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世界最強の自爆魔道士は、今日も報われない ―幸せになると爆発します―  作者: かるたっくす


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ep011「人助けは、悪党の営業妨害だったらしい」


「魔物から町を守る自警団が、その魔物を飼っている」


 ゆうべ灰の中でリゼットが言った言葉を、俺は一晩、扁桃の樹の下で反芻していた。


 朝になっても答えは出ない。出たのは、俺を拝みに来た里人の行列だけだ。


「《カタストロフ》様、どうか里を」


 参ったな。悪党の尻尾を掴む前に、こっちが先に英雄になっちまってる。


 そして英雄ってやつは、悪党にとっては、一番邪魔な客なんだよな。


 とはいえ、拝まれるのにも使い道はある。


 油の瓶を押しつけてくる婆さんの前に、しゃがみ込んだ。


「守り賃ってのは、どれくらい取られてるんだ」


「実の三割と、絞った油の上前を。集荷は年に四度でしてなあ」


 声が、そこで細くなった。


「今年はもう、灯りに使う分まで持っていかれまして」


 次の男は、娘の嫁入りの支度が消えたと言った。その次の女は、去年、樹を七本手放したと。


 拝まれるたび、目の端の数字が数%ずつ積み上がっていく。20%が見えてきた。


 ついでに、俺の懐は一切潤わない。礼にもらえるのは扁桃の油と、扁桃の菓子だ。


 胡桃の次は扁桃。俺の資産、いよいよ木の実の博物館である。


 荷台の隅では、リゼットが昨日の首輪を膝に乗せていた。焼けた金具の内側を、指の腹でゆっくりとなぞっている。


「ミツルさん」


 上げた顔の目が、少しだけ光っていた。


「もう一段、読めます」


「これは、獣を飼い慣らして操るための刻印です」


 爪の先で、焦げた線をたどってみせる。


「呪詛の応用ですね。想いを結晶にする代わりに、獣の頭へ鎖を通す」


「物騒な応用しやがって」


「――ただ」


 指が止まった。


「野に放って、それで終い、ではありません。この手の鎖は緩みます。維持するなら、近くで世話をする者が要る」


「餌をやって、鎖を締め直す係がいるってことか」


「はい。それも、この里の内側に」


 朝の陽射しの下で、背中を薄ら寒いものが降りていった。


 斜面を下り、広場の搾油場へ。帳場の壁に、集荷の割り振りと守り賃の帳面が堂々と貼り出してある。


 実の三割。油の上前。年に四度。


 自警団は、頭のドレクを入れて十四人。


「多すぎるだろ」


 どう見積もっても、用心棒代にしては桁がひとつ余る。余った分は、どこかへ流れて消えている。


 餌代。鎖を締め直す係への払い。そして、頭の懐。


「守り賃って名前で、魔物のエサ代を集めてたのかよ」


 里は、自分で払った金で、自分を襲う獣を養っていた。


 背中の荷から、白猫が帳場の台へふわりと降りる。


「言ったでしょう。都合よく出て、都合よく守り手が来るのよ」


 その声に、横から静かな一言が重なった。


「……集荷の、前の日なの」


 ネルだった。手籠を提げたまま、貼り紙を見上げている。


「魔物が出るのは、いつも決まって。守り賃を集める、その前の日」


 みんな薄々知っている、とネルは言った。口に出した家が去年ひとつ潰れた、とも。


 使役の刻印。桁の合わない守り賃。集荷の前の日に出る魔物。三つが、輪になって噛み合った。


「ネル。払えなかった家の人間は、どこへ連れて行かれるんだ」


 手籠の縁を握る指に、力がこもった。


 ネルは答えず、手籠を持ち替えて、先に立って歩き出した。


 案内されたのは、里外れの、使われなくなった搾油場だった。崩れかけた石壁を、真新しい柵が囲っている。自警団が接収したのだという。


 柵の隙間から、乾いた音が絶え間なく流れてきた。かん、かん、と、扁桃の核を割る音。


 薄暗い作業場に、いくつもの背中が並んでいる。誰も顔を上げない。


 その中のひとつで、ネルが息を呑んだ。


 手籠が落ちて、実が土の上を転がっていく。


「……兄さん」


 痩せた背中が、また核をひとつ割った。


 生きていた。


 俺が柵に手をかけると、ネルが袖を掴んだ。


