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『十五階の迷宮 ――神の家から出られない』  作者: こうた


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第8話 七人目



暗闇の中で、とおるは息を殺していた。


誰も動かない。


誰も話さない。


ただ、どこか遠くから――


コツ。


コツ。


コツ。


誰かが歩く音だけが聞こえていた。


「……今の、誰?」


ジェシカの声が震える。


「分からない」


神崎が答えた。


「全員いるか?」


「いる」


ひとみ。


「いるよ」


まなみ。


「……いる」


ゆうこ。


「俺も」


とおる。


そして――


「……俺もいる」


神崎。


六人。


確かに六人いる。


だが。


「七人目は?」


まなみが呟いた。


誰も答えない。


その瞬間、照明が点いた。


パッ――。


明るくなった部屋を見て、全員が息を呑んだ。


そこは先ほどまでいた廊下ではなかった。


広い客間。


古いソファ。


大きなテレビ。


食器棚。


壁には家族写真。


まるで、誰かが今も生活している普通の家だった。


「……いつの間に」


ひとみが呟く。


神崎が部屋を調べる。


「全員、ここから動くな」


「また何か出る?」


ジェシカが聞く。


「そうじゃない」


神崎は壁を見ていた。


「この部屋……さっきまで存在してなかった」


とおるは窓に近づいた。


外が見える。


山だった。


霧がかかっている。


木々が風に揺れている。


「外……」


ゆうこが窓に近づく。


「本当に外なの?」


「分からない」


まなみが答える。


「この家なら、窓の向こうまで信用できない」


その言葉に、とおるは窓ガラスを見つめた。


自分たち六人が映っている。


とおる。


ゆうこ。


ひとみ。


ジェシカ。


まなみ。


神崎。


――六人。


しかし。


その後ろに――


もう一人いた。


「……え?」


とおるが振り返る。


誰もいない。


「どうした?」


神崎が聞く。


「いや……」


もう一度、窓を見る。


六人しか映っていない。


「……何でもない」


ゆうこが不安そうに見つめてくる。


「本当に?」


「うん」


とおるは答えた。


だが。


窓ガラスの端に――


小さな手形が残っていた。


内側から押しつけたような手形。


とおるは黙ってそれを見つめた。


そのとき。


「ねえ」


ジェシカが声を上げた。


テーブルの上に、古いアルバムが置かれていた。


「これ……見て」


全員が集まる。


アルバムには、この屋敷が建てられていく様子が記録されていた。


最初の写真。


小さな家。


二枚目。


少し大きくなった家。


三枚目。


さらに増築された建物。


四枚目。


巨大な洋館。


そして最後。


現在の巨大な屋敷。


「本当に増築を繰り返してる……」


ひとみが言った。


ページをめくる。


そこには、建設作業員たちが写っていた。


大勢の男たち。


その中央に、若い頃の御堂恒一郎。


そして――


一人の少年。


「この子……」


ゆうこが写真を指差した。


とおるの心臓が止まりそうになった。


あの少年だった。


裸足。


古い服。


無表情な顔。


「同じだ……」


とおるが呟く。


写真の裏を見る。


そこには、


昭和四十五年


と書かれていた。


「……この子、何歳くらい?」


ジェシカが尋ねる。


「七歳か八歳くらい?」


ひとみが答える。


まなみが写真を覗き込む。


「この写真、変」


「何が?」


「人数」


全員が写真を見る。


作業員が十数人。


御堂。


少年。


――そして。


写真の端に、誰かが立っている。


黒い服の女。


顔が写っていない。


「……これ」


神崎の表情が変わった。


「俺、この写真を見たことがある」


「どこで?」


「警察の資料だ」


神崎は写真を凝視した。


「行方不明者の捜索資料に、同じ人物が写っていた」


「この女?」


「違う」


神崎は首を振った。


「この少年だ」


空気が凍る。


「この少年は……」


神崎が言葉を選ぶ。


「四十年以上前に、行方不明になっている」


とおるは少年の顔を見つめた。


「じゃあ……」


「生きているはずがない」


その瞬間。


アルバムのページが勝手にめくれた。


バサッ。


バサッ。


バサッ。


最後のページで止まる。


そこには――


今日撮影されたような写真が貼られていた。


六人が並んでいる。


とおる。


ゆうこ。


ひとみ。


ジェシカ。


まなみ。


神崎。


全員、青ざめた。


「いつ撮ったの……?」


ジェシカが呟く。


誰も答えられない。


だが。


写真には、六人の後ろにもう一人立っていた。


少年だった。


そして、その少年の隣には――


長い髪の女。


二人とも、こちらを見ている。


写真の下には文字があった。


入居者六名。


その下。


同居者一名。


「……七人目」


とおるが呟く。


その瞬間。


部屋のテレビが勝手についた。


砂嵐。


ザーッ……


画面に映ったのは――


この部屋だった。


今、この瞬間の映像。


六人がテレビを見ている姿が映っている。


しかし。


映像の中では――


七人いた。


「……嘘」


ゆうこが震える。


テレビの中の七人目が、ゆっくり振り返った。


少年だった。


そして画面の中の少年が――


とおるを指差した。


『おじさん』


スピーカーから声がする。


『七人目はね……』


少年が笑う。


『おじさんじゃないよ』


とおるの背中に冷たい汗が流れる。


『おじさんの――』


少年が、ゆうこを指差した。


『大事な人だよ』


「……え?」


ゆうこの顔から血の気が引いた。


テレビの画面が暗転する。


次の瞬間。


部屋の壁に文字が浮かんだ。


七人目――ゆうこ。


「……私?」


ゆうこが後ずさる。


「違う……」


とおるが言った。


「違う。ゆうこは俺たちと一緒に――」


「本当に?」


神崎が低い声で言った。


「……え?」


「この屋敷に入ってから」


神崎がゆうこを見る。


「彼女とずっと一緒だったか?」


とおるは答えられなかった。


思い返す。


最初に会ったとき。


食堂。


地下。


十五階。


逃げたとき。


確かに一緒だった。


――本当に?


「……分からない」


とおるの口から、その言葉が漏れた。


ゆうこが悲しそうに、とおるを見る。


「とおるまで……私を疑うの?」


「違う!」


とおるは叫んだ。


「そういう意味じゃない!」


その瞬間。


部屋の奥から、


カタン。


椅子が動いた。


全員が振り返る。


一脚の椅子に――


誰かが座っていた。


長い髪。


白い服。


顔は見えない。


そして、その女がゆっくり顔を上げた。


「……その子じゃない」


女が言った。


「七人目は――」


声が震える。


「もう一人いる」


――部屋の天井から、


ドン。


何かが落ちてきた。


全員が悲鳴を上げる。


床に転がったのは――


古い人間の手。


その指が、ゆっくり動いた。


そして壁を指差す。


そこには新しい文字が浮かんでいた。


七人目は、まだ名前がない。


その直後。


とおるのスマートフォンが鳴った。


着信画面。


表示された名前を見て――


とおるは凍りついた。


「とおる」


自分自身からの着信だった。

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