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『十五階の迷宮 ――神の家から出られない』  作者: こうた


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第4話 六人目の登山者

「二ヶ月間……?」


とおるは、壁に浮かび上がった文字を見つめていた。


――二ヶ月間、ゆっくりしていってください。


誰かが冗談で書いた。


そう考えるには、あまりにも出来すぎていた。


「ふざけてる……」


ジェシカが呟く。


いつもの明るい声ではなかった。


「これ、誰かが私たちを監視してるってこと?」


「可能性は高い」


神崎が答えた。


彼は壁、天井、床を順番に確認している。


「ただ、監視カメラらしきものがない」


「じゃあ、どうやって私たちの人数が分かるの?」


ひとみの質問に、神崎は答えなかった。


そのときだった。


――コツ。


廊下から音がした。


全員が振り返る。


――コツ。


――コツ。


誰かが歩いている。


ゆっくりと。


こちらへ向かって。


とおるは無意識に、ゆうこの前に立った。


「来る……」


ゆうこが小さく言った。


廊下の暗闇から、人影が現れた。


女だった。


泥だらけの服。


長い髪。


片方の靴がない。


そして、右腕を押さえている。


「……人?」


ジェシカがカメラを向けた。


女は立ち止まった。


「誰……?」


神崎が声をかける。


女は答えなかった。


ただ、全員を見回した。


そして、とおるを見た瞬間――


顔色を変えた。


「……あんた」


「え?」


「また来たの?」


とおるの背中が凍った。


「また……?」


女はふらつきながら近づいてくる。


神崎が警戒して前に出た。


「待て。名前は?」


女は答えず、とおるを指差した。


「あなた……この家に呼ばれたんでしょ」


「俺は……」


否定しようとした。


しかし、言葉が出なかった。


なぜなら、その女の目が本気で怯えていたからだ。


「この人、誰?」


ひとみが尋ねる。


女はようやく自分の名前を名乗った。


「……まなみ」


二十四歳。


登山経験があり、この山にも何度か入ったことがあるという。


「私は、昨日この山に入った」


「昨日?」


ジェシカが驚く。


「じゃあ、ずっとここにいたの?」


「……違う」


まなみは首を振った。


「外にいた」


その言葉に、神崎が反応した。


「外?」


「さっきまで」


「どうやって?」


まなみは黙った。


しばらくして、震える声で答えた。


「……窓から」


全員が顔を見合わせた。


「窓?」


「二階の窓から外を見たら、山が見えた」


まなみは続けた。


「だから、窓を開けて飛び降りた」


「飛び降りたって……何メートルあると思ってるんだ?」


「違う」


まなみは首を振った。


「飛び降りた先は、地面だった」


沈黙。


「でも――」


まなみは唇を噛んだ。


「顔を上げたら、そこにもこの家があった」


とおるの胸がざわついた。


「同じ家?」


「同じ」


「外に出たのに?」


「そう」


まなみの声が震える。


「しかも……」


「しかも?」


「窓から見えたの」


「何が?」


まなみは答えなかった。


代わりに、とおるの背後を見つめた。


その顔から血の気が引いていく。


「……あれ」


全員が振り返る。


何もない。


ただの廊下だった。


「何もないぞ」


神崎が言う。


まなみは首を振った。


「違う」


「何が違う?」


「さっきまで……」


彼女は震える指で廊下の奥を指した。


「そこに、女の人が立ってた」


「女?」


「顔が見えなかった」


とおるの心臓が跳ねた。


第1話で見た影。


そして、食堂で聞いた声。


すべてが一本につながり始めている。


その瞬間。


――カタン。


食堂の奥から音がした。


全員が振り返る。


さっきまで閉まっていた扉が、少しだけ開いている。


神崎が近づく。


「俺が見る」


「待って」


とおるが止めた。


だが神崎は扉に手をかけた。


ゆっくり開く。


そこには――


階段があった。


下へ続いている。


「地下か?」


神崎がライトを向ける。


階段は暗闇の中へ消えている。


だが、とおるは違和感に気づいた。


「……おかしい」


「何が?」


「さっき、この階に地下への階段なんてなかった」


ひとみが周囲を見回す。


確かにない。


この部屋に入ったときには、壁だった。


まなみが階段を見つめた。


「……この家」


「どうした?」


「私が入ったときも、階段があった」


「どこに?」


「同じ場所」


全員が黙った。


つまり。


この階段は――


まなみが最初に入ったときから存在していた。


だが、とおるたちが食堂に入ったときには存在していなかった。


神崎がライトを階段の下へ向ける。


その瞬間。


暗闇の奥から声がした。


「……おいで」


女の声。


小さく。


優しい声。


けれど、とおるには聞き覚えがあった。


山に入る前。


疲れ切っていた自分に聞こえた声。


――おいで。


――ここなら、休めるよ。


とおるの足が動きかけた。


「とおる!」


ゆうこが腕を掴んだ。


その瞬間、とおるは我に返った。


「……俺、今……」


「うん」


ゆうこは彼の腕を離さなかった。


「行こうとしてた」


とおるは何も言えなかった。


そのとき。


階段の壁に、白い文字が浮かび上がった。


一文字ずつ。


ゆっくりと。


六人目。


そして、その下に――


まだ足りない。


ジェシカが息を呑む。


「……六人目って」


全員が数える。


とおる。


ゆうこ。


ひとみ。


ジェシカ。


神崎。


まなみ。


――六人。


だが。


壁の文字は、それだけでは終わらなかった。


新しい文字が浮かび上がる。


七人目は、もう中にいる。


「……え?」


誰かが呟いた。


その瞬間。


食堂の奥。


誰もいないはずの椅子に――


少年が座っていた。


裸足だった。


古びた服を着ている。


そして、こちらを見ながら笑っていた。


「おじさん」


少年が、とおるに言った。


「やっと六人になったね」


とおるの喉が鳴った。


少年は嬉しそうに笑う。


「でも……」


その顔から笑みが消えた。


「七人目は、ずっとここにいるよ」


――その瞬間。


全員の背後で、扉が閉まった。


バタン。


そして食堂の壁から、


無数の手が――


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