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[時代]三鏡草紙よろづ奇聞  作者: 地底乃人M


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30/33

世上の常


 世の中には、いったい誰に吹き込まれたのかと、頭を悩ませる話がたくさん散らばっている。さらには、その話がどういうふうに終わるのか、そこまで知るものは少ない。民間信仰といった風習にしても、謎だらけで伝えられてゆく──。



 ✡胎毒(たいどく)

 ✡胎毒くだし



「あんなぁ、知っとるかい。赤ちゃんが生まれるときってのはな、母体内にある余分なものを、いっしょに出してくれるそうだよ。……だけど、もしも胎児の頭部に白い(こぶ)を見つけたら、たくさんの毒を受けて育った忌子(いみこ)だから、その瘤が破裂するまえに、母子もろとも供養せんといかんのよ。……気の毒になぁ」



 とある山間(やまあい)の集落に、代々の主人(あるじ)が短命であることで知られている中原家(なかはらけ)の屋敷があった。あちこち崩れかけた石垣には常春藤(きづた)がからみ、あたりかまわず蔓延(はびこ)る庭木は、外の道まで枝垂(しだ)れている。明るい昼間でも近寄りがたい雰囲気がただよう中原家の長男に、マヤコという余処者(よそもの)(とつ)いだのは、いまから四年前の夏だった──。


 先祖代々、体が丈夫ではない中原家は、早くに嫁をもらい、子をなし、血筋を(なが)らえてきた家系である。いっぽう、嫁は頑丈なのが入ってくるため、男衆の早死は余計に噂が広まった。そうしてますます、跡目を相続する嫡子(ちゃくし)は重宝されてゆく。中原家の次男は病弱で、寝床に入ったままの生活を送っているため、面倒をみる大婆(おおばば)のほうが、きりきり廊下を動きまわった。  


 器量よしで物静かな性格のマヤコは、(よわい)十八で長男とのあいだに三人目の子どもを身ごもった。ひとり目は死産でなくし、ふたり目も流産したことから、三度目の妊娠が判明したとき、中原の一族はおおいによろこび、マヤコの体を気づかった。しかし、ある晩、わが身が短命であることを呪い深酒(ふかざけ)をして暴れだす長男は、「おやめくださいまし、おやめくださいまし」と叫び声をあげるマヤコを押し倒し、無理やり行為におよんだ。(あわ)ただしく廊下を走る足音が聞こえ、家政婦が駆けこんだとき、臨月だったマヤコは破水していた。腹の子は絶望的だと思われた。



 ボォーン、ボォーン──


 

 屋敷の柱時計が鳴り響く。その日は朝から霧雨(きりさめ)が降っていた。産婆の診立てより早産となるマヤコは、布団の上で身をよじった。「あぁぁぁっ!」といきみ(、、、)、激しい痛みに耐えるうち、ようやく赤ん坊をとりあげた産婆は(おのの)き、すぐさま(なた)を振りあげた。


「ひぃぃぃっ!」


 雑草を切り払うように首筋を裂かれたマヤコは、大量の血を吹いて絶命した。生まれたばかりの赤ん坊の頭部には、胎毒と呼ばれる白い瘤があった。それを最初に見た産婆は、動物を解体するかのように赤ん坊の体をバラバラにして風呂敷に包むと、寺の住職へ手渡した。……ああ、せいせいした、と()う。住職は念仏を唱えながら受けとり、母子ともに手厚く埋葬した。


「産婆よ、よく聞くのだ。このことは他人様(よそさま)に知られてはならん。胎毒とは、恐ろしい病気なのだ。……中原の大婆(おおばば)や長男坊、それに(ばば)と男衆への口止めを忘れるでない。産婆、おぬしは荷物をまとめて明朝(みょうちょう)までに集落(ここ)を去るのだ。……よいか、絶対に振り返ってはならんぞ」


 それからわずか半刻(はんとき)もせず、中原の屋敷は赤く燃えあがった。出火原因は仏壇の線香だった。「おお……おお……」ふらふらと近づいて着物に火がついた老婆は、あっという間に()かれてしまった。逃げ遅れた大婆や家政婦、寝たきりの次男も焼死した。家財だけでなく、マヤコとわが子をうしなった長男は吸い込まれるように山へはいったきり、二度ともどらなかった──。


 忌子(いみこ)のことが知られると困る寺の住職は、邪悪な思いが残った土地を離れようとしたが、赤子の泣き声が聞こえて振り向いてしまった。……ああ、しくじった! ひと声叫びながら頓死(とんし)する。それ以来、この集落の人びとは、重い病にかかる者、流行病にかかった者、怪我や事故で亡くなる者が次から次へとあらわれ、家屋(かおく)や田畑は荒れ果てて、空き家も増えた。そこへ盗人や罪人が流れて住みつき、よなみだ集落は(すた)れていく。


 

 さらに十年後、まだ若いころ、人を(あや)めて逃げまわり、よなみだ集落にたどりついた政二郎(まさじろう)という大男がいる。この男は、中原家の焼跡(やけあと)をねぐらにしていたが、次第(しだい)()せ細り、それから間もなく、目を()いて事切れた。死ぬ寸前、赤子の泣き声を聞いた政二郎は、お(ゆう)という女房(にょうぼう)がいたことを思いだした。女房が身ごもっていたことも忘れていたが、いまさら思いだしても、どうにもならなかった。



「人間はね、鬼の本性を隠しながら生きているんだよ。平気な顔で人を(だま)したり、仲間はずれにしたり、気に入らないって感情だけで、かんたんに相手を殺せるでしょう。……政二郎さんは、いつかあたしを殺してしまうのでしょうね。それはまったくかまわないのだけど、ひとつだけお願いします。生まれてくる子には、まだなんの罪もありません。ですから、どうか(いと)わないでくださいまし」


「いらん、子などいらん。すぐに泣く子どもなど、いらんのじゃ。生まれる前にこうしてくれる」


「ああ、政二郎さま、やはりあなたは鬼でしたか……、鬼でしたか……」


 お夕の首を太い指で絞めあげると、身ごもっている腹を何度も何度も殴打した。女房と胎児を殺して逃げた政二郎は、よなみだ集落に行きつくが、やがて体じゅうに点々と黒い染みができる病にかかり、爪で掻きむしっては血だらけになっていた。その傷は化膿して皮膚はふくれあがり、あちこちに(こぶ)ができた。近隣の村から遺体を供養しにきた僧侶は、政二郎の死様(しにざま)を見て、ぎょっとしたという。



〘つづく〙

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