第三章 初恋 エピソード3
雄大が話している意味がよくわからなかった。綾乃とは、中学を卒業したとき以来、会ってはいなかった。どこの高校に行くことになったのかは、クラスの女子生徒たちが話しているのを立ち聞きして知ったが、その後のことはまったくわからなかったし、知ろうともしなかった。
今、振り返ってみても、綾乃に対して僕が抱いていた気持ちは、まさしく初恋だった。初恋は、それが成就しなかったからこそ、後から振り返ってみてあれはそうだったんだと、青春の一ページとして、心に刻めるようになるもの。そんなことを、テレビドラマの中で聞いたことがあった。綾乃とのことは、もう終わった過去のことなのだ。青春の日々の、淡い思い出として。
それはそれとして、綾乃のことは中学時代から今に至るまで、一輝たちには決して話さなかった。もし話せば、いたずらにいじられてしまうかも知れなかったし、そのことがまわりまわって綾乃の耳に届いてしまうかも知れなかった。そのことで、僕が嫌われてしまったらと思うと、とても言い出せなかった。
雄大が打ち明けたように、こないだ一輝に誘われて行った肝試しで、僕の前に現れたのが綾乃だったとしたら、一輝たちは、僕が綾乃に密かに思いを寄せていたことを知っていたのだろうか。
その答えは、雄大が次に放った言葉によって、知ることになった。
「実はね、最近になって、一輝が綾乃にばったり会ったんだ。同じクラスにいた女子生徒だったから、一輝ははっきりと覚えていたみたい。それで、綾乃から相談を受けた。翔太のことでね」
「えっ、僕のことで?」
声が裏返ってしまった。防音の効いた部屋の中だったからよかったものの、これが居酒屋の席でのことだったら、まわりの視線を一手に集めていただろう。
「翔太、中学三年生のとき、綾乃とやりとりをしていたんでしょ。綾乃、当時は家のことでショックなことが続いて、声を出せないでいた。そのことで、クラスメイトたちから冷たくあしらわれて、人知れず落ち込んでいた。だけど、翔太がメッセージを書いてやりとりしたことで、少しずつクラスに馴染んでいくことができた。寂しさを乗り越えて、未来に向かって踏み出していく勇気を翔太から受け取った。だけど、翔太たちの前には『受験』が重くのしかかり、それが終われば、今度はそれぞれ別々の高校に進学することになった」
「あぁ……それはそうだけど……」
「綾乃はね、自分のことを気にかけてくれている翔太に、好意を抱いていたんだ。いや、それは、翔太も同じだったんじゃないのか。翔太も、綾乃のことが気になっていたから、誰にも気づかれないようにこっそりと綾乃に関わろうとした。綾乃に、元気になってもらいたい一心でね。でも、中途半端なところで終わったりしていないか。ほら、綾乃の手紙のことだよ」
「えっ、綾乃の手紙って?」
「綾乃が最後に渡してきた手紙だよ。そのことで、綾乃は今でも、翔太からの返事を待っているんだよ」
「えっ、返事を?」
雄大は、落ち着いた口調に戻って、続けた。
「肝試しで、綾乃と翔太を引き合わせたのは、僕たちなりの考えがあったからなんだ。だって、翔太は、本番に強い。あの最後の校内試合のときみたいにね。仕事の帰り道でばったり会うとか、電車で偶然同じ車両に乗り合わせるとか、普通に翔太と綾乃が再会しただけなら、うまくいかないかも知れない。だけど、肝試しという、普段とは違った状況で、翔太たちが再会を果たしたのならば、翔太ならきっと、綾乃のことを瞬時に思い出して、自分の気持ちを伝えられるのではないかと考えたんだ」
「えっ、あっ、そっ、そんな……」
僕は、意味の分からない言葉を発すると同時に、軽いめまいを感じた。あのときの白い服の女性が、綾乃だったとは……。綾乃のことは、心の奥底にしまっていた。もう終わったものだと、何度も自分に言い聞かせてきた。だけど、今でも、ふつふつと湧き起こる感情があるのも確かなことだった。それは、抑えても、抑えても、まるで意思を持っているかのように、自分の外に出ようとするもの。
今からでも、まだ間に合うだろうか。これからでも、僕の気持ちを聞いてくれるだろうか。
僕は、隣の部屋から漏れてくる歌声を聞きながら、そう自問自答していた。