「だめ。連れ出したら、その借りが里じゅうに回る」


 首を振る横顔から、涙は落ちない。この娘は、泣き方を先に忘れさせられている。


 拳に力が入って、柵の丸太がみしりと鳴った。


 ――と、斜面の方から荷車の音がした。ネルの果樹園の方角だ。


 戻ると、扁桃の並木に男が七人立っていた。


 先頭の大男が、こちらを見下ろして笑う。自警団の頭、ドレク。


「余所の英雄様が、里をずいぶん引っ掻き回してくれているそうだな」


「挨拶が丁寧で助かる」


「褒めてはおらん」


 ドレクは懐から板を抜き、ネルの足元へ放った。墨も新しい、差し押さえの札。


「期限を早めた。明後日の集荷までに払えなければ、この斜面は自警団が預かる」


「秋までって話でしょう。今さら」


「里の守りに金がかかるようになった。誰かのおかげでな」


 誰かのおかげ、ときたか。


 英雄が来ると守り賃が上がる里。看板を掲げ直したくなる出来だ。


「立派な商売だな」


 声は荒げなかった。荒げると、たいてい体の方が先に暴れる。


「守られてる側だけが、毎年痩せていく。どういう仕組みなんだ」


「気に入らんなら、明日から自分で夜番に立ってみろ。魔物は、待ってくれんぞ」


 用心棒のひとりが、にやつきながらネルの樹に手をかけた。


 幹の札を叩き、揺する。落ちかけの実が、ばらばらと土に散った。


「どうせ預かる樹だ。少し試して――」


 最後までは聞かなかった。


 襟を掴んで持ち上げる。男の足が、地面を探して空を掻いた。


 果樹の列の切れ目まで運んで、斜面の外へ放る。


 遠巻きの里人が、そろって首を回した。男は柵を越え、道向こうの草地に落ちて転がる。


 残りが一斉に得物を抜いた。


 抜いた腕を、順に払っていく。一人目が得物を落とし、二人目が落とすころ、三人目はまだ振りかぶる途中だった。


 骨が折れない力加減、樹に当たらない角度。位置取りだけは、この九日でだいぶ上手くなった。


 最後のひとりが尻餅をついたあと、扁桃の葉が二、三枚、遅れて落ちてきた。


 五人が地面に並んで、そろって空を見上げている。


「……何をした」


「拾って、置いた」


 里人は誰も声を上げない。それでいて、誰も帰らない。


 ドレクの目の奥が、はじめて動いた。


 そして、背中の方から声がした。


「……あなたは、本気で怒ってくれるのね」


 ネルが、落ちた札を拾いもせず俺を見ていた。


「噂の英雄様、なのに」


 なのに、の一言で、諦めがひとつ剥がれ落ちる音がした。


 視界の端で数字が跳ねる。20%台が、あっさり30%台に乗った。


(頼むから、今それを上げてくれるな。まだ爆ぜる場所も決めてないんだぞ)


(危機の予感と充実度が反比例しない体、欠陥品すぎるだろ)


 ドレクは転がった部下を一瞥もせず、背を向けた。


「守り賃は、明後日の集荷までだ」


 斜面の下で足を止め、こちらを見ないまま言う。


「次に魔物が出たとき、誰が里を守るのか。よォく考えることだな」


 荷車が遠ざかっていく。


 足元で、白猫が尻尾を立てた。


「あれ、脅しじゃないわね。予告よ」


 ああ、分かってる。


 三つ繋げば、絵は一枚に見える。里は守り賃で魔物を養い、養われた魔物が守り賃を吊り上げる。輪の真ん中に立っているのは、あの大男だ。


 だが、刻印が指すのは「世話をする誰かがいる」まで。金の余りは俺の頭の中の勘定で、出る日の符合は、しょせん符合だ。


 いま斜面を駆け下りて「お前が黒幕だ」と怒鳴っても、白を切られて終わる。先に潰れるのは、ネルの果樹園の方だ。


 なら、待つしかない。あの男自身に、動いてもらう。


 斜面の下で、ネルが差し押さえの札を見上げていた。もう、諦めた者の顔ではない。


「次の魔物は、事故じゃない。狙って、この果樹園に出る」


 明後日の空を睨んだ。相手は魔物を蛇口みたいにひねれる男だ。だが、ひねった蛇口には、必ず指の跡が残る。


「……なあフェリ課長。俺のゲージ、なんでこんな時に限って、上がってやがるんだ」


 白猫が扁桃の枝から、俺の上がりかけたゲージを覗き込んで、尻尾を振った。


「さあねえ。――地雷原ほど、花がよく咲くのかもね」


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