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『十五階の迷宮 ――神の家から出られない』  作者: こうた


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第3話 暗闇の中の五人



 照明が消えた。


 完全な暗闇だった。


「きゃっ!」


 ゆうこの短い悲鳴。


 すぐ近くで、誰かが息を呑む音がした。


「全員、動くな!」


 神崎の声が響く。


「まず人数を確認する」


「一、二、三……」


 ジェシカの声が震えている。


「四……五……?」


「五?」


 とおるが聞き返した。


「今、誰か私の横に……」


「誰もいない」


 ひとみが答えた。


 静寂。


 その瞬間だった。


 暗闇の中で、


 カツン。


 何かが床に落ちた。


「何の音?」


 ゆうこが囁く。


「分からない」


 とおるはスマートフォンを取り出した。


 画面を点ける。


 僅かな光が周囲を照らした。


 四人の顔が浮かび上がる。


 とおる。


 ゆうこ。


 ひとみ。


 ジェシカ。


 神崎。


 ――五人。


「……いるじゃないですか」


 とおるが言う。


「え?」


 ジェシカが振り返った。


「じゃあ、さっき私の横にいたのは……」


 言葉が途切れる。


 誰も答えなかった。


 神崎が懐中電灯を取り出した。


「この家、ブレーカーが落ちたわけじゃない」


「どうして分かるんです?」


「さっき見た」


 神崎は廊下の壁を照らした。


 非常灯が点いている。


 しかし、その光は明らかにおかしかった。


 緑色の小さなランプが、


 一定の間隔で点滅している。


「これは?」


 ひとみが尋ねる。


「非常灯だと思う」


「だったら、なんで全部同じタイミングで消えたんですか?」


 神崎は答えなかった。


 その代わり、床に落ちているものへ懐中電灯を向けた。


 小さな紙切れだった。


 先ほどと同じ古い紙。


 神崎が拾い上げる。


「また何か書いてある」


「何て?」


 ジェシカが覗き込む。


 紙には、


 一行だけ。


『五人では多すぎる』


「……何これ」


 ジェシカの声が小さくなる。


 とおるは紙を見つめた。


 さっきの紙には、


『五人目が来た』


と書いてあった。


 だが今度は、


『五人では多すぎる』。


 まるで誰かが、


 この五人の存在を把握している。


「ここに来たのは、本当に偶然なんでしょうか」


 ゆうこが言った。


 とおるは答えられなかった。


 そのとき。


 廊下の奥から、


 ズズ……


 という音がした。


 何かを引きずっているような音。


「誰かいる」


 神崎がライトを向ける。


 白い光が長い廊下を照らす。


 何もない。


 しかし音だけは続いている。


 ズズ……。


 ズズ……。


 近づいてくる。


「……やめた方がいい」


 ひとみが言った。


「追わない方がいいです」


 神崎は少し考えた。


「その通りだ」


 五人は反対方向へ歩き始めた。


 しかし十メートルほど進んだところで、


 とおるが立ち止まった。


「……待って」


「どうしました?」


 ゆうこが振り返る。


「今、変じゃなかった?」


「何が?」


「廊下……」


 とおるは後ろを振り返った。


 さっきまで自分たちがいた廊下。


 だが、


 壁が近くなっている。


「……嘘」


 ひとみが呟いた。


「さっき、もっと広かった」


 神崎が壁を確認する。


 壁紙に手を当てる。


「動いてる……」


「え?」


「壁が動いている」


 その瞬間。


 ズズズズズ――。


 壁の奥から、


 何か巨大なものを引きずるような音が響いた。


 壁が数センチ、


 こちら側へ迫ってくる。


「走れ!」


 神崎が叫んだ。


 五人は一斉に走り出した。


 廊下を駆ける。


 角を曲がる。


 また角を曲がる。


 階段が見えた。


「下!」


 神崎が叫ぶ。


 五人が階段を駆け下りる。


 一階。


 二階。


 いや――


「待って!」


 ひとみが叫んだ。


 階段の踊り場に、


 「地下1階」


と書かれたプレートがあった。


「さっき二階にいたよな?」


 とおるが言う。


「そうです」


 神崎が答える。


「じゃあ、ここは……」


 誰も続きが言えなかった。


 五人は階段を下りた。


 地下1階。


 そこには広い食堂があった。


 机が並んでいる。


 五人分の椅子。


 そして――


 テーブルの上には料理が並んでいた。


「……食事?」


 ジェシカが呟いた。


 湯気が立っている。


 味噌汁。


 白米。


 焼き魚。


 漬物。


 まるで、


 今まさに誰かが食事を用意したかのようだった。


「絶対に触らないで」


 神崎が言う。


「でも……」


 ジェシカの腹が、


 ぐぅぅ……。


 静かな食堂に響いた。


「……ごめん」


 ジェシカが顔を赤くする。


 ひとみが小さく笑った。


「緊張してるとお腹も空くから」


 だが、とおるは料理を見つめていた。


 何かがおかしい。


 食事は五人分。


 しかも、


 それぞれの席に違う料理が置かれている。


 とおるの席には、


 肉料理。


 ゆうこの席には、


 温かいスープ。


 ひとみには、


 魚料理。


 ジェシカには、


 大量のパスタ。


 神崎には、


 簡素な和食。


「……誰が用意したんだ?」


 神崎が呟いた。


 その瞬間。


 食堂の奥から、


 小さな声がした。


「お腹……すいた……」


 五人が振り返る。


 誰もいない。


「今、聞こえました?」


 ゆうこが震える。


「ああ」


 神崎が答えた。


 また聞こえた。


「お腹……すいた……」


 今度は、


 すぐ後ろから。


 とおるが振り返る。


 誰もいない。


 だが、


 床に何かが落ちていた。


 古い人間の手。


 手首から先だけ。


 指が、


 ゆっくり動いている。


「……っ!」


 ゆうこが息を呑んだ。


 手は床を這うように動いた。


 そして、


 食卓へ近づいていく。


 一本の指が、


 焼き魚へ伸びる。


 しかし届かない。


 指が震える。


 何度も、


 何度も、


 食べ物へ向かって伸びる。


 ジェシカが完全に青ざめた。


「これ……本物?」


 誰も答えない。


 そのとき。


 食堂の電気が、


 一つずつ点いた。


 パッ。


 パッ。


 パッ。


 パッ。


 そして最後の照明が点いた瞬間――


 食堂の壁に、


 巨大な文字が浮かび上がっていた。


 赤黒い文字。


『ようこそ』


 その下に、


 もう一行。


『二ヶ月間、ゆっくりしていってください』


 とおるは息を止めた。


「……二ヶ月?」


 神崎が壁へ近づく。


 そして、


 文字の下に刻まれていた小さな日付を見つけた。


 今日の日付だった。


 とおるの背中に、


 冷たいものが走った。


 これは、


 偶然の遭難ではない。


 誰かが――


 自分たちを待っていた。 :::

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