車の中で、リゼットが無言で手のひらを差し出していた。


「カルテを返してください。あなたの懐は、世界で一番燃えやすい保管庫なので」


 ……言われてみればそうだった。俺は、爆ぜる男だった。


 十五日ぶんの観察記録が、うやうやしく文箱へ収まっていく。国宝の返還式である。中身は非リア充の日録だが。


「これで所在は片づきました。あとは、宿題がふたつ」


 浄火は明後日。そして、昨夜この毛玉が置いていった見立てだ。


 膝の上の白猫が、あくびの途中で言う。


「値踏みが本当なら――売り物と、売り先があるはずよ」


 攻め手は二つ。正面から、リゼットが同業の作法で査定に口を挟む。裏から、文庫番の帳と、焼かれる物の目録を突き合わせる。


 目盛りは30%。緊張では上がらないのが、この呪いの不親切なところだ。


 幌の隙間の先、坂の上に漆喰の白壁が見えた。


「今度は、こっちから出向く番だ」


    ◇


 解呪局の出先は、白い壁と板張りの受付でできていた。封蝋の匂い。奥の暗がりには、布をかけられた荷の影。


 数えるなと言われた気がしたので、数えた。


 従士の誰何に、リゼットが懐から鑑札を出す。


「行商の解呪師、グリモア呪具店です。私の鑑札は、昨日あなたがたが検めて、確かめてくださいましたね」


 逆用である。


 奥から、白い手袋が現れた。


「……昨日の呪具屋殿ですか。ご用件は」


「接収物の査定について、異議を申し立てます」


 注文を取る店員の声と、変わらない。


「鑑札を持つ解呪師は、『危険』の査定に異議を申し立てられます。申し立てはその場で受理。私は品を実見のうえ鑑定書を書き、審理までに添える。――そういう建付けかと」


「その通りです」


 ……あっさり認めた。認めたうえで、白い手袋の指が組まれる。


「査定済みの品は、すべて封緘されております。開封は浄火の朝、火にくべる直前の確認のみ。――規則ですので」


 実見できなければ、鑑定書は書けない。


「では、審理の日取りを」


「受理はいたします。日程は追って。順は先に立った案件から。……早くて、祭りの後に。――規則ですので」


 焼いてから、審理する気だ。役所ってのは、異世界でも役所らしい。


 怒鳴れば負ける。怒鳴らせる気すらないのが、また嫌なところだ。


 目盛りが28%まで下がる。門前払いで下がる男。


 リゼットが、半歩だけ前に出た。


「二つ、いただきます。ひとつ、受理した、という書付を」


「……お渡しできます」


「もうひとつ。これでは異議の対象が特定できません。処分の目録の写しを。――規則では、公示の義務があるかと」


 白い手袋が止まった。


 公示は浄火の朝に掲げる決まりだと、従士が言いかけて口を閉じる。まだ市中に出ていない紙が、二日ぶん早く一枚。


 オルデンは一拍おいて、筆を取った。書き上がった二枚を、手袋の指が両端からつまみ上げる。昨日、呪具を持ち上げたのと同じ手つきだ。


「――規則ですので」


 紙まで商品の扱いである。


 外へ出ると、坂の下から祭りの笛が聞こえた。懐に紙が二枚。正面は完全に詰んだ。


 なのに、負けた気がしないのはなぜだろう。


    ◇


 昼。坂を下りた文庫番の家の母屋に、四人と一匹。


 接収のとき家に渡された紙を、タニアが卓に置く。「蔵一式を預かる」。品目は一行もない。


「これじゃ何を持ってかれたのかも分からないでしょ。ずるいのよ」


 その隣へ、爺さんが帳を三冊、積んだ。


 封蝋の控え。品目の目録。虫干しの照合の記録。


 乾いた紙の音がして、午後の光に埃が一筋だけ立った。


「蔵は検められましたが、帳までは検められませんでしたな」


 顔は上げない。帳の背を指の腹で一度だけ撫でて、端に手を添える。毎朝、空の蔵に風を入れている手だ。


 突合せが始まる。読み上げるのがタニア、写しに指を走らせるのがリゼット。爺さんは、帳を開かない。


