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[時代]三鏡草紙よろづ奇聞  作者: 地底乃人M


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29/33

芝居  ※男色表現あり


 頭はぼうっとして、背中が痛い──。若旦那に(おお)(かぶ)さる老人は、慈浪(じろう)いわく「耄碌(もうろく)じじい」の雨士(あめし)である。鹿島氏の総本家が受け継ぐ・天司(あめのつかさ)という神社の神主(かんぬし)で、千幸(かずゆき)が先代の嫡子でないことを知る数少ない人物だ。いちどでも肌を合わせた相手を大事にする性格につき、大旦那(、、、)は雨士の嗜好を利用して、十八歳の千幸を伴い、本家を訪ねた。


 耳が(ほて)る雨士は、蒼白(あおじろ)い顔の若旦那の髪を撫でると、手慣れたようすで衿をひらき、千幸の胸に指を這わせた。そこへ、慈浪が緑茶を運んでくる。心を石にして雨士に身を捧げていた千幸は、落ちつきはらって躰を起こし、身装(みなり)を整えた。余計な真似をして、雨士の機嫌を損ねてはならない。慈浪は、さる山の手の新情夫(しんいろ)の話を持ちだし、雨士の好奇心をそそっておく。


()うござんすか」


「結構なお点前だ。新右衛門(しんえもん)よ、(じゃ)の道は蛇ということかね」


「滅相もない。じゃまもの(、、、、、)は、これで消えますよ。……冷めないうちにどうぞ」


 慈浪は、気の抜けたような顔で坐りなおす千幸を、ちらッと見、退室した。湯呑みを口に運ぶ雨士の気分は、もう()がれていた。慈浪の所為(せい)ではない。千幸は、かつての寂しさを持ち合わせていなかった。若旦那の心は、日々の暮らしで充たされている。あらゆる意味で、成長を遂げていた。


「自信を持たせてやりたかったのだが、どうやら無用のようだな。気の利かない男と二番手ほど、まぬけなものはないからのう」


 雨士は笑い声になり、番頭のふるまいを高く評価した。なりゆきに身をまかせていた千幸は、なにをされても受けいれる。そうすることが、いちばんだと思っていた。自分の余計な感情こそ邪魔だった。


「繁盛しているようで、なにより」


「……恩に着ます……」


 千幸は苦心して笑みをつくり、慈浪が置いていった湯呑みを見つめた。胸がざわざわと騒ぐ。若旦那が本家に求めるものは、目こぼしなどではない。雨士の脅しに挑戦するくらいの心境は必要だが、芝居を見破られては本末転倒である。千幸は何事もなく話を終わらせると、雨士の帰りを見送った。



〘つづく〙

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