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[時代]三鏡草紙よろづ奇聞  作者: 地底乃人M


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28/33

孔   ※男色表現あり


 雨士(あめし)とは、鹿島氏の総本家が受け継ぐ・天司(あめのつかさ)という神社の神主(かんぬし)を指す。(よわい)六十を過ぎた宮司(ぐうじ)で、薬師如来像(やくしにょらいぞう)を祀っていた。


 薬師如来とは、病気で苦しむ人々を助けるとされる医薬の仏神で、左手に薬壺(やっこ)を持っている。鹿島屋は本家の血筋を引く分家にあたり、雨士(あめし)の承諾を(もっ)て、先の大旦那は千幸(かずゆき)に薬種問屋を継がせた。また、若旦那となる千幸の後見人として、慈浪(じろう)を紹介している。


 総本家の敷居は高く、新年の挨拶まわりなどで(たず)ねる理由がある年中行事を除き、千幸も慈浪も足が向かない場所だった。だが、ひと目で千幸を気に入った雨士は、使いの者に黒傘をもたせ、鹿島屋の坪庭に、こっそり置かせた。それは逢引(あいび)きの誘いであり、成人した千幸は、雨夜の通例として応じている。むろん、断ることもできたが、本家との関係が希薄になっているため、従うほうが無難だと判断した。



 雨士の訪問を煙たがる慈浪は、鈍い光沢を放つ芥子色(からしいろ)の羽織りに、紐付き角帯、黒花緒(くろはなお)雪駄(せった)姿で立ち寄った本人を前に、「いらっしゃいませ」と、まずは接客用語を口にした。


「おお、新右衛門(しんえもん)健在(けんざい)か」


「おかげさまで」


「はっはっは、世辞は結構。……ほうほう、しばらく見ないうちに良い面構(ツラがま)えになったな。惚れ惚れするわい」


 気さくな老人を演じる雨士の視線は、正面に立つ慈浪の身体に(あな)()け、まっすぐ奥の間へ向かっていた。そこで待つ千幸と、親密な時間を堪能する目的に気づかれないよう、ふだんから完璧な身だしなみであらわれる。雨士は、千幸が先代の嫡子でないことを知る数少ない人物で、その件を容認していた。なぜなら、いちどでも肌を合わせた男は大事にする性格の持ち主で、大旦那は雨士の気質を見越したうえ、千幸を伴って本家を訪ねた。


 商売にかぎらず、成功の秘訣(ひけつ)は色目だよ──雨士は当日十八歳の千幸を試すような調子で、軽く結んでいる口許(くちもと)へ視線をそそいだ。なにを指摘されたのかわからないほど、千幸は子どもではなかった。これから先、鹿島屋の当主として薬種商の道を進むのであれば、雨士の機嫌を損ねては不利益(ふりえき)(しょう)じる。千幸の父は席を立ち、廊下にでると静かに客間の障子(しょうじ)を閉じた。雨士とふたりきりとなった千幸は、にわかに緊張したが、手頸(てくび)(つか)まれた瞬間、頭のなかに棟梁(とうりょう)の姿が浮かび、眼裏(まなうら)が熱くなった。第三者によって自覚を余儀なくされた千幸は、浅ましい感情を打ち消すため、雨士と気息を合わせた。皺のある骨と皮だけの指で(ほお)を撫でる老人は、千幸の咽喉(のど)が小さく痙攣するさまに目を留め、心に迷いがあることを見透かした。


 千幸は黙って抱き寄せられていたが、人肌を求める行為を中断した雨士は、居間に待機させた慈浪(じろう)を呼ぶよう、家人に云いつけた。まもなくすると障子に背の高い人影が()ぎり、「失礼します」と低い声が聞こえた。慈浪は、畳の上に俯せている千幸を見ても驚かず、平然と雨士と挨拶を交わす。以降、雨士は千幸を個人的に可愛がるようになり、足腰を丈夫にする漢方薬を購入する前提で、鹿島屋へ顔をだす。



 慈浪は小さな声で「耄碌(もうろく)じじいめ」と毒を吐いたが、馴れた足取りで奥の間へ向かう雨士は、上機嫌だった。



〘つづく〙

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