「陶の護符、七点」


「あります」


「封じ紐、三巻」


「あります」


「……綴じ本。旅の記の類、五冊」


 リゼットの指が止まった。


「ありません」


 読み上げるほどに、返る言葉が短くなる。


 最後に、リゼットが写しを裏返した。


「十一点。蔵から出た品より、浄火の目録は十一点少ない」


「十一。……多いのか少ないのか、困る数だな」


「値打ちの筋が、きれいに十一点です」


 爺さんが、目を閉じたまま言った。


「西の棚の下段と、二段目まで。あのあたりは、値のつく物ばかりでしたな」


 全部、頭の中に入っている。蔵は運び出せても、番人の頭までは荷車に積めなかったわけだ。


「で、肝心の」


「手記は、目録にありません」


 タニアが顔を上げた。


「焼かれないってこと? じゃあ、まだ望みが……」


 リゼットが写しを畳む。いつもの事務の声だった。


「危険だと言って接収して、危険物の目録には載せない。――返す気も、焼く気もない、ということです」


 母屋が静かになる。風入れの窓から、光だけが斜めに落ちていた。


 焼かれるはずの物が、焼かれない。それは、救いの形をしていない。


 タニアが写しの端を見つめたまま、言った。


「……あんたたち、ほんとに調べてくれてるんだ」


「仕事だからな」


「そういうとこ」


 リゼットが荷袋の紐を締めながら、小声で寄越す。


「いま、上がりましたね」


 目盛りは38%。実況を入れるな。


「焼かないなら、何のために取ったんだ」


 その答えは、市の外れで、向こうから耳打ちしてきた。


    ◇


 夕方の遺物市は、店じまいの気配だった。


 鍋の蓋にしか見えない聖遺物を包む手の間から、男がひとり寄ってくる。声がやけに低い。


「旦那。アーモの噂の、魔道士様でしょう」


 尾ひれは今日も元気だ。訂正はしない。


「祭りの翌る日、いいのが出ますよ。……『灰を潜った』上物でね。今なら予約が利きますぜ」


 灰を潜った。焼かれたはずの物が、灰の中から出てくる。


「出所は」


「聞きなさんな」


 男は指を一本立てて笑った。


「堅いところからだ、とだけ」


 堅いところ。坂の上を指さないまま、しっかり指した。


「値は」


「上物なら金貨で二桁は。手付をいただければ、一番に回しますよ」


 来た。俺は懐に手を入れ、上客の顔で――


 男の手のひらへ、胡桃を三つ置いた。


「……旦那」


「扁桃もあるぞ」


 商魂という光が、男の目から抜けていく。


「……冷やかしかい」


 潮が引くように去っていく。上客は、二呼吸で無一文に戻った。まあいい、情報はタダだ。


 荷馬車へ戻り、三つを並べる。


 物――目録の齟齬。値打ち筋の十一点が、焼かれる名簿から消えた。


 金――灰の予約営業。売り先はもう動き、日取りまで決まっている。


 時――ひと月眠っていた査定が、祭りに合わせて急に動きだした。


「焼いたことにして、売る」


 声に出すと、背中が冷えた。


「浄火は処分じゃない。出所を消す儀式だ。焼かれた物は――盗まれた物に、ならない」


「神界にもあるのよ、横流し。帳簿ってね、燃えると綺麗になるの」


「課長の職場の話は、今度ゆっくり聞く」


 ただし、全部が状況証拠だ。目録の齟齬は事務の遅れと言い張れるし、商人の口は証拠にならない。


 決定打はひとつ。現物が蔵を出る、その瞬間だ。


 目盛りが40%。魔道士様と呼ばれたぶんの上がり幅だ。褒められて上がる男は、今日も締まらない。


 浄火まで、あと二日。そう数えた矢先だった。


 白猫が、暮れ方の出先の方角へ目を細める。


「ね、言ったでしょ。――先に検めた方の、勝ちよ」


「急ぎなさい、ミツルくん。売り物はね――火なんか、待たないわよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。