第11話 金塊の代償
「住人を、一人」
その言葉と同時に――
黒田の足元から伸びた手が、一斉に彼の身体へ絡みついた。
「うわあああっ!」
黒田が叫ぶ。
腕。
脚。
背中。
無数の手が作業服を掴んでいく。
「助けてくれ!」
神崎が銃を構えた。
「黒田!」
「撃つな!」
まなみが叫ぶ。
「人に当たる!」
「じゃあどうする!」
神崎が怒鳴る。
その間にも、黒田の身体は少しずつ床へ引きずられていく。
「嫌だ!」
黒田は必死に床を掴んだ。
「俺は帰る!」
「金を返せ!」
少年の声が響く。
「嫌だ!」
黒田は懐に手を入れた。
金塊を取り出す。
「これが欲しいんだろ!」
金塊を床へ投げ捨てた。
――ガンッ。
すると。
手が一斉に止まった。
静寂。
黒田が息を切らす。
「……ほら」
誰も動かない。
「返したぞ」
しかし。
少年の声は返ってこなかった。
代わりに――
金塊が、
ゆっくり浮き上がった。
「……え?」
黒田の顔が歪む。
金塊は空中で回転し、
そのまま黒田の胸へ飛んできた。
ドンッ!
「ぐっ……!」
黒田が吹き飛ばされる。
金塊は床に落ちた。
そして。
その表面に――
黒い指の跡が浮かび上がった。
五本。
まるで誰かが握ったように。
黒田は後ずさった。
「……俺は何もしてない」
誰も答えない。
すると。
とおるの耳元で、老婆の声がした。
「それは金ではない」
「……え?」
「家の記憶」
とおるは金塊を見る。
「どういう意味?」
「御堂は、金を集めた」
老婆は続けた。
「人間の欲望も一緒に」
「欲望……?」
「金が欲しい」
「人より上に立ちたい」
「死にたくない」
「誰かを支配したい」
「この家には、そういう感情が染み込んでいる」
とおるは金塊を見つめた。
さっきまでただの財宝に見えていたものが――
急に気味の悪いものに変わった。
「じゃあ、ここにある金は……」
「人間が捨てていったもの」
老婆の声が消えた。
その直後。
神殿の奥から――
ドン。
大きな音がした。
「何だ?」
神崎が振り返る。
祭壇の後ろ。
壁が少しずつ開いている。
黒田が青ざめた。
「……あそこは」
「知ってるの?」
ひとみが聞く。
「知らない」
「嘘」
まなみが言った。
黒田は答えなかった。
壁が完全に開く。
その向こうには――
巨大な部屋があった。
金塊はない。
代わりに。
壁一面に――
写真が貼られていた。
人。
人。
人。
何百枚もの写真。
「……これ」
ジェシカが近づく。
写真には、屋敷に入った人間たちが写っていた。
若者。
老人。
家族。
一人で来た男。
女性。
登山者。
そして――
失踪した人間。
「こんなに……」
ひとみが息を呑む。
「今まで何人入ったの?」
神崎が写真を見る。
「数百人じゃない」
「え?」
「もっといる」
部屋の奥まで写真が続いている。
その中には――
見覚えのある人物もいた。
神崎が一枚の写真を手に取った。
「……これ」
若い頃の自分だった。
「え?」
とおるが驚く。
神崎は写真を見つめた。
そこには、制服姿の神崎が写っている。
その隣に――
行方不明になった同僚。
「この写真……」
神崎の声が震えた。
「俺が警察に入る前だ」
「じゃあ、どうして……」
「分からない」
神崎は写真を裏返した。
日付が書いてある。
2009年8月17日
神崎の顔色が変わった。
「……この日」
「何?」
「俺は、この山に来てる」
全員が黙った。
「でも、俺はここへ入ってない」
「じゃあ写真は?」
「分からない」
神崎は写真を握りしめた。
その瞬間。
写真の中の神崎が――
ゆっくり顔を上げた。
「……!」
神崎が写真を落とす。
床に落ちた写真。
そこに写っている神崎は――
こちらを見ていた。
そして。
口だけが動いた。
「帰れ」
とおるにも聞こえた。
写真の中の神崎が、もう一度口を動かす。
「今なら……」
「まだ間に合う」
その直後。
写真が黒く焼けた。
「何だ……」
神崎が後ずさる。
すると部屋の奥から――
パチ。
照明が一つ点いた。
その下に、一人の男が立っていた。
白い作業服。
顔は俯いている。
黒田が震えた。
「……御堂」
「え?」
とおるが見る。
男はゆっくり顔を上げた。
御堂恒一郎。
写真に写っていた老人と同じ顔。
しかし。
ありえない。
何十年も前に死んでいるはずの男が、
そこに立っていた。
「お前たちは……」
御堂が言った。
「まだ六人か」
黒田が叫んだ。
「お前は死んだはずだ!」
御堂は笑った。
「死んだ?」
「そうだ!」
「死とは何だ?」
御堂は首を傾けた。
「家に残れば、死ぬことはない」
「ふざけるな!」
神崎が銃を向ける。
御堂は一歩も動かない。
「私は家を完成させた」
「完成?」
とおるが聞く。
御堂の目が、とおるに向いた。
「そう」
そして。
嬉しそうに笑った。
「お前が来たことで」
とおるの背中に悪寒が走る。
「……俺?」
「お前は、家に向いている」
「何を言ってる」
「疲れている」
御堂が言った。
「誰にも理解されず」
「仕事に追われ」
「誰かを幸せにしようとして」
「自分だけが壊れていく」
とおるの呼吸が止まる。
「なぜ……」
御堂は微笑んだ。
「家は、そういう人間が好きなんだ」
ゆうこがとおるの前に立った。
「この人を連れていかせない」
御堂がゆうこを見る。
その瞬間。
笑顔が消えた。
「……お前か」
「え?」
「家が嫌っている女」
ゆうこの顔が青ざめる。
「お前は――」
御堂が一歩近づく。
「この家を壊す」
その瞬間。
部屋中の写真が一斉に落ちた。
バサバサバサッ!
床一面に写真が散らばる。
そして。
その中に一枚だけ――
新しい写真があった。
今日の日付。
そこには――
とおるとゆうこが写っている。
二人が手を繋いでいる。
その写真の裏には、
第一候補 とおる
第二候補 ゆうこ
と書かれていた。
さらにその下。
赤い文字で――
どちらか一人を残せ。
とおるは写真を握り潰した。
「……ふざけるな」
御堂が笑う。
「選べ」
「嫌だ」
「選べ」
「嫌だ!」
「ならば――」
御堂の姿が、
すっと暗闇に溶けていく。
最後に残った声だけが、
神殿全体に響いた。
「家がお前たちの代わりに選ぶ」
――その瞬間。
遠くから、
ジェシカの悲鳴が聞こえた。
「誰か!」
全員が振り返る。
「ジェシカ!」
声のした方向へ走る。
しかし。
廊下には誰もいなかった。
床に落ちていたのは――
ジェシカのカメラだけ。
録画ランプが点滅している。
画面には、
REC
の文字。
そして映像の中には――
ジェシカが一人で、
真っ暗な廊下を歩いていた。
その後ろに、
黒い影が立っていた。




