第10話 姿のない老婆
地下へ続く階段は、どこまでも続いていた。
黒田を先頭に、神崎、まなみ、ひとみ、ジェシカ。
その後ろを、とおるとゆうこが歩いている。
「……本当に金があるの?」
ジェシカが小声で聞いた。
黒田は振り返らなかった。
「ある」
「どれくらい?」
「知らん」
「知らんって……」
「俺が見たのは、ほんの一部だ」
黒田は淡々と答えた。
「金色の壁みたいになってた」
ジェシカが息を呑む。
「そんなに?」
「御堂は金を信仰の象徴にしてた」
ひとみが尋ねた。
「信者から集めたの?」
「それだけじゃない」
黒田が言った。
「御堂自身の財産だ」
階段を下りるにつれ、空気が冷たくなっていく。
そして――
ジャラ……
ジャラ……
金属音が近づいてくる。
「……聞こえる」
ゆうこがとおるの腕に触れた。
とおるも頷く。
「うん」
やがて階段の先に、大きな扉が現れた。
扉には、
旧神殿
と刻まれている。
黒田が鍵を取り出した。
「これを使う」
神崎が警戒する。
「その鍵、どこで?」
「昔もらった」
「誰から?」
黒田は答えなかった。
鍵を差し込む。
カチャン。
扉が開いた。
その瞬間。
金色の光が全員の顔を照らした。
「……!」
巨大な部屋。
壁一面に金塊が積まれている。
床にも。
棚にも。
祭壇の周囲にも。
誰も声を出せなかった。
ジェシカでさえ、カメラを構えるのを忘れている。
「これ……」
ひとみが呟く。
「本物?」
黒田が金塊を一つ持ち上げる。
ズシッ。
「本物だ」
神崎は呆然としていた。
「これだけで……」
「数十億はある」
黒田が言った。
とおるは金塊を見つめた。
だが。
なぜか嬉しくなかった。
その部屋だけ、異様に静かだった。
「……出よう」
とおるが言った。
黒田が振り返る。
「何?」
「嫌な感じがする」
「金があるからか?」
「違う」
とおるは祭壇を見る。
「ここだけ……誰もいない」
その言葉に、ゆうこが気づいた。
「……本当だ」
部屋の隅。
壁。
天井。
どこにも手形がない。
影もない。
何もない。
まるで、この場所だけが屋敷から切り離されている。
そのとき。
――カン。
金塊が一つ、床に落ちた。
誰も触れていない。
「……?」
黒田が拾おうとした。
しかし。
「待って!」
ゆうこが叫んだ。
「何?」
「今、誰か……」
全員が黙る。
耳を澄ます。
――ハァ……
女の吐息。
すぐ後ろ。
とおるの耳元だった。
「……帰って」
とおるは振り返った。
誰もいない。
「今、聞こえた?」
ゆうこが尋ねる。
とおるは頷いた。
「女の声」
神崎がライトを照らす。
何もない。
そのとき。
黒田が叫んだ。
「触るな!」
全員が振り返る。
黒田が見ていたのは、金塊だった。
「何?」
「一個も持って帰るな」
さっきまで金を探していた男とは思えない声だった。
「どうしたの?」
ジェシカが聞く。
黒田は青ざめていた。
「昔、俺と一緒に来た男がいた」
「その人が?」
「金塊を一つ持った」
黒田は震える手を見つめる。
「そいつは、その夜――」
言葉が止まる。
「どうなったの?」
「消えた」
「死んだ?」
「分からない」
黒田は首を振る。
「翌朝、金塊だけが元の場所に戻ってた」
部屋が静まり返る。
その瞬間。
――ガタン。
祭壇の奥にあった椅子が動いた。
誰も座っていない。
なのに。
ゆっくりと後ろへ引かれていく。
そして。
その椅子の前に――
濡れた足跡が現れた。
一歩。
また一歩。
誰もいない空間を歩くように。
足跡だけが続いていく。
「……来てる」
まなみが呟いた。
足跡は、とおるの前で止まった。
そして――
「あなたは……」
女の声。
「ここに来ちゃいけなかった」
とおるは動けなかった。
「誰なんだ?」
「……私は」
声が震える。
「御堂の妻」
ひとみが息を呑む。
「じゃあ、さっきの肖像画の……」
「そう」
老婆の声が答える。
「夫は、この家を神にした」
「何のために?」
「死ぬことが怖かったから」
全員が黙る。
「夫は、死んだ人間が家に残ると信じていた」
老婆は続ける。
「だから人を集めた」
「信者を?」
「最初は」
その声が少し低くなる。
「最後には――」
――ドン。
壁が揺れた。
「誰でもよくなった」
とおるは息を呑む。
「じゃあ、この手は……」
「家に残された人たち」
「どうして俺たちを襲う?」
「襲っているんじゃない」
「え?」
「掴んでいるの」
老婆の声が近づく。
「外に出ようとしている人間を」
「……外に?」
「みんな、外へ帰りたいから」
とおるは、食堂で見た手を思い出した。
必死に何かを掴もうとしていた。
あれは――
人間を捕まえるためではなかった。
外へ出るために。
何かを掴もうとしていた。
「じゃあ、あの手は……」
「助けを求めている」
その言葉が響いた瞬間。
金塊の山の奥から、
大量の手が伸びてきた。
「うわっ!」
ジェシカが叫ぶ。
しかし手は誰にも触れなかった。
ただ一斉に――
出口を指差していた。
老婆が叫ぶ。
「逃げて!」
「どこへ?」
「この部屋から!」
その瞬間。
神殿の入口が、
ゆっくり閉まり始めた。
黒田が走る。
「急げ!」
全員が出口へ向かう。
しかし。
黒田だけが振り返った。
金塊を見ている。
その目には――
恐怖ではなく。
欲望が戻っていた。
彼は誰にも見られないように、
一つだけ。
金塊を懐に入れた。
その瞬間。
老婆の声が消えた。
代わりに――
少年の声が響いた。
「……それ、持っていくの?」
黒田の顔が凍った。
「誰だ……?」
暗闇の中で、少年が笑う。
「返して」
黒田は金塊を握りしめた。
「嫌だ」
「返して」
「嫌だ!」
その瞬間。
黒田の背後に――
黒い影が立った。
少年よりも。
これまで見たどの影よりも。
はるかに大きい。
黒田が振り返る。
「……なんだ、お前」
影には顔がない。
ただ――
口だけが開いた。
そして。
屋敷全体に響く声で言った。
「住人を、一人」
黒田の足元から――
無数の手が伸びた。
「家が欲しがっている」




