第一章 翔太 エピソード3
その日、母が作ってくれた夕飯をかき込むように食べて、お風呂から上がった僕は、二階の自分の部屋のベッドに寝転んだ。
雨漏りでついたと思しき天井のシミをぼんやり見つめながら、さっき車の中で一輝と話していたことを思い出していた。
「雄大、会社を辞めようかと悩んでいるらしい」
「俺だってよ、実際はなかなかうまくいっていないんだよ」
珍しく、一輝が漏らした後ろ向きな言葉だった。一輝でも、そんな風に力なく話すことがあるのだと思った。
あれは、中学一年生に入って、すぐのことだっただろうか。クラスメイトたちが皆、どの部活動に入ろうかと悩んでいたときに、何を思ったのか、僕はサッカー部の見学に行った。
サッカーなんて、やったことがなかった。いや、子供の頃から、運動と呼べるものはすべて苦手だった。小学校の体育の時間にやったドッジボールでは、半分泣きながらコートの中を逃げまわっていたし、運動会の徒競走では、常に最下位でゴールしていた。
あるとき、体育の授業でキックベースボールをすることがあった。担任の先生から、話し合ってチーム分けをするように言われて、サッカーが得意だったクラスの男子二人が、クラスメイト全員を取り合う形でチーム分けをしていったのだが、そのときに最後まで残ったのが僕だった。彼らが口を合わせて言ったのは、「あいつと同じチームになると、負けてしまう」という言葉。
それには、さすがの僕も落ち込んでしまった。クラスメイトたちから哀れに見られるのが悲しかったし、最後まで残ったことが悔しかった。
そんな経験があったものだから、中学生になった僕は、弱い自分を変えようと思った。それで思い立って入部しようと思ったのが、サッカー部。なにも、運動部に入ってまわりを見返してやりたいだけなら、もっと緩やかな動きのスポーツだってあったのだが、キックベースボールのチーム分けのときのことが強く心に残っていて、サッカーで見返してやりたいと思った。あのとき、僕のことを笑ったり白い目で見ていたりしたクラスメイトたちを。
そうそう、そうやって勢いに任せてサッカー部に入ったのは良かったものの、その後が散々だったっけ。同じ一年生の部員たちがドリブルやシュートを華麗に決めている横で、僕と言ったら本当の意味でボールを追いかけてばかりいた。僕にはボールを操る才能はなかった。そんな僕のことを見かねて、顧問の先生は、才能を努力でカバーするように激励してくれたけれど、それはある程度の才能があっての話。僕の場合は、その才能自体が備わっていないのだから、いくらがむしゃらに練習したとしても、一向に上達しないのは当たり前のことだった。
グラウンドの片隅で黙々と練習する、そんな僕のことを不憫に思ったのか、それとも単に彼らの好奇心がそうさせたのか、声をかけてきてくれた同級生がいた。それが、一輝と雄大だった。
一輝は、やや大きな体つきを活かして、ゴールキーパーとして頭角を現しつつあったし、雄大は小学校のときからクラブチームに在籍していたとあって、一年生ながらレギュラーメンバーに抜擢されたりしていた。僕にとっては、二人は雲の上の存在のようなものだったが、たまたま一年生同士と言うことで、気を遣ってくれていたのかも知れない二人と、行動を共にすることにした。
練習が終わった後、僕たちは三人で家路に就いた。通学路を歩きながら、一輝たちは決してサッカーの話はしなかった。代わりに話題に上げたのは、好きなゲームの話や、当時僕たちの間で人気のあったコミック本のこと。その話なら、どのクラブチームにどんな有名な選手が在籍しているかとか、サッカーのことをよく知らない僕にでも、話についていくことができた。
その次に盛り上がった話と言えば、どの先生が怒ると怖いとか、気になる女子生徒たちの話。その手の話なら、会話のネタはいくらでもあったし、一輝たちの話を聞いていて、同級生たちの意外な一面を知ることもできた。
他の男子生徒たちがやっていたように、三人で他愛ないことをお喋りしながら過ごす時間は、それまでに友達と呼べる友達がいなかった僕にとっては、心地よいものだった。
ただ、僕の気持ちの中で、一輝たちへの負い目のようなものを感じていたのも事実だった。僕に同情して、仲良くしてくれているのではないかと言った心情と言えばよいだろうか。もちろん、一輝たちは、そんなことを僕にほのめかしたことはなかったけれど、僕の心の中で、そういう思いが膨らんでいったのは本当のこと。それがいつしか、一輝たちがすることに、口を挟むことなく追随することにつながったのだが。
結局、中学校生活三年間で、僕は一度も対外試合に出たことはなかった。もちろん、自分でも出られると思ったことは一度もなかったし、逆に声がかかることもなかった。ただ、在籍していただけの部活動……。
ある意味で、かつての僕の目標のような存在だった一輝たちが、勤めている会社を辞めようかと悩んでいたり、跡を継いだ家業がうまくいっていないことに苦悩したりする姿が、僕にとっては意外だった。
「俺たちって、この先、どうなってしまうんだろうな」
一輝が車の中で話した言葉が、いつまでも僕の頭の中を反芻していた。




