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『十五階の迷宮 ――神の家から出られない』  作者: こうた


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第7話 増築された家



走った。


ただ、走った。


誰も振り返らなかった。


背後から何かが追ってくる気配だけがあった。


――ズル……。


――ズル……。


床を這う音。


「止まるな!」


神崎が叫ぶ。


階段を駆け下りる。


しかし、何段下りても終わらない。


「おかしい!」


ひとみが叫んだ。


「何階まで下りてるの!?」


神崎が壁を見る。


階数表示は――


15F


「……」


もう一度、階段を下りる。


表示が変わった。


15F


「変わってない……」


まなみが呟く。


さらに下りる。


それでも、


15F


「この階段……」


とおるは息を切らしながら言った。


「下りてるんじゃなくて……」


その瞬間。


足元の階段が消えた。


「うわっ!」


六人が一斉に床へ転がる。


そこは、見覚えのある廊下だった。


だが、何かがおかしい。


壁紙。


照明。


床。


すべてが古い。


昭和の住宅のような造りだった。


ジェシカがスマートフォンを取り出す。


「……電波ない」


「今まであったのか?」


「さっきまでは一瞬だけ」


画面を見る。


時刻が表示されている。


19:42


ひとみが自分の時計を見る。


19:42


まなみも。


19:42


「時間は進んでる」


神崎が呟く。


だが、とおるだけは違和感を覚えた。


「……今日って、何日だ?」


全員が黙った。


スマートフォンには、


2026年9月2日


と表示されている。


しかし。


廊下の壁に掛けられたカレンダーを見ると――


1978年9月


となっていた。


「……四十八年前?」


ジェシカが顔を引きつらせる。


神崎がカレンダーを手に取る。


裏側には新聞記事が貼り付けられていた。


そこには、


『山中に巨大宗教施設建設』


という見出し。


記事には御堂恒一郎の名前があった。


「これ……」


神崎が読む。


「御堂は自らの財産をすべて宗教活動に投入し、山中に巨大な『家』を建設している……」


ひとみが記事を覗き込む。


「家?」


「そう書いてある」


神崎は続けた。


「完成予定は……ない」


「ない?」


「御堂は『家は完成しない』と言っていたらしい」


その言葉に、とおるは妙な寒気を覚えた。


「どういう意味だ?」


神崎が記事を読み進める。


「『人が苦しむ限り、家は増築される』……」


全員が黙った。


そのとき。


廊下の奥から、


――トントン。


小さな音がした。


誰かが扉を叩いている。


「……また」


ゆうこがとおるの袖を掴む。


「行かない方がいい」


とおるもそう思った。


だが。


扉の向こうから声がした。


「おじさん」


少年。


とおるだけに聞こえている。


「……いるの?」


とおるが答えてしまった。


「いる」


ゆうこが驚いて顔を見る。


「誰と話してるの?」


「……あの子」


「誰?」


とおるは答えられなかった。


扉が少し開いた。


その隙間から、少年が顔を出した。


「おじさんだけ来て」


「……どうして?」


「みんながいると、家が怒るから」


とおるの背後で、


――ギシッ。


床が鳴った。


ひとみが振り返る。


「……今、床動かなかった?」


壁が少しずつ膨らんでいた。


まるで家そのものが呼吸しているように。


「とおる!」


ゆうこが叫ぶ。


「離れないで!」


少年が笑う。


「その人を連れてきたんだね」


「え?」


「おじさんの大事な人」


ゆうこが固まる。


とおるも顔が熱くなった。


「違……」


否定しかけて、言葉が止まった。


ゆうこは何も言わず、とおるの手を握った。


少年は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、もう大丈夫」


「何が?」


「家は――」


少年が廊下の奥を指差す。


「おじさんのこと、もっと好きになるから」


その瞬間。


廊下の壁が一斉に開いた。


中から現れたのは――


古い木造住宅。


さらにその奥には別の廊下。


その奥には階段。


さらにその奥には、別の家。


家の中に家がある。


「……ありえない」


ひとみが呟く。


神崎も言葉を失っていた。


まなみが壁を触る。


「これ……全部、本物?」


コン。


壁を叩く。


確かに木材の音がする。


「この家……」


神崎が呟いた。


「一軒の建物じゃない」


とおるが見る。


廊下の先には、昭和の家。


その隣には洋館。


さらに奥には寺のような建物。


そしてその上に――


巨大な階段。


「いろんな建物を……」


ひとみが言う。


「中に組み込んでる」


そのとき。


遠くから、


――ゴォン……


鐘の音が響いた。


一回。


二回。


三回。


全員が顔を上げる。


すると天井がゆっくり開いていく。


その向こうに――


さらに上の階が見えた。


十六階。


存在するはずのない階。


そこから、誰かがこちらを見下ろしている。


黒い影。


顔がない。


影はゆっくり手を上げた。


そして、とおるを指差した。


――お前。


そう言っているように見えた。


次の瞬間。


照明がすべて消えた。


暗闇の中。


とおるの耳元で、少年が囁いた。


「ねえ、おじさん」


「……何?」


「あと一人で――」


少年が笑った。


「家が完成するよ」

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