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眩い日の初恋  作者: 松山 さくら


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第二章 綾乃 エピソード1

 季節が進んで、朝晩はひんやりとした乾いた空気に包まれ、ようやく秋の気配が感じられるようになってきた。それにしても、この年の夏は暑かった。天気予報で、最高気温が四十度という言葉を聞かない日はなかった。

 僕たちが、グラウンドを駆けまわっていた頃も、夏は暑かった。炎天下で少し練習しては、グラウンドに張られた簡易なテントで少し休む。日陰に入ったら暑さは幾分ましで、ときおり吹く風が汗を蒸発させて気持ちがよかった。

 それに比べて、今の中学生たちは大変だと思う。今でも、炎天下で練習しているのだろうか。部活動の練習中に、熱中症で倒れたというニュースをたまに聞く。まっ、教室に冷房が入っているのは、僕たちの時代にはなかったことなので、羨ましい限りだが……。

 仕事の方は相変わらずだった。一週間、その家の子供たちに勉強の大切さを口説き続けて、三件ほど契約にこぎつけたが、三件とも無料お試し期間が過ぎたら、呆気なく契約を解除されてしまった。理由を訊くと、子供がタブレットで教材を勉強してみて、すぐに飽きてしまったのだという。そのことで、例の上司に呼び出されて、「君の熱意が足りないんだ」とか「もっと子供の気を引かないとだめだろ」なんて嫌味を言われたが、当然の結果だとも思う。

 もし自分が子供だったとしても、あんな子供だましのような教材なんて、やらないに決まっている。僕が言うのもなんだけど、そもそも勉強なんて、僕のような営業マンから勧められてやるものではないし、『タブレット端末でスマートに勉強』なんて製品のキャッチコピーのように、ちょちょいのちょいと簡単に操作してできるものではないのだ。

 だけど不思議なもので、同僚たちはほとんど自分の席に座って作業しているだけで、大した苦労もしていなさそうなのに、契約だけは日に何件も取ってくる。気になって、どんなことをやっているのかを訊いたことがあって、ある同僚は、「契約なんて、話術次第だよ。あとは要領よくやることかな」なんて、平然と答えていた。要するに、子供がいかにやる気を出すかなんてことは二の次で、「これからの時代はAIを使って、効率よく学習を進める時代ですよ」とかうまく言って、大人をその気にさせているのだろう。

 どうも僕は、彼らのように割り切って仕事をすることができない。課長の無愛想な顔には、「この給料泥棒め」と書かれているみたいで、いよいよ居心地が悪くなってきた。だからと言って、自分に何ができるかと訊かれても、すぐに答えられないのだが。

 だから、少しでも沈みがちな気分を変えようと思って、ある日の夕食後に、部屋の掃除を始めた。掃除と言っても、もともと自分の部屋にはそれほど物を置いていなかったので、かつての勉強机の棚に並べてある本を紐でくくったり、押し入れの中にしまったままになっていた作りかけのまま途中で諦めたプラモデルを、ゴミ袋に入れたりするだけのことだった。

 文房具や使い古しの便せんなどに埋もれて、机の抽斗の奥から、分厚い本が出てきた。中学校を卒業したときにもらったアルバム。そんな大事なものを、あえて抽斗の奥にしまってあったのは、あまり開きたくなかったからだった。かと言って、捨ててよいものでもなかったので、とりあえず目につかないように、上に色々なものを乗せていたという訳。

 開きたくなかったのは、そこにサッカー部時代の僕の姿が写っているから。対外試合には一度も出たことはなかったが、他の部員たちと同じように、ユニフォームだけは買っていた。いつか、出場するチャンスがあるかも知れないと期待を寄せて。卒業アルバムの写真を撮ることになって、急きょ一度も着ることのなかったユニフォームの袖に腕を通したのだが、僕が着ているユニフォームだけが、色落ちすることなく際立って見えたので、なんだか後ろめたい気持ちになった。

 卒業した当時は、そんな気持ちを引きずっていて、アルバムのページを開くことができなかったが、あれから十年が経つのだ。もう大人になったのだし、いい加減、恥ずかしく思うのも時効を迎えたいところだが、部活動のページを開いてみて、サッカー部の写真だけを飛ばして見ている自分がいて、もはやどうすることもできなかった。

 続けて『三年三組』と見出しに書かれたページを開いてみる。そのページを開いたのは、ブレザーの制服に身を包んだ僕の顔写真が写っていたから。どちらも同じ僕が写っているのに、片方は一瞥もできなくて、もう片方は懐かしく眺めることができる。着ている服が異なるだけなのに、こうも違って見えるものだろうか。

 カメラを向けられて、緊張気味に口を真一文字に結んでいる僕とは対照的に、一輝は白い歯を見せながら満面の笑みを浮かべているし、顔を引き締めて遠くを見つめる雄大は、どことなくクールな印象を醸し出している。それでも、今の姿とは違って、僕たちの顔にあどけなさがわずかに残って見えるのは、少年から青年へと変わりゆく、心身ともに不安定な時期を象徴しているかのよう。

 大人になった今だからこそ、それらの写真を眺めていて、「あの頃はこうだった」と、冷静に当時の自分を振り返ることができる。その延長上に今の自分がいるのだとすれば、卒業記念にアルバムを手渡されるのは、大人になって人生に迷って立ち止まったときに、自分を見つめ直すきっかけにして欲しいという、先生たちの思いからなのかも知れない。

 そんな風にクラスメイトたちの顔写真を眺めていて、ふと一人の女子生徒のところで視線が留まった。胸のあたりまで伸ばしたセミロングの黒髪、筋の通った鼻と卵型の顔の輪郭は、どこか日本的な美しさを醸し出している。やや俯き加減でカメラを見つめているのは、素顔を直視されるのが恥ずかしいからだろうか。

 僕の心の中は、いつしかあの頃の僕にタイムスリップしていた。


